話をしていた友里が、静かにお酒を一口口に含んだ。沈黙の中で、シャキッという小気味良い咀嚼音がした。開がサラダを食べていた。
「友里さん、教えてくれてありがとう。少しずつ、見えてきました」
美都にとって、友里の話は重要な情報なのだ。ゆっくりと彼女の話を咀嚼しながら、思案する瞳で宙を見据えていた。そして、その目が今度は開の方に向けられる。シャリ、とレタスを噛んだ音がそこで途切れた。
「天海くんは、どうして参加したのか、教えてもらえる?」
美都が、インターンの発表前夜に開から強引に部屋に押し入られそうになったと相談してきたことが、頭を過った。今、二人の間に流れる空気は、他のみんなとは少し違っている。気まずい——けれど、同じ時間、インターンの課題に向き合った仲間でもある。開が美都の質問に答えない道理はない。
「俺は、そうだな。特に明確な理由はない。有名企業だったから参加しようと思ったんだ。事前選考があっただろ? 記念受験みたいなもので、普通に落ちると思ってたんだ。そしたらなぜか受かっちゃって。俺よりもっとすごい人もたくさんいたに違いないんだけど。まあ、参加資格をもらえるなら行ってみてもいいかなって。それに、インターンで出会いがあるって聞いて。いや、そっちの方が理由としては大きいかな。不快な気分になったらごめん」
「出会い……か」
友里の懐疑的な視線が、開を突き刺すようにして捉えていた。美都は表情を変えずに開の言葉を聞いているが、本当は聞きたくなかったのだろう。わずかに眉を顰めたのが分かった。
「そう。不純な動機で悪かったね。でもみんなも、純粋にRESTARTに入りたいと思っていたわけじゃないみたいだから、一緒でしょ? 違う?」
挑発するような台詞を聞いて、善樹は自分がまだインターンのディスカッションの部屋にいる気分にさせられた。
「一緒じゃないよ。僕たちはあくまで、RESTARTの悪事を暴きたいと思って参加したんだ。きみの不純な動機とは質が違う」
「ふん、そうか。まあもうどっちでもいいけど、俺が責められるいわれはないね」
宗太郎と開の間に緊張感が走る。友里が慌てて「やめて」と止めに入った。
「もうインターンは終わったんだし、そんなに敵対しなくても」
「……ああ、申し訳ない」
友里の一言に、宗太郎の頭から熱が引いたようだ。善樹は内心ほっとしていた。久しぶりに再会した場で、いがみ合いたくはない。
「天海くんの参加理由は分かった。その話を聞いて一つ確認したいことがあるの。インターンのディスカッションの課題のこと。あの課題における『犯罪者』は、天海くんだったんじゃないかな?」
善樹と、宗太郎と、友里が大きく目を見開く。あのインターンでの課題で、結局犯罪者が誰だったのかということは、誰にも公表されることはなかった。長期インターン生としてRESTARTで働く善樹でさえ、知らされなかったのだ。答えを知ることに、何ら意味はない。だからRESTART側もあえて正解を言わなかったし、仲間内で真実の答え合わせをすることも暗黙の了解でなしになっていた。
そんな不文律を、美都が破った。
しかも、犯罪者は開ではないかとはっきりと指定して。善樹は混乱するばかりだ。だが、開は少しも動じることもなく不適な笑みを浮かべた。その顔が美都の主張を正解だと裏付けていた。
「よく分かったね。そう、俺が犯罪者。ちなみにどの辺で分かった?」
「……もともと、怪しいなと思ってた。でも発表のときは、どうしても善樹くんに気づいてほしいことがあったから、善樹くんのことを
犯罪者だと指摘したんだ。天海くんはさっき、インターンに参加した理由は特になくて、事前選考でなぜか受かってしまったって言ってたよね。もちろん謙遜してる可能性もあるけど、その言葉を素直に受け取るなら、天海くんが事前選考に受かった理由は一つ。あなた
が、“犯罪者”だからじゃないからかな、と」
開はまっすぐな瞳を美都に向けたまま、真顔で頷くことも、首を横に振ることもしない。「失礼します」と個室に焼き鳥を運んできた店員さんが、料理を置いてさっと身を引いた。
「さあ、それは分からない。でもそうだな。RESTARTはあのインターンでグループに一人、犯罪者を用意する必要があった。それで俺が選ばれたのだとしても不思議ではない。それに、みんなの話を聞く限り、やつらは悪さをするには慣れていそうだし? 俺の個人情報を抜いて犯罪歴を調べることくらい、簡単だったかもしれないなあ」
開はそう言いながら運ばれてきたばかりの鶏もも肉を口に入れた。「美味い。温かいうちに、みんなも食べたら?」と飄々と勧めてくる。宗太郎だけが、開の勧めにしたがって焼き鳥を手に取った。
開の解釈に、善樹も自然と納得してしまっていた。
もしみんなの言うようなことを本当にRESTARTがしているのなら……インターン応募者の犯罪歴を調べることぐらい容易いことではないかと思ってしまう。それくらい、自分の中でも会社に対する疑念が湧いていた。
「友里さん、教えてくれてありがとう。少しずつ、見えてきました」
美都にとって、友里の話は重要な情報なのだ。ゆっくりと彼女の話を咀嚼しながら、思案する瞳で宙を見据えていた。そして、その目が今度は開の方に向けられる。シャリ、とレタスを噛んだ音がそこで途切れた。
「天海くんは、どうして参加したのか、教えてもらえる?」
美都が、インターンの発表前夜に開から強引に部屋に押し入られそうになったと相談してきたことが、頭を過った。今、二人の間に流れる空気は、他のみんなとは少し違っている。気まずい——けれど、同じ時間、インターンの課題に向き合った仲間でもある。開が美都の質問に答えない道理はない。
「俺は、そうだな。特に明確な理由はない。有名企業だったから参加しようと思ったんだ。事前選考があっただろ? 記念受験みたいなもので、普通に落ちると思ってたんだ。そしたらなぜか受かっちゃって。俺よりもっとすごい人もたくさんいたに違いないんだけど。まあ、参加資格をもらえるなら行ってみてもいいかなって。それに、インターンで出会いがあるって聞いて。いや、そっちの方が理由としては大きいかな。不快な気分になったらごめん」
「出会い……か」
友里の懐疑的な視線が、開を突き刺すようにして捉えていた。美都は表情を変えずに開の言葉を聞いているが、本当は聞きたくなかったのだろう。わずかに眉を顰めたのが分かった。
「そう。不純な動機で悪かったね。でもみんなも、純粋にRESTARTに入りたいと思っていたわけじゃないみたいだから、一緒でしょ? 違う?」
挑発するような台詞を聞いて、善樹は自分がまだインターンのディスカッションの部屋にいる気分にさせられた。
「一緒じゃないよ。僕たちはあくまで、RESTARTの悪事を暴きたいと思って参加したんだ。きみの不純な動機とは質が違う」
「ふん、そうか。まあもうどっちでもいいけど、俺が責められるいわれはないね」
宗太郎と開の間に緊張感が走る。友里が慌てて「やめて」と止めに入った。
「もうインターンは終わったんだし、そんなに敵対しなくても」
「……ああ、申し訳ない」
友里の一言に、宗太郎の頭から熱が引いたようだ。善樹は内心ほっとしていた。久しぶりに再会した場で、いがみ合いたくはない。
「天海くんの参加理由は分かった。その話を聞いて一つ確認したいことがあるの。インターンのディスカッションの課題のこと。あの課題における『犯罪者』は、天海くんだったんじゃないかな?」
善樹と、宗太郎と、友里が大きく目を見開く。あのインターンでの課題で、結局犯罪者が誰だったのかということは、誰にも公表されることはなかった。長期インターン生としてRESTARTで働く善樹でさえ、知らされなかったのだ。答えを知ることに、何ら意味はない。だからRESTART側もあえて正解を言わなかったし、仲間内で真実の答え合わせをすることも暗黙の了解でなしになっていた。
そんな不文律を、美都が破った。
しかも、犯罪者は開ではないかとはっきりと指定して。善樹は混乱するばかりだ。だが、開は少しも動じることもなく不適な笑みを浮かべた。その顔が美都の主張を正解だと裏付けていた。
「よく分かったね。そう、俺が犯罪者。ちなみにどの辺で分かった?」
「……もともと、怪しいなと思ってた。でも発表のときは、どうしても善樹くんに気づいてほしいことがあったから、善樹くんのことを
犯罪者だと指摘したんだ。天海くんはさっき、インターンに参加した理由は特になくて、事前選考でなぜか受かってしまったって言ってたよね。もちろん謙遜してる可能性もあるけど、その言葉を素直に受け取るなら、天海くんが事前選考に受かった理由は一つ。あなた
が、“犯罪者”だからじゃないからかな、と」
開はまっすぐな瞳を美都に向けたまま、真顔で頷くことも、首を横に振ることもしない。「失礼します」と個室に焼き鳥を運んできた店員さんが、料理を置いてさっと身を引いた。
「さあ、それは分からない。でもそうだな。RESTARTはあのインターンでグループに一人、犯罪者を用意する必要があった。それで俺が選ばれたのだとしても不思議ではない。それに、みんなの話を聞く限り、やつらは悪さをするには慣れていそうだし? 俺の個人情報を抜いて犯罪歴を調べることくらい、簡単だったかもしれないなあ」
開はそう言いながら運ばれてきたばかりの鶏もも肉を口に入れた。「美味い。温かいうちに、みんなも食べたら?」と飄々と勧めてくる。宗太郎だけが、開の勧めにしたがって焼き鳥を手に取った。
開の解釈に、善樹も自然と納得してしまっていた。
もしみんなの言うようなことを本当にRESTARTがしているのなら……インターン応募者の犯罪歴を調べることぐらい容易いことではないかと思ってしまう。それくらい、自分の中でも会社に対する疑念が湧いていた。