「あ、そういえば実はもう一人、僕の双子の弟が来てるんです。ちょっと席を外しててまだ戻ってきていないんですけど。お腹でも壊したのかも」
「え、そうなんですか? 私たち以外、誰もいないような気がしますけど」
「ちょっと、自由なやつで。また戻ってきたら紹介します。迷惑かけてすみません」
風磨の代わりに善樹が頭を下げる。まったくどこに行っているのか。ため息をつきながら、日程表に目を移した。善樹がそうしている間、美都がじっと善樹の方を見ているような気がして、善樹はあえて目を合わさないようにしていた。宗太郎とは美都はもともと知り合いだ。だが、自己紹介の際には全員知り合いだとは話さなかった。それなりに、みんな意図があるに違いない。善樹自身、自分から言う必要はないと思った。
なんといっても、今回の課題である「犯罪者を炙り出せ」——は、グループ内で心理戦になる可能性が高い。必要以上に個人情報を話すのにはリスクがある。もっとも犯罪者だと指摘されたところで、善樹は完全な白であるからダメージは少ないのだけれど。「お前が犯罪者だ」と言われればきっといい気分はしない。
個人情報の開示には気をつけないとな。
ひっそりと胸に誓いを立てる。
「そろそろ二時ですね。この次は館内案内があるみたいなので、少し休憩ですね」
丁寧な口調で宗太郎が言う。優しそうな顔をしており、眼鏡をかけて知的な様子で振る舞うので、昔から女子によくモテることを善樹は知っている。今日も、相変わらずにこにこと微笑みながら全員の話を聞いていた。誰もが宗太郎のことを、人畜無害な人だと思うだろう。実際善樹も、宗太郎に悪い印象を抱いたことはなかった。
「十四時になりましたので、今から館内案内と休憩に入ります。自己紹介がまだ終わっていないグループは、ディスカッション開始までに終えるよう、よろしくお願いします」
司会者の一声で、学生たちがグループごとにわらわらと大広間を退出する。
「修学旅行みたいだな」
いつのまにかそばに戻ってきた風磨の声が降ってきて、善樹ははっとする。スマホの時計盤を見ていた時だ。
「風磨、どこ行ってたんだ」
他の人には聞こえないよう、小さな声で尋ねる。
「トイレに行ってたら迷っちまって。あ、あと売店とか見てたけど」
「トイレと売店? 一時間もかかるのか」
「他人のトイレの時間にまで文句つけるなよ、兄貴」
呆れ声で善樹の小言に文句を言う風磨だが、呆れているのは自分の方だと思う。
「人数が多いので、グループごとに順番に館内を案内します。Aグループはこちらへ」
善樹たちは再びグループごとに整列をさせられ、それぞれ違う順番で館内案内を受けた。『温泉旅館はまや』は見たところかなり立派な旅館で、団体客が何組も泊まれるほど広い。一階にある売店は地元の名産品で溢れているし、温泉も案内図で見た限り、かなり大きいことが分かる。もちろん露天風呂もあり、「洞窟風呂」なんていうお風呂もあるようだ。宿泊型インターンシップで温泉旅館に泊まれるなんて、とても恵まれている。それもこれも、株式会社RESTARTだから為せる業だった。
館内の施設を巡った後、最後にそれぞれの部屋に連れて行かれた。なんと、一人一人個室だそうで、またも善樹は驚かされた。とはいえ、風磨と善樹は兄弟なので同じ部屋らしい。まあ、その辺りは不満などないので別に良い。男子全員同じ部屋に入れられるのかと思っていた善樹はほっとしていた。
部屋は十畳ほどの広い和室で、トイレとお風呂はセパレートだった。なんとも贅沢な空間。ここに二泊もしながらRESTARTの特別選考を受けられるかもしれないとなると、全員のやる気がみなぎるに違いない。RESTARTがそこまでして優秀な学生を引き抜きたいと思っていることがよく分かった。
十五時までは休憩時間と聞いているが、現在十四時三十分。あと三十分は部屋でのんびりできるな、と善樹は窓辺の椅子に座る。窓にうっすらと映る自分の顔を見ながら、先ほどもらったパンフレットのメモ欄を広げて風磨に問う。
「風磨、お前、この課題どう思う?」
「ん、ふざけた課題だな」
「直球だなあ」
「そりゃそうじゃねえか。そんな課題考えつく会社なんて、絶対やべー会社だって」
「はは、お前の価値観でいくとそうだろうな。僕は、割と面白そうな課題だって思ったんだけど」
善樹は今回のインターンの奇想天外な課題について、冷静になってみるとなかなかよく考えられた課題ではないかと感じていた。
「なんでそう思うんだよ」
「いや、なんかさ、自分に合ってそうな課題だって思っただけ。犯罪者を指摘するって、正義のヒーローぽい演出じゃない?」
「兄貴、そういうのが好きなのかよ。まあ分からんでもないか。兄貴って昔から正義感強いもんな」
「それ、よく言われるけど自分じゃ分かんないんだよなあ。普通に、いいと思ったこととダメだと思ったことを、実生活で実践してるだけなんだけど」
「それが正義感なんだよ」
風磨とは生まれてからこの方価値観が合うと思ったことがない。だから、合わなくてもまあどうってことないし、特に気にもしていない。
「そろそろ時間だから行こうか」
「えー、行きたくないな。ディスカッションなんて面倒臭い」
「はあ。風磨、お前さ、じゃあなんでインターンなんて参加したんだよ」
「そりゃ、美味い飯と広い風呂にありつけるからだろ? それ以外ないってんだ」
風磨らしい言い分を頂戴したところで、善樹はさっさと外靴を履いて部屋を出た。その時ちょうど、隣の部屋から宗太郎が出てきて鉢合わせする。
「え、そうなんですか? 私たち以外、誰もいないような気がしますけど」
「ちょっと、自由なやつで。また戻ってきたら紹介します。迷惑かけてすみません」
風磨の代わりに善樹が頭を下げる。まったくどこに行っているのか。ため息をつきながら、日程表に目を移した。善樹がそうしている間、美都がじっと善樹の方を見ているような気がして、善樹はあえて目を合わさないようにしていた。宗太郎とは美都はもともと知り合いだ。だが、自己紹介の際には全員知り合いだとは話さなかった。それなりに、みんな意図があるに違いない。善樹自身、自分から言う必要はないと思った。
なんといっても、今回の課題である「犯罪者を炙り出せ」——は、グループ内で心理戦になる可能性が高い。必要以上に個人情報を話すのにはリスクがある。もっとも犯罪者だと指摘されたところで、善樹は完全な白であるからダメージは少ないのだけれど。「お前が犯罪者だ」と言われればきっといい気分はしない。
個人情報の開示には気をつけないとな。
ひっそりと胸に誓いを立てる。
「そろそろ二時ですね。この次は館内案内があるみたいなので、少し休憩ですね」
丁寧な口調で宗太郎が言う。優しそうな顔をしており、眼鏡をかけて知的な様子で振る舞うので、昔から女子によくモテることを善樹は知っている。今日も、相変わらずにこにこと微笑みながら全員の話を聞いていた。誰もが宗太郎のことを、人畜無害な人だと思うだろう。実際善樹も、宗太郎に悪い印象を抱いたことはなかった。
「十四時になりましたので、今から館内案内と休憩に入ります。自己紹介がまだ終わっていないグループは、ディスカッション開始までに終えるよう、よろしくお願いします」
司会者の一声で、学生たちがグループごとにわらわらと大広間を退出する。
「修学旅行みたいだな」
いつのまにかそばに戻ってきた風磨の声が降ってきて、善樹ははっとする。スマホの時計盤を見ていた時だ。
「風磨、どこ行ってたんだ」
他の人には聞こえないよう、小さな声で尋ねる。
「トイレに行ってたら迷っちまって。あ、あと売店とか見てたけど」
「トイレと売店? 一時間もかかるのか」
「他人のトイレの時間にまで文句つけるなよ、兄貴」
呆れ声で善樹の小言に文句を言う風磨だが、呆れているのは自分の方だと思う。
「人数が多いので、グループごとに順番に館内を案内します。Aグループはこちらへ」
善樹たちは再びグループごとに整列をさせられ、それぞれ違う順番で館内案内を受けた。『温泉旅館はまや』は見たところかなり立派な旅館で、団体客が何組も泊まれるほど広い。一階にある売店は地元の名産品で溢れているし、温泉も案内図で見た限り、かなり大きいことが分かる。もちろん露天風呂もあり、「洞窟風呂」なんていうお風呂もあるようだ。宿泊型インターンシップで温泉旅館に泊まれるなんて、とても恵まれている。それもこれも、株式会社RESTARTだから為せる業だった。
館内の施設を巡った後、最後にそれぞれの部屋に連れて行かれた。なんと、一人一人個室だそうで、またも善樹は驚かされた。とはいえ、風磨と善樹は兄弟なので同じ部屋らしい。まあ、その辺りは不満などないので別に良い。男子全員同じ部屋に入れられるのかと思っていた善樹はほっとしていた。
部屋は十畳ほどの広い和室で、トイレとお風呂はセパレートだった。なんとも贅沢な空間。ここに二泊もしながらRESTARTの特別選考を受けられるかもしれないとなると、全員のやる気がみなぎるに違いない。RESTARTがそこまでして優秀な学生を引き抜きたいと思っていることがよく分かった。
十五時までは休憩時間と聞いているが、現在十四時三十分。あと三十分は部屋でのんびりできるな、と善樹は窓辺の椅子に座る。窓にうっすらと映る自分の顔を見ながら、先ほどもらったパンフレットのメモ欄を広げて風磨に問う。
「風磨、お前、この課題どう思う?」
「ん、ふざけた課題だな」
「直球だなあ」
「そりゃそうじゃねえか。そんな課題考えつく会社なんて、絶対やべー会社だって」
「はは、お前の価値観でいくとそうだろうな。僕は、割と面白そうな課題だって思ったんだけど」
善樹は今回のインターンの奇想天外な課題について、冷静になってみるとなかなかよく考えられた課題ではないかと感じていた。
「なんでそう思うんだよ」
「いや、なんかさ、自分に合ってそうな課題だって思っただけ。犯罪者を指摘するって、正義のヒーローぽい演出じゃない?」
「兄貴、そういうのが好きなのかよ。まあ分からんでもないか。兄貴って昔から正義感強いもんな」
「それ、よく言われるけど自分じゃ分かんないんだよなあ。普通に、いいと思ったこととダメだと思ったことを、実生活で実践してるだけなんだけど」
「それが正義感なんだよ」
風磨とは生まれてからこの方価値観が合うと思ったことがない。だから、合わなくてもまあどうってことないし、特に気にもしていない。
「そろそろ時間だから行こうか」
「えー、行きたくないな。ディスカッションなんて面倒臭い」
「はあ。風磨、お前さ、じゃあなんでインターンなんて参加したんだよ」
「そりゃ、美味い飯と広い風呂にありつけるからだろ? それ以外ないってんだ」
風磨らしい言い分を頂戴したところで、善樹はさっさと外靴を履いて部屋を出た。その時ちょうど、隣の部屋から宗太郎が出てきて鉢合わせする。