翌日、大学でゼミを受け終えた善樹は、図書館で課題を済ませていた。その最中、スマホが数回震える。アプリの通知は最小限に抑えているから、普段から通知が鳴ることはほとんどない。画面を見ると、美都からメッセージが届いていた。

【善樹くん、昨日はありがとう。早速なんだけど、作戦を立てない? 大学が終わったら連絡が欲しいです】

 メッセージの後に、よろしくお願いします、とパンダが頭を下げているスタンプが送られていた。彼女が単刀直入に、こんなふうにメッセージを送ってくるということは、よほど急いでいるのだろう。内定を受諾するかどうかの連絡を、会社側から迫られているのかもしれない。だとすれば、いち早く作戦を立てる必要があった。

【こちらこそ、昨日はありがとう。了解です。ただ今日はこれからバイトがあるから、終わってから電話でもいいかな】

 善樹が返信を打つと、ものの数分もしないうちに返事が返ってきた。

【もちろん、電話で大丈夫です。ありがとう】

 それっきりの短いやり取りだった。善樹は机の上に広げていた参考書やノートを鞄にしまい足早にバイト先に向かう。シフトの時間は決まっているから、早く行ったところで早く切り上げることはできないのだが、逸る気持ちを抑えるためにも、行動するしかなかった。


 夜九時、バイトを終えた善樹は帰宅すると、まるで何かの儀式のように洗面所の鏡の中の自分の顔をじっと見つめる。忘れないためだ。自分が一条善樹であって、風磨ではないことを。風磨が隣にいないことを。ひしひしと感じながら、部屋でスマホを手に取った。
 LINEの画面を開いて、美都に電話をかける。ツーコールもしないうちに、彼女はすぐに電話に出てくれた。

「もしもし、長良さん? 今大丈夫?」

『うん、大丈夫。忙しい中電話ありがとう』

 電話の向こうから自分の部屋で聞こえるのと同じような車のエンジン音が聞こえてきた。窓を開けているのかもしれない。お風呂上がりに水が滴る彼女の艶やかな髪の毛を想像して、すぐにかき消した。

「こっちは大丈夫。それで、作戦のことなんだけど——」

『そうだね。作戦を練ろうっていう話。実は私、割ともう考えを固めてるの。あとは実行に移すだけ』

「そうなの? 随分仕事が早いね」

 昨日、みんなで集まってその翌日だというのにもう作戦を立てているのか。仕事が早いのはさすがという他はない。

『そんなことないよ。私は大学にも行ってないしね。それに、RESTARTからは十五日までに内定受諾の回答が欲しいって言われてる。あと五日しかないの』

「なるほど。それは、今すぐにでも行動しないとまずいね」

 やはり、善樹の想像した通りだった。彼女は先方から回答を迫られている。焦る気持ちはとてもよく理解することができた。

『そう。だから単刀直入に伝えるね。私が考えた“作戦”』

「お願いします」

 それから美都は電話の向こうで今日考えたという“作戦”を語り始めた。RESTARTの悪事を暴くため、そして自分がRESTARTに就職すべきかどうかを決めるため。今、自分にできるすべての力を出し切って、実行する。彼女の語り口からして、並々ならぬ決意が伝わってきた。

『……とういうわけなの。大筋は理解してもらえたかな?』

 一通り話し終えると、電話の向こうで彼女がふう、と息をつくのが分かった。

「ああ、分かったよ。でも、本当にそのシナリオ通りにいくかな?」

『それは……やってみないと分からない。でも、何もしないでぼうっとして、彼らの思惑にハマるよりは絶対にまし。だから成功するかどうか分からないけど、やってみたいと思う』

「そうか」

 善樹は頭の中で、彼女から伝えられた作戦を実行するイメージをしてみた。
 できないことはない。ただ、あと五日という期限が迫っている中で実行するならば、自分たちだけではなく、Dグループのみんなにも全面的に協力を仰ぐ必要がある。
 そこまで考えて、善樹は思い切り深呼吸をしてみた。 
 酸素が血液に溶けて、全身を駆けずり回る。血管が大きく開いているイメージが湧き上がり、やってやろうじゃないか、という気概が湧き上がってきた。

「分かったよ。その作戦で頑張ってみよう。みんなにも、協力してもらわないとね」

『ありがとう。ええ、そのつもり。今から順番に声をかけてみる。返事が来たら、善樹くんに報告するね』

 美都はそれだけ言い残すと、「また連絡します」と電話を切った。
 美都が内定受諾を受け入れるかどうか、決めるまであと五日間。
 長いようで短い数日が、今始まった。