両親に教えられた場所まで電車を乗って行くと、大小様々な墓石の前に佇む一人の男性を見つけた。
「あなたは——」
昨日、善樹が美都の父親に会いに行ってから、どうしても風磨に会いたいという衝動に駆られた。すぐさま両親に連絡をとり、お墓の場所を教えてもらったのだが。
まさか先客がいるとは思わなかった。
真っ黒なスーツに身を包んだ彼のことを、善樹は最初誰なのか認識することができなかった。普段善樹が目にしている彼は、いつもオフィスカジュアルな格好をしていから。
善樹の頭の中で、夏の宿泊型インターンシップの会議室の映像が思い起こされる。Dグループのみんなで散々ディスカッションをした部屋だ。その中で端っこに座る、進行役の彼。そうだ、あの時も確かスーツを着ていた。
「一条くん」
善樹の姿を認めたその男——今田が、はっと顔を上げる。仕事を取り組む時とはまた違った真剣な表情をしていた。どうして彼が風磨のお墓の前で手を合わせているんだ——そんな疑問が、善樹の瞳から滲み出ていたのだろう。今田はひと呼吸置いた後、口を開いた。
「風磨くんには……お世話になったんだ」
ぽつり、と突如雨が頭上から降ってきた時のような唐突さだった。
「お世話に……?」
「ああ。風磨くんのことに、聞かれたことがあったんだ。『今田さんは悔しくないの?』って。彼は、RESTARTが隠していた悪事を嗅ぎ取って、必死に悪を訴えようとしていた。もちろん上は誰も取り合わなかった。RESTARTの裏の顔を知っていたのは一部の人間で、知らない人間にバレるわけにはいかなかった。……だから彼は消されてしまった。風磨くんは、私がRESTARTに操られているのを知って、『悔しくないのか』と聞いたんだ」
知らなかった。風磨が生前、今田とそんな会話をしていたなんて。
善樹が想像もしなかったやり取りが、二人の間では繰り広げられていたのだ。
「風磨くんにそう聞かれて、思ったんだ。ああ、私は本当は悔しいのだと。“裏の仕事”で利益が上がれば、それだけ我々にもバックがあった。だからみんな必死に隠して仕事に取り組んでいた。……でもやっぱり、心のどこかで悪事をはたらく自分が、どうしようもなく情けなく思ってしまっていたんだ」
「……」
今田の後悔の念が、風磨の眠るお墓に降りかかるようにして溢れ出す。善樹は胸がツンとつかえるような心地がした。
「そんな自分の本心を見抜かれて、はっとさせられてね。彼には本当の自分の気持ちを気づかせてもらえたんだ。だから、彼が会社を辞めたあと、私もRESTARTを辞めようと思った。……その矢先のことだった。岩崎部長が、風磨くんを轢き殺したと知ったのは」
線香の香りだけが漂う、静かな空間で紡ぎ出される今田の本当の想い。善樹はただ耳を傾けることしかできなかった。
「それからは想像の通りだよ。私は岩崎部長をはじめ、上から風磨くんの件をもみ消すように指示された。やらなければ、懲戒免職にすると脅された。懲戒なんてことになったら、今後の人生に響く。私にも家族がいるからね。さすがにそんなことは避けたかった。私は臆病だった。上の指示に従うことしか、考えられなくなっていたんだ……」
風磨の墓石の前には、紫色の美しい花が備えられていた。買って来たばかりの花だと分かる。今田が添えてくれたのだろう。花びらが心地良さそうに風に揺れた。
「弱い自分を心底恥じた。善樹くん、きみが入社してきてから、きみの顔を見るたびに風磨くんのことが頭から離れなかった。でも表向きは会社に従っているように振る舞ってきたんだ。あの夏のインターンで私が推薦した長良さんときみが、あんなかたちでRESTARTのことを暴露しなければ、今でも私は囚われたままだったと思う」
善樹は、次に彼の口から出てくる言葉を、固唾をのんで見守った。
「私が、通報したんだ。RESTARTのことを何もかも、警察に訴えた。内部告発だったからすぐに証拠も上げられて、驚異的なスピードで真実が暴かれた。もちろん会社は辞めたよ。沈んでいく泥船に乗って、一緒に朽ちていくのは嫌だった。岩崎部長や上の人たちは、自分たちを裏切った私を、一生憎むだろう。でもいいんだ。最後に、風磨くんや善樹くん、それから長良さんにだけは謝りたかった。本当に、申し訳ないことをした」
深く深く、頭が地面についてしまうんじゃないかというくらい、腰を折った今田に、善樹はどんな言葉をかければいいか、分からなかった。
紫色の花の横に、自分が持って来た黄色い花をそっと置いた。今田が何度も目を瞬かせる。彼が、風磨のことでどれほど心を痛めてきたかを痛感したのだ。
「あなたは——」
昨日、善樹が美都の父親に会いに行ってから、どうしても風磨に会いたいという衝動に駆られた。すぐさま両親に連絡をとり、お墓の場所を教えてもらったのだが。
まさか先客がいるとは思わなかった。
真っ黒なスーツに身を包んだ彼のことを、善樹は最初誰なのか認識することができなかった。普段善樹が目にしている彼は、いつもオフィスカジュアルな格好をしていから。
善樹の頭の中で、夏の宿泊型インターンシップの会議室の映像が思い起こされる。Dグループのみんなで散々ディスカッションをした部屋だ。その中で端っこに座る、進行役の彼。そうだ、あの時も確かスーツを着ていた。
「一条くん」
善樹の姿を認めたその男——今田が、はっと顔を上げる。仕事を取り組む時とはまた違った真剣な表情をしていた。どうして彼が風磨のお墓の前で手を合わせているんだ——そんな疑問が、善樹の瞳から滲み出ていたのだろう。今田はひと呼吸置いた後、口を開いた。
「風磨くんには……お世話になったんだ」
ぽつり、と突如雨が頭上から降ってきた時のような唐突さだった。
「お世話に……?」
「ああ。風磨くんのことに、聞かれたことがあったんだ。『今田さんは悔しくないの?』って。彼は、RESTARTが隠していた悪事を嗅ぎ取って、必死に悪を訴えようとしていた。もちろん上は誰も取り合わなかった。RESTARTの裏の顔を知っていたのは一部の人間で、知らない人間にバレるわけにはいかなかった。……だから彼は消されてしまった。風磨くんは、私がRESTARTに操られているのを知って、『悔しくないのか』と聞いたんだ」
知らなかった。風磨が生前、今田とそんな会話をしていたなんて。
善樹が想像もしなかったやり取りが、二人の間では繰り広げられていたのだ。
「風磨くんにそう聞かれて、思ったんだ。ああ、私は本当は悔しいのだと。“裏の仕事”で利益が上がれば、それだけ我々にもバックがあった。だからみんな必死に隠して仕事に取り組んでいた。……でもやっぱり、心のどこかで悪事をはたらく自分が、どうしようもなく情けなく思ってしまっていたんだ」
「……」
今田の後悔の念が、風磨の眠るお墓に降りかかるようにして溢れ出す。善樹は胸がツンとつかえるような心地がした。
「そんな自分の本心を見抜かれて、はっとさせられてね。彼には本当の自分の気持ちを気づかせてもらえたんだ。だから、彼が会社を辞めたあと、私もRESTARTを辞めようと思った。……その矢先のことだった。岩崎部長が、風磨くんを轢き殺したと知ったのは」
線香の香りだけが漂う、静かな空間で紡ぎ出される今田の本当の想い。善樹はただ耳を傾けることしかできなかった。
「それからは想像の通りだよ。私は岩崎部長をはじめ、上から風磨くんの件をもみ消すように指示された。やらなければ、懲戒免職にすると脅された。懲戒なんてことになったら、今後の人生に響く。私にも家族がいるからね。さすがにそんなことは避けたかった。私は臆病だった。上の指示に従うことしか、考えられなくなっていたんだ……」
風磨の墓石の前には、紫色の美しい花が備えられていた。買って来たばかりの花だと分かる。今田が添えてくれたのだろう。花びらが心地良さそうに風に揺れた。
「弱い自分を心底恥じた。善樹くん、きみが入社してきてから、きみの顔を見るたびに風磨くんのことが頭から離れなかった。でも表向きは会社に従っているように振る舞ってきたんだ。あの夏のインターンで私が推薦した長良さんときみが、あんなかたちでRESTARTのことを暴露しなければ、今でも私は囚われたままだったと思う」
善樹は、次に彼の口から出てくる言葉を、固唾をのんで見守った。
「私が、通報したんだ。RESTARTのことを何もかも、警察に訴えた。内部告発だったからすぐに証拠も上げられて、驚異的なスピードで真実が暴かれた。もちろん会社は辞めたよ。沈んでいく泥船に乗って、一緒に朽ちていくのは嫌だった。岩崎部長や上の人たちは、自分たちを裏切った私を、一生憎むだろう。でもいいんだ。最後に、風磨くんや善樹くん、それから長良さんにだけは謝りたかった。本当に、申し訳ないことをした」
深く深く、頭が地面についてしまうんじゃないかというくらい、腰を折った今田に、善樹はどんな言葉をかければいいか、分からなかった。
紫色の花の横に、自分が持って来た黄色い花をそっと置いた。今田が何度も目を瞬かせる。彼が、風磨のことでどれほど心を痛めてきたかを痛感したのだ。