十月十五日、火曜日。
 本当なら今日はRESTARTに出勤をする日だった。だが、今朝会社からメールが届き、『インターン生は全員出勤を停止、自宅待機とする』という通達がきた。何事かと、善樹は疑問に思うこともなかった。なぜなら、一昨日の夜、爆弾を投下したのは善樹自身だからだ。

「RESTARTが風磨を轢いた犯人だと思わせられるようなブログを書いてほしい」——。

 美都に作戦を打ち明けられた時、善樹はそんなことで大丈夫かと半信半疑だった。だが、Dグループのみんなの親たちに協力してもらい資料を添えてブログを公開すると、著名人から目を付けられたおかげか、記事は瞬く間に広がっていった。善樹自身、ブログを書いているうちに、風磨に対する無念が頭の中を支配し、驚くほど速く筆が進んでいた。
 記事の拡散具合を見て、RESTARTがどれほど社会に影響を与えていたか、身に沁みて感じている。

「お待たせ」

 白いブラウスに黒い綿パンツを履いた美都が、待ち合わせ場所の駅前に現れた。時刻は午後十二時半、早めのお昼を済ませた善樹も、美都と同じようにオフィスカジュアルな服装で外に出ていた。

「早速行こうか」

「ええ」

 余計な会話は一言もせず、善樹たちは電車に乗り込む。昨日のうちに、二人で今日のことを打ち合わせしていた。目論見通り——いや、予想よりも遥かに話題となった記事。それに対しRESTARTが全社を上げて会議を開始したことを善樹は知っていた。美都は昨日、
「明日の一時に会社を訪問できることになった」と善樹に告げた。驚いた善樹だったが、RESTARTが以前から美都と美都の父親のことを知っており、彼女から情報を引き出そうとしていると察していた。
 六本木のオフィスに辿り着く。ビルの外は恐ろしいくらいの静寂に包まれている。ちらほらと、外で待機している人はマスコミの人間だろうか。あの記事の真相について、テレビ局がRESTARTに突撃をしているのだとしても、不思議ではなかった。
 善樹たちは彼らの目を掻い潜り、ビルの中へ向かう。受付で約束があると名乗ると、すぐに人事部のフロアまで通された。

「失礼します」

 案内された部屋の扉をノックして、美都が扉を開ける。善樹はそっと後ろからついて入った。

「岩崎部長、こんにちは」

 朗らかな中に、何かを訴えかけるような不穏な空気を漂わせ、美都は椅子に腰掛けていた岩崎に挨拶をした。善樹も、「お疲れ様です」と頭を下げる。岩崎がすぐに善樹の方をぎろりと睨んだ。

「……一条くん、なぜきみがここに?」

 敵を睨むような鋭い視線が、善樹をその場から押し出そうとしているかのように感じ、一歩、たじろぐ。だめだ。ここで引いてはいけない。強い決意と共に、善樹はぐっと唇を噛んでから答えた。

「長良さんと一緒に、部長に話をしたくて来ました。事前に伝えたら、断られると思ったので。すみません」

「きみは……賢い人間だろう。ビジネスマナーに反するよ。そんなことぐらい分かっているだろう」

「はい、重々承知しています。ですが、僕はもう昨日までの“一条善樹”ではありません。失礼します」 

 同席させてください、という意味で善樹は頭を下げる。しばしの沈黙が流れた後、岩崎がため息をついた。呆れて追い返す言葉も出ないのかもしれない。