「……失礼しました」
美都が部屋から出るのに続いて、善樹も中にいる二人に向かって頭を下げる。もう自分がここに来ることはないだろう。こんな終わりを迎えてしまった後、のこのこと仕事に出向くこともできない。
岩崎は、終始何を考えているのか分からない表情を貫いていた。最後に今田と目が合う。何かを言いたそうな顔をしていたけれど、ぐっと我慢している様子だった。
四日前、今田から「一緒に働きたい」と言われた時のことを思い出す。あの時、自分の実力を認められた気がして素直に嬉しかった。RESTARTについて懐疑心を向けていたとはいえ、一人の上司から発せられた言葉として光栄だと思っていた。でもやっぱり、あの言葉には裏があった。善樹がRESTARTに合っているという彼の発言は、岩崎の言い分と同じ——善樹が悪に染まることのできる人間だという意味だったのだから。
最後の最後、扉を閉める瞬間まで、ドクドクと鳴っている鼓動を痛く感じていた。ガチャ、という音と共に空気が遮断される。
「……」
美都は複雑な表情を浮かべつつ、善樹に対し、何も言葉を発しない。どんな言葉をかければいいか分からない——そんな彼女の戸惑いが感じられて、善樹は両手の拳をぎゅっと握りしめた。
無言のまま、エレベーターに乗り込んで一階へと降りる。エントランスを抜けてオフィスビルから出ると、何人もの人の気配がサッと近づいてきた。
「すみません、RESTARTの社員の方でしょうか?」
ここへ来た時に目にしたマスコミの人たちだ。岩崎と話した後の興奮から覚めない状態で不意打ちで声をかけられて面食らう。美都も、困ったように眉を下げていた。
「いえ……違います」
はっきりとそう告げたはずなのに、善樹の声はどことなく震えていて。こういった取材に慣れている記者たちの眼光が鋭くなった。
「本当ですか? では、取引先の方でしょうか?」
「だから、違いますって。僕たちは学生です」
「学生さん? 学生さんがなぜRESTARTに? あ、もしかしてきみ、例のブログを書いた——」
「……っ」
見事に事実を言い当てられて、善樹はぐぐっと唾を飲み込んだ。咄嗟に嘘をつくこともできない。冷や汗が背中を伝う。涼しいはずの秋風が、身体にまとわりついて熱を帯びているように感じられた。
「善樹くん、行こう」
「え?」
固まって動けなくなっていた善樹の右腕を、柄にもなく強引に引っ張って駆け出したのは美都だった。
「ちょ、長良さん!」
「いいから走って! 止まったらまた捕まっちゃうよっ」
彼女の悲痛な声を聞いて、善樹は逆に頭の中がすっと冷静になっていくのが分かった。そうだ。自分たちは何も悪いことなどしていない。あの人たちの質問に答える義務だってない。それなのにどうして自分は、弱気になっていたんだろう。
オフィス街でぜえぜえと肩で息をしながら駆け抜ける善樹たちは、他人の目からすればかなり異様な人間に映っただろう。やがて噴水のある公園まで辿りつくと、美都の足がぴたりと止まった。
「ここまで来れば……大丈夫なはず」
彼女の言葉に後ろを振り返ってみると、確かに誰も善樹たちのことを追って来てはいなかった。最初から追いかけられてなどいなかったのかもしれない。マスコミの人間たちは、善樹のような学生よりも、今はRESTARTの社員の方に興味があるのだろうから。
しばらく二人で呼吸を整えつつ、据え置かれていた椅子に座った。美都が気を利かせてくれて、近くにあった自動販売機でお茶を買ってきてくれた。
「ありがとう。今日は本当に、助けられてばかりだ」
「ううん。むしろ、私の用事に無理やり同行してもらったんだもの。お礼を言うのはこっちのほう」
冷えたお茶が喉元を通り過ぎて、身体を内部から冷やしてくれる。そこでようやく、善樹は自分が今置かれている状況を冷静に見つめ直すことができた。
美都が部屋から出るのに続いて、善樹も中にいる二人に向かって頭を下げる。もう自分がここに来ることはないだろう。こんな終わりを迎えてしまった後、のこのこと仕事に出向くこともできない。
岩崎は、終始何を考えているのか分からない表情を貫いていた。最後に今田と目が合う。何かを言いたそうな顔をしていたけれど、ぐっと我慢している様子だった。
四日前、今田から「一緒に働きたい」と言われた時のことを思い出す。あの時、自分の実力を認められた気がして素直に嬉しかった。RESTARTについて懐疑心を向けていたとはいえ、一人の上司から発せられた言葉として光栄だと思っていた。でもやっぱり、あの言葉には裏があった。善樹がRESTARTに合っているという彼の発言は、岩崎の言い分と同じ——善樹が悪に染まることのできる人間だという意味だったのだから。
最後の最後、扉を閉める瞬間まで、ドクドクと鳴っている鼓動を痛く感じていた。ガチャ、という音と共に空気が遮断される。
「……」
美都は複雑な表情を浮かべつつ、善樹に対し、何も言葉を発しない。どんな言葉をかければいいか分からない——そんな彼女の戸惑いが感じられて、善樹は両手の拳をぎゅっと握りしめた。
無言のまま、エレベーターに乗り込んで一階へと降りる。エントランスを抜けてオフィスビルから出ると、何人もの人の気配がサッと近づいてきた。
「すみません、RESTARTの社員の方でしょうか?」
ここへ来た時に目にしたマスコミの人たちだ。岩崎と話した後の興奮から覚めない状態で不意打ちで声をかけられて面食らう。美都も、困ったように眉を下げていた。
「いえ……違います」
はっきりとそう告げたはずなのに、善樹の声はどことなく震えていて。こういった取材に慣れている記者たちの眼光が鋭くなった。
「本当ですか? では、取引先の方でしょうか?」
「だから、違いますって。僕たちは学生です」
「学生さん? 学生さんがなぜRESTARTに? あ、もしかしてきみ、例のブログを書いた——」
「……っ」
見事に事実を言い当てられて、善樹はぐぐっと唾を飲み込んだ。咄嗟に嘘をつくこともできない。冷や汗が背中を伝う。涼しいはずの秋風が、身体にまとわりついて熱を帯びているように感じられた。
「善樹くん、行こう」
「え?」
固まって動けなくなっていた善樹の右腕を、柄にもなく強引に引っ張って駆け出したのは美都だった。
「ちょ、長良さん!」
「いいから走って! 止まったらまた捕まっちゃうよっ」
彼女の悲痛な声を聞いて、善樹は逆に頭の中がすっと冷静になっていくのが分かった。そうだ。自分たちは何も悪いことなどしていない。あの人たちの質問に答える義務だってない。それなのにどうして自分は、弱気になっていたんだろう。
オフィス街でぜえぜえと肩で息をしながら駆け抜ける善樹たちは、他人の目からすればかなり異様な人間に映っただろう。やがて噴水のある公園まで辿りつくと、美都の足がぴたりと止まった。
「ここまで来れば……大丈夫なはず」
彼女の言葉に後ろを振り返ってみると、確かに誰も善樹たちのことを追って来てはいなかった。最初から追いかけられてなどいなかったのかもしれない。マスコミの人間たちは、善樹のような学生よりも、今はRESTARTの社員の方に興味があるのだろうから。
しばらく二人で呼吸を整えつつ、据え置かれていた椅子に座った。美都が気を利かせてくれて、近くにあった自動販売機でお茶を買ってきてくれた。
「ありがとう。今日は本当に、助けられてばかりだ」
「ううん。むしろ、私の用事に無理やり同行してもらったんだもの。お礼を言うのはこっちのほう」
冷えたお茶が喉元を通り過ぎて、身体を内部から冷やしてくれる。そこでようやく、善樹は自分が今置かれている状況を冷静に見つめ直すことができた。