ガツン、と頭を鈍器で殴られるような衝撃を覚えた。
美都の言うことが真実であるならば、善樹は長期インターン生として成長をさせてもらえる機会を与えてもらったのではない。RESTARTに、本当の自分を暴かれてこいと、弄ばれているような気持ちになった。
一体どうして。
善樹は、RESTARTの社員たちに敬意を抱いていた。特に人事部の人には、入社してから手厚い教育をしてもらい、そのおかげで社会で働くことの意味を実感することもできた。尊敬していたのだ。岩崎のことも、今田のことも。同時に彼らは善樹の働きぶりを、認めてくれていると思っていた。
それなのに本当は、善樹のことを試していた?
お前は、真実に気づくことができるのか、と。
悪に立ち向かうことができるのか、と。
そう考えると、背筋に冷や汗が流れた。
自分は何も見えてないなかった。
美都に指摘されるまで、RESTARTが本当は悪だなんて、考えもせず生きてきた。風磨のことだって、辛い事実から逃げて。
……このままでは、RESTARTどころか、社会に出て活躍することなんてできない。
「僕は……やつらの裏の顔を、暴きたい」
気がつけば口から本心が漏れていた。その言葉に、全員の気持ちが一つになったのが分かる。店員が再び料理を運んできた。開かれた扉から新しい風が吹き込んでくる。停滞していたその場の空気が、扉の向こうへと押し流された。
「そうだね。私も、みんなの話を聞いて、決めた。RESTARTの内定を受諾するかどうか。ただ、自分の決意をどうぶつけるかは——もう少しだけ考えて、自分にとって一番最適な答えを出したい。そのときはまた、みんなに協力をお願いしてもいいかな?」
「もちろん。僕たちだって、あいつらの悪事を暴きたいんだ」
「協力するよ」
「俺たちはもう、一緒に闘った同志だからね」
「僕も……もちろん。協力する、というか、むしろ助けてほしい。RESTARTと風磨のこと。まだ分からないことが多いから。もし本当にRESTARTが風磨を手にかけたなら、僕は絶対に許せない」
善樹の中で、腹の底から湧き上がる熱い鉄のような塊がぐつぐつと煮えているような心地がしていた。自分はRESTARTに騙されていたのかもしれない。だとしたら、本気で彼らを軽蔑するし、本気で闘いたいと思う。
「ありがとう。今日、みんなと話ができて本当に良かった」
美都がにっこりと、花のような笑みを浮かべた。その笑顔に、善樹は初めて胸がきゅっと鳴ったような気がする。けれど顔には出さない。開が美都の方を見て顔を綻ばせるのも、見てしまった。
それから善樹たちは運ばれてきた料理をガツガツと食べた。話し合いに没頭していたから、みんなお腹が空いていた。「ここの料理美味いね!」と一番興奮していたのはもちろん開だ。だが、宗太郎も負けず劣らずたくさん食べていたし、友里も、美都も、みんなで舌鼓を打った。
「それじゃ、そろそろ解散しますか。また集まれたらいいね」
「ええ。また何かあったら、連絡を取り合おう」
「東京ならいつ来てもいいしね」
各々挨拶をして、善樹たちはお店を後にする。
午後九時、外はもちろん暗くなっているのだが、眠らない東京の街はそこかしこが明かりに溢れていて、仲間と解散をするには惜しい心地もした。
「善樹くん、一緒に帰らない?」
他のメンバーを見送った後、美都に声をかけられた。下宿先が同じ方向なので、善樹はもちろん頷いた。
「今日、みんなのこと集めてくれて本当にありがとう。おかげで今後の方針が見えたよ」
「いや、お礼を言わないといけないのは僕の方だ。おかげで、目が覚めたというか。……自分が信じてきたものが、必ずしも正義とは限らない。インターンの時にも学んだはずだったのに、僕はまだ真実が見えていなかった」
「……仕方ないよ。まさかあの優良企業が悪だなんて、誰も思わないもの」
美都の声はどこか寂しそうに思えた。きっと、父親のことを考えているのだろう。美都の父親は今もなお牢屋の中にいるのだろうか。もし彼女のお父さんが本当に無実なら、早く解放してあげたいと思うのが家族の気持ちだろう。
「私さ、お父さんを助けたいと思いつつも、お父さんと苗字を変えて逃げたんだ。世間から、白い目で見られるのが怖かった……。ふふ、最低だよね。守りたいと思うものから遠ざかって、自分だけ逃げて」
「……最低なんかじゃないよ。きみがアルバイト先を追われた話を聞いて、本当に申し訳ないことをしたと思った。その後も、大変だったんだね。僕には想像できないくらい、辛かったと思う。そんな中でも、お父さんの無実を信じて行動してるきみは、きっとすごい」
本音だった。美都は本当に強いと思う。自分は辛いことから目を逸らしていたのに、美都は自分の身を守りつつも、目を逸らすことはしなかった。自分と美都は違う。彼女は、尊敬に値する人だ。
「ありがとう。そう言ってくれるだけで救われたよ。私、やっぱり善樹くんのこと好きかも——なんてね。困らせちゃうね、ごめん。だけと善樹くんのこと、本当に大切な友達だったと思うし、これからも友達でいたい。だめかな?」
冷たい夜風が頬を撫でるのに、善樹の心臓は熱を帯びているかのように熱い。気がつけば無意識のうちに頷いていた。
「僕も、きみとは友達でいたいよ」
「そっか。良かった。あのね、私、善樹くんと協力して、RESTARTの悪事を暴きたいって本気で思ってるから、一緒に闘ってくれ
る?」
「ああ、もちろん。僕も闘う。人生をかけた勝負の始まりだ」
「ふふ、ありがとう。それじゃあ、また作戦会議しよう」
「うん」
美都と二人だけの約束をした善樹は、飲み会終わりのサラリーマンたちと一緒に、電車に乗り込んだ。電車の中は座れないほどに混んでいるのに、世界に美都とたった二人きり、取り残されたような錯覚に陥る。でも、不思議と淋しいとは思わなかった。彼女の息遣いを隣で感じながら、流れゆくネオンの街の風景をしっかりと頭に刻みつける。
これから自分が闘おうとしている相手は、茫漠と広がるこの街に似ている。
美都と、それから仲間と一緒ならば、怖くはないと思った。
美都の言うことが真実であるならば、善樹は長期インターン生として成長をさせてもらえる機会を与えてもらったのではない。RESTARTに、本当の自分を暴かれてこいと、弄ばれているような気持ちになった。
一体どうして。
善樹は、RESTARTの社員たちに敬意を抱いていた。特に人事部の人には、入社してから手厚い教育をしてもらい、そのおかげで社会で働くことの意味を実感することもできた。尊敬していたのだ。岩崎のことも、今田のことも。同時に彼らは善樹の働きぶりを、認めてくれていると思っていた。
それなのに本当は、善樹のことを試していた?
お前は、真実に気づくことができるのか、と。
悪に立ち向かうことができるのか、と。
そう考えると、背筋に冷や汗が流れた。
自分は何も見えてないなかった。
美都に指摘されるまで、RESTARTが本当は悪だなんて、考えもせず生きてきた。風磨のことだって、辛い事実から逃げて。
……このままでは、RESTARTどころか、社会に出て活躍することなんてできない。
「僕は……やつらの裏の顔を、暴きたい」
気がつけば口から本心が漏れていた。その言葉に、全員の気持ちが一つになったのが分かる。店員が再び料理を運んできた。開かれた扉から新しい風が吹き込んでくる。停滞していたその場の空気が、扉の向こうへと押し流された。
「そうだね。私も、みんなの話を聞いて、決めた。RESTARTの内定を受諾するかどうか。ただ、自分の決意をどうぶつけるかは——もう少しだけ考えて、自分にとって一番最適な答えを出したい。そのときはまた、みんなに協力をお願いしてもいいかな?」
「もちろん。僕たちだって、あいつらの悪事を暴きたいんだ」
「協力するよ」
「俺たちはもう、一緒に闘った同志だからね」
「僕も……もちろん。協力する、というか、むしろ助けてほしい。RESTARTと風磨のこと。まだ分からないことが多いから。もし本当にRESTARTが風磨を手にかけたなら、僕は絶対に許せない」
善樹の中で、腹の底から湧き上がる熱い鉄のような塊がぐつぐつと煮えているような心地がしていた。自分はRESTARTに騙されていたのかもしれない。だとしたら、本気で彼らを軽蔑するし、本気で闘いたいと思う。
「ありがとう。今日、みんなと話ができて本当に良かった」
美都がにっこりと、花のような笑みを浮かべた。その笑顔に、善樹は初めて胸がきゅっと鳴ったような気がする。けれど顔には出さない。開が美都の方を見て顔を綻ばせるのも、見てしまった。
それから善樹たちは運ばれてきた料理をガツガツと食べた。話し合いに没頭していたから、みんなお腹が空いていた。「ここの料理美味いね!」と一番興奮していたのはもちろん開だ。だが、宗太郎も負けず劣らずたくさん食べていたし、友里も、美都も、みんなで舌鼓を打った。
「それじゃ、そろそろ解散しますか。また集まれたらいいね」
「ええ。また何かあったら、連絡を取り合おう」
「東京ならいつ来てもいいしね」
各々挨拶をして、善樹たちはお店を後にする。
午後九時、外はもちろん暗くなっているのだが、眠らない東京の街はそこかしこが明かりに溢れていて、仲間と解散をするには惜しい心地もした。
「善樹くん、一緒に帰らない?」
他のメンバーを見送った後、美都に声をかけられた。下宿先が同じ方向なので、善樹はもちろん頷いた。
「今日、みんなのこと集めてくれて本当にありがとう。おかげで今後の方針が見えたよ」
「いや、お礼を言わないといけないのは僕の方だ。おかげで、目が覚めたというか。……自分が信じてきたものが、必ずしも正義とは限らない。インターンの時にも学んだはずだったのに、僕はまだ真実が見えていなかった」
「……仕方ないよ。まさかあの優良企業が悪だなんて、誰も思わないもの」
美都の声はどこか寂しそうに思えた。きっと、父親のことを考えているのだろう。美都の父親は今もなお牢屋の中にいるのだろうか。もし彼女のお父さんが本当に無実なら、早く解放してあげたいと思うのが家族の気持ちだろう。
「私さ、お父さんを助けたいと思いつつも、お父さんと苗字を変えて逃げたんだ。世間から、白い目で見られるのが怖かった……。ふふ、最低だよね。守りたいと思うものから遠ざかって、自分だけ逃げて」
「……最低なんかじゃないよ。きみがアルバイト先を追われた話を聞いて、本当に申し訳ないことをしたと思った。その後も、大変だったんだね。僕には想像できないくらい、辛かったと思う。そんな中でも、お父さんの無実を信じて行動してるきみは、きっとすごい」
本音だった。美都は本当に強いと思う。自分は辛いことから目を逸らしていたのに、美都は自分の身を守りつつも、目を逸らすことはしなかった。自分と美都は違う。彼女は、尊敬に値する人だ。
「ありがとう。そう言ってくれるだけで救われたよ。私、やっぱり善樹くんのこと好きかも——なんてね。困らせちゃうね、ごめん。だけと善樹くんのこと、本当に大切な友達だったと思うし、これからも友達でいたい。だめかな?」
冷たい夜風が頬を撫でるのに、善樹の心臓は熱を帯びているかのように熱い。気がつけば無意識のうちに頷いていた。
「僕も、きみとは友達でいたいよ」
「そっか。良かった。あのね、私、善樹くんと協力して、RESTARTの悪事を暴きたいって本気で思ってるから、一緒に闘ってくれ
る?」
「ああ、もちろん。僕も闘う。人生をかけた勝負の始まりだ」
「ふふ、ありがとう。それじゃあ、また作戦会議しよう」
「うん」
美都と二人だけの約束をした善樹は、飲み会終わりのサラリーマンたちと一緒に、電車に乗り込んだ。電車の中は座れないほどに混んでいるのに、世界に美都とたった二人きり、取り残されたような錯覚に陥る。でも、不思議と淋しいとは思わなかった。彼女の息遣いを隣で感じながら、流れゆくネオンの街の風景をしっかりと頭に刻みつける。
これから自分が闘おうとしている相手は、茫漠と広がるこの街に似ている。
美都と、それから仲間と一緒ならば、怖くはないと思った。