その時、再び部屋の扉が開かれる。「失礼します」と言って入って来たのは、今田だった。
「一条くん」
岩崎と同様、今田も善樹の存在に動揺しているのが分かった。善樹は気まずくなり、今田から目を逸らす。「すみません」という言葉だけが、反射的に口をついて出た。
「もういい。とにかく話を聞こう。長良さん、きみは内定受諾の件で来たんだね?」
話を進める岩崎の隣に、今田が腰を下ろす。善樹と美都は正面に立ったまま、椅子に座ろうとはしなかった。
「はい、そうです。単刀直入にお伝えします。内定を、辞退します。せっかくお声掛けいただいたのに、申し訳ありません」
きっぱりとした口調で断る美都。その決意に揺らいでいる様子は一切見られない。ここに来るまでに、彼女は散々悩んで考えたのだ。今更気持ちがぶれることはないのだろう。
「理由は……聞くまでもないな。一条くん」
「はい」
岩崎は美都から善樹の方へと視線を移す。罪人から言い訳を聞く警察官のような目つきだった。
「あのブログを投稿したのは、きみだね」
予想していた質問が飛んできたはずなのに、善樹の心臓が大きく跳ねた。岩崎と、一対一の空間に放り込まれたような気がして、つい足元を見る。隣からは美都の息遣いが、規則正しく聞こえていた。
落ち着け、大丈夫だ。
善樹は自分にそう言い聞かせると、「そうです」と頷いた。
「ほう、認めるんだね。どうしてあんなブログを書いた?」
とても三十代とは思えない貫禄に、気圧されそうになる。心配そうな美都の視線を、横目で感じた善樹は気を強く持て、と意識した。
「……風磨を殺された無念を晴らしたかったからです」
本音だった。風磨が死んでしまったことから目を逸らしていた自分を恥じ、RESTARTによって始末されたかもしれないという疑念に囚われていた。もし彼らが真犯人なのであれば、このままでは風磨が浮かばれない。それだけは絶対に嫌だった。
「風磨くんを轢いたのは、別人だろう。ああ、その人は長良さん——きみの父親だったね」
美都がぴくりと肩を揺らすのが分かった。
やはり……やつらは最初から、美都とお父さんのことを知っていたのだ。知っていて、あえて彼女を宿泊型インターンに招待した。そう思うと、腹の底で熱い塊が煮えたぎるような心地がした。
「違う……長良さんのお父さんがやったんじゃ、ない」
絞り出した声が思ったよりも震えていることに気がつく。足元がぐらつかないように、強い精神力でなんとか立っていられていた。
「昨日のブログにも書いていたね。あんな証拠とも言えない証拠を並べ立てて、我が社を追い詰めたつもりかい」
岩崎の声は至極冷静だった。
昨日、善樹が投稿したブログの記事が炎上したことで、RESTARTは今、対応に追われているのではいのか? 全社会議に一日を費やし、インターン生も出勤停止にしてまで、大事になったのではないのか。それなのに、なぜ。岩崎はこんなにも落ち着き払っている?
「追い詰めたとは思っていません。ただ僕は、風磨の事件の真相が別にあるのだとしたら、それを暴きたいんです。僕一人の力では無理だから、世間に公表して、助けがほしかった」
そう。
何も初めから、RESTARTが真犯人であると決めつけていたわけではない。善樹も美都も、美都の父親が冤罪であるならば、真実を教えてほしい。自分たちの力ではそれができない。だからこそ、世間の注目を集めて、RESTARTに捜査の目が向くように仕向けた。それが一番の目的だった。
岩崎の挑戦的な視線が善樹の胸に突き刺さる。背中でツーッと一筋の汗が流れ落ちた。
「真相を暴く、か。残念ながらそんなことはできない。我が社を舐めてもらっては困る。一介の大学生であるきみたちに、大企業を潰すことなんてできないんだよ。私がきみを夏の宿泊型インターンに参加させた理由を、教えてやろうか」
もはや、岩崎の中で善樹のブログの件など、些末な問題に過ぎないようだ。美都と一緒に心血を注いで実行した作戦が見事に失敗したことを悟り、泥沼に沈んでいくような心地がした。