「久しぶりだよね、善樹」

 柔和な笑顔を浮かべて、まんざらでもないふうに善樹に話しかけてきた。

「ああ、宗太郎、久しぶり。さっきは素っ気ない態度をとってしまったけど、同じグループにいて驚いたよ」

「はは、実は僕も。高校卒業以来だもんね。元気にしてた?」

「おかげさまで。勉強は難しいけど、なんとかついていってる感じ。宗太郎は?」

「僕も同じかな。サークル活動の方も忙しいし」

「そうか。お互い頑張ろうな」

 宗太郎とは、高校時代の同級生だ。三年間で二回同じクラスになったので、それなりに仲が良かった。確かお父さんが警察官で、厳しい人だと嘆いていたのを思い出す。それでも勉強が得意な彼は成績は常にトップクラスで、善樹とはしのぎを削っていた。いい意味でライバル同士だったというわけだ。

「今回の課題……善樹は得意そうだね。僕、善樹には負けちゃうかも」

「そんなことないよ。僕は宗太郎のことが一番怖い」

「はは、じゃあお互い要注意だね?」

 柔らく笑いながら、宗太郎は両目を三日月型にした。それからは無言で二人で大広間まで戻っていく。だが、ディスカッションの会場は別なようで、大広間とは違う、別の小さめの部屋に案内された。どうやらグループごとに個室で分かれているらしい。
 Dグループの部屋に入った善樹と宗太郎は空いている席に座った。他の三人はすでに着席しているので、これで全員揃ったことになる。

「うわーここでディスカッションすんのか。なんか監獄みたいだな」

 いつのまにかふらりとそばに現れた風磨が声を上げる。

「ああ、すみません。こいつ、弟の風磨です。こんなやつですが、よろしくお願いします」

 善樹がみんなを見回しながら風磨の紹介をした。四人はそんな善樹を訝しげな目で見ている。友里は首を傾げていた。まあ、風磨のような放浪者が堅実な会社のインターンに現れたら、誰だって不思議に思うだろう。

「じゃ、じゃあさっそくディスカッションに入ろうか。あ、そういえば社員の人が来るんだっけ」

 開がそう言うと同時に、部屋の扉が開く。外から現れたのは「今田」という社員。名札が付いているので、分かりやすい。今田と目が合うと、善樹は軽く会釈をした。

「こんにちは。株式会社RESTART人事部の今田です。今日から三日間、きみたちDグループのディスカッションをそばで見せてもらいます。最後の発表の時も私がジャッジしますので、よろしくお願いします。基本的に口出しはしないので、いない者として扱ってください」

 いない者、と言われても、扉の脇に椅子を置いて腰掛ける今田のことを、全員が気にしているのがよく分かった。慣れない環境だから余計に、些細なことで気が散ってしまう。
 今田が座っているのはちょうど善樹の背後だった。善樹は今田からの視線を感じつつも、気にしないようにと努める。

「あ、そうだ。これ忘れてました」

 今田がタイマー付きのデジタル時計を善樹たちのテーブルの上に置いた。ディスカッションが終わる十八時にタイマーが作動するようになっているのだろう。

「それでは議論を開始してください」

 今田の合図と同時に、善樹たちは全員で視線を交わす。誰が一番に口を開くか——あまり考える暇はなかった。

「えーっと、今回の課題の確認を、まずするべきなのかな」

 やはり、最初に切り出したのは開だ。こういう時、緊張しないタイプの彼のような人物がいると議論がスムーズに進むのでありがたい。

「そうですね。課題は、『この中に一人いる犯罪者を炙り出せ』ですよね」

 友里の発言で、全員の顔に緊張感がぴりりと駆け抜けた。

「犯罪者なんて、本当にいるのか?」

「いたとしても、軽犯罪なんですよね」

「私、てっきりRESTARTの事業に関する課題だと思って下調べしてきたので、正直どう議論したらいいか分からないです……」

 自己紹介の時、ほとんど発言をしなかった美都がしゅんとした表情で肩を落とす。美都とは同じ大学で、学部は違うけれど知り合いだった。一年生の時に、たまたま一緒になった一般教養の授業で打ち解けて以来、仲良くしていた。アルバイト先のカフェも同じだったので、彼女のことはそれなりに知っている。といっても、大学以前のことは知らないので、このインターンでどこまで彼女について考えられるかは未知数だ。

「普通そうですよね。僕もRESTARTについてはOBの先輩に聞いて色々調べてきましたけど」

 宗太郎も美都と同じ意見のようだ。
 株式会社RESTARTは、創立八年目にして年商二千億円、社員一千人のメガベンチャー企業だ。理念は確か、「マイノリティ、社会的弱者が生きやすい世の中へ。人生を再スタートさせる」だった気がする。
 社会福祉事業といえば普通なら社会福祉法人を考えると思うが、最近、福祉事業サービスを展開する企業が増えている。それもこれも、二〇二〇年代から二〇三〇年の今日にかけて政府が掲げている政策に起因している。生活保護、LGBTQ,、高齢者問題など喫緊の社会問題を解決すべく、社会福祉事業を行う会社に、政府が一定の助成事業を開始したのだ。要するに、社会問題を解決してくれる会社には助成金を支払ますよ、という内容である。

 株式会社RESTARTは早い段階で時勢を読み、IT技術を駆使して社会福祉事業に取り込んできた。みるみるうちに業績が伸びて、ニュースでも散々報道されるようになった。さらに、優秀な人材を確保することに余念がなく、SNSを駆使して十代、二十代に認知が広がるよう戦略を打っている。給料も、同業界では考えられないような高額っぷりだ。就活を見据えた若者の間で「今、RESTARTがきている」と話題に上り、こうしてインターンや採用選考に参加する学生が多くなっていった。

「事前調べはほとんど役に立たないみたいですけど、この課題はかなり考え甲斐があるんじゃないかと思います」

 善樹が率直な意見を述べると、全員が善樹の顔を一斉に見やった。奇天烈な課題に対して前向きな善樹のことを、異端児だと感じているようなまなざしだった。それでも善樹は動じない。今は、このインターンシップで与えられた課題を遂行するだけだ。

「まあ、そうですよね。事前調べは本番の選考においては活きてくるでしょうし。とにかくディスカッションをしましょう」

 友里も善樹の意見に賛成なのか、議論を進めたいという意思を示した。開がコホンと咳払いをして、「それじゃあ」と口火を切った。

「とりあえず、判断材料になるものが必要だな。さっき自己紹介をしたけど、もう一度深掘りしていく?」

「それなら、『自分史』を見せ合うのはどうですか? ほら、日程表にも※印で書いてあります」

 宗太郎の鶴の一声で、そうだったと全員が気づく。
 今回のインターンシップに参加するに当たり、全員が『自分史』を作成するように事前課題が出ていた。

「そうだった。みんな、持ってきてる?」

 開がみんなの顔を一瞥する。誰もが頷いた。

「じゃあ、それぞれの『自分史』を見てみようか。テーブルの上に出そう」

 善樹は部屋から持ってきたトートバックの中から、一枚の紙を取り出す。そういえば、とふと風磨のことに思い当たる。

「風磨、『自分史』作ってきた?」

「いやまさか。俺がそんなもん作るわけないだろ」

「はあ、やっぱり。じゃあ風磨は僕と一緒ということで」

「はいはい」

 善樹が小さい声が風磨と会話をしていると、美都が何度も瞳を瞬かせてこちらを見ていた。他のメンバーも、チラチラと善樹の方を見る。私語が多かったか。気をつけよう。
 五人分の『自分史』が出揃うと、全員が自分以外の『自分史』と睨めっこを始める。善樹も、みんなの『自分史』をきちんと見ようと立ち上がった。