そして、来たる十月二十五日、約束の日に善樹は指定された刑務所の最寄駅で美都と待ち合わせをしていた。

「今日は来てくれてありがとう。本当なら親族以外は面会は難しいんだけど、事前に申請して許可をもらったから大丈夫。それじゃあ、行こうか」

 美都について、刑務所までの道を歩き出す。駅からほど近く、十分程度で目的地に到着した。外観だけは何度か見たことがあるものの、中に入るのはもちろん初めてだ。緊張しながら門を潜り、窓口で手続きを済ませて面会室へと案内される。
 刑事ドラマなんかでよく見るようなガラスで区切られた部屋に、椅子が二つ置かれていた。美都に促されて、善樹は彼女の隣に座る。企業の採用面接とは違う、独特の緊張感に包まれていた。
 しばらくすると、四十代後半ぐらいの男性が職員と共に現れた。歳の割には白髪の多い髪、長く伸びた髭、痩せこけた頬が視界に映る。彼が、刑務所の中でどれほど心身を憔悴させているかがよく分かった。それでも、美都と善樹の姿を認めた彼は、子供を見守る近所のおじさんのように優しい笑みを浮かべて「こんにちは」と挨拶をしてくれた。

「お父さん、久しぶり。こちら、一条善樹くん。東帝大学で一緒だったの。一条風磨くんの双子のお兄さん」

「こんにちは、初めまして。一条善樹と申します。娘さんにはいつもお世話になっています」

 こそばゆい挨拶をして美都の父親の顔を見つめる。彼は善樹のことをまじまじと見つめて、「すごいなあ」と声を上げた。

「風磨くんと、そっくりだ。最初、彼がそこに座っているのかと思ったよ」

「よく言われるんです。一卵性で、親でも外見だけでは区別がつかないくらいでした」

「そうかい。ああ、申し遅れました。私は川崎健治(かわさきけんじ)と申します。娘の苗字は妻のものなので、娘とは苗字が違ってるんですが」

「はい、存じております。その……今日は押しかけてすみません」

 美都に誘われたからとはいえ、本当に赤の他人である自分が面会に訪れたことを、彼が快く思っているかどうか分からなくて不安だった。けれど、善樹の言葉を聞いた健治は、「めっそうもない」と全力で否定してくれた。

「今日、きみに会いたいと言ったのは私の方なんだよ。善樹くん、私は、風磨くんのことできみに伝えなきゃいけないことがあるんだ」

「風磨のことで?」

 世間では風磨の轢き逃げ事件が川崎健治の仕業ではなく、RESTARTの岩崎の所業なのではないかという疑いがかけられている。まだ捜査中であり、健治に対する処分が今後どうなるかに関しては分からないけれど、彼の中では自分が罪を犯していないことは歴とした事実だ。この一年半の間とても生きた心地がしなかっただろう。健治や美都の心中を思うと、いたたまれない気持ちになる。健治の言葉は一つも聞き漏らさないように耳を傾けよう——そう感じていた。

「ああ。風磨くんは短い間だったけど、私の同僚でね。……RESTARTに転職する前からいろいろと相談を受けていたんだ。そのことは知ってるかい?」

「はい。娘さんから聞いております」

「そうか。風磨くんはがどうしてRESTARTに転職したいのか、私に話してくれたことがあった。それを善樹くん——きみに伝えたく
て、今日ここに来てもらったんだ」

「風磨がどうしてRESTARTに入ったのか、ですか」

 考えたこともなかった。
 風磨は高校を卒業してから短いスパンで職を転々としていたけれど、いつも転職する先は適当に決めているようだった。

『兄貴みたいに才能ないからさ、自分を拾ってくれる会社ならもうどこでもいいっていうか』

 ぞんざいな物言いで転職についての心意気を教えてくれた時、風磨らしいと思った。もっとも、風磨にだって他人を思いやれる素敵なところがある。風磨を一人の人間として対等に見てくれる会社があるなら、彼にだって会社を選ぶ権利はあるはずだとは思っていたのだが。

「そうだよ。風磨くんはね、きみのことを——善樹くんのことを想って、RESTARTに入りたいんだって言っていた」