「風磨を轢き逃げしたのが長良さんのお父さんではなく、本当はRESTARTの人間なのかもしれない——僕も、そう思う」
冷静な宗太郎の声が個室の中に響き渡る。善樹は驚いて彼の方を向いた。
「ごめん。僕さ、みんなを騙してた」
「騙してた?」
「ああ。騙すって言うは大袈裟かもしれないんだけど。RESTARTの夏のインターンに参加したのは、RESTARTに入社したかったからじゃない」
「え?」
疑問の声を上げたのは善樹一人だった。美都は突然の告白を始めた宗太郎の言葉の続きを、固唾をのんで見守っているようだった。友里も、開も、特に驚いている様子はない。
「自分史の時に話したかもしれないけど、僕の父親が、警察官でさ。実は風磨を轢き逃げした事件について、担当してる。善樹が風磨のことをインターン中に口走ってたのは、僕もおかしいと思ってた。風磨はもういないことを、知っていたから」
衝撃的な発言に、今度は美都もみんなも身体を震わせた。
「そう、だったの……?」
「うん。それで、長良さんのお父さんが容疑者として逮捕されたことを、うちの父親は疑ってるんだ。真犯人は別にいる。しかもそれが、RESTARTの人間かもしれないってところまで当たりをつけてる。さすがに、捜査の詳しい内容までは僕に教えてくれないけど。僕は、確かめたいと思った。世間で優良企業としてもてはやされてるRESTARTに、どんな悪が潜んでいるのか……だから、インターンに参加した」
宗太郎は最初からRESTARTに就活生として興味があって参加したのではなかった。警察官の息子として、RESTARTに疑いをかけていた——。
「長良さんのことは、正直知らなかった。インターンで初めて会っても、何も分からなかったよ。長良さん、お父さんとは今苗字が違うよね」
「うん。長良はお母さんの旧姓。お父さんは『川崎』だから。お父さんが捕まってから、苗字、変えたの。……といっても、戸籍上は変わってないんだけどね」
なるほど、そういうことかと宗太郎が頷く。善樹にも美都の行動の理由が分かった。犯罪者の娘だと罵られないように苗字を変えたのだろう。
「僕も、今ここに来るまで父親が追っている事件に関係する話が出てくるなんて思ってもみなかったよ。僕は一貫して、あのインターンでRESTARTの善の部分を見ようとしなかった。ずっと、やつらが何かしらの悪を表に出してこないか、淡々と探ってた。だから長良さんのお父さんが風磨を轢き逃げした犯人をRESTARTの人間じゃないかと疑っているっていう話は、すぐに信じられた。隠しててごめん」
宗太郎はそう言って頭を下げる。高校時代の、にこにこと笑いながら話をする彼とは別人のように、真面目な顔つきをしていた。
「打ち明けてくれて、ありがとう。謝らなくていいよ。むしろちょっとほっとした。自分と同じ考えの人がいたんだって思えたから。実は、今日みんなを呼んだのは、みんながインターンに参加した理由を知りたかったからなの。もし同じように考えている人がいたら、どうか知恵を貸してほしいって思って。私はRESTARTに入るべきなのかどうか。他のみんなは、どうしてインターンに参加したんだっけ」
「私は……私も、RESTARTに入りたいから参加したんじゃ、ないんだ」
友里が、秘密を打ち明けるようにそっと告げる。その瞳がかすかに揺れて、彼女が勇気を出して告白をしてくれていることが分かった。
「林田くんと似てるんだけど、お父さんが公務員で、社会福祉事業に関わってるって話は、インターンの時にしたと思う。父は社会福祉事業を行う会社に対する助成事業にも携わっていて。RESTARTのことはそれで知ったの。父は……RESTARTが不正受給をしてるんじゃないかって疑ってる」
「不正受給?」
「ええ。みんなも生活保護の不正受給とか、新型コロナの時に企業を救済するために出していた助成金を不正受給した会社が捕まったとか、そういう話題を聞いたことがない? 社会福祉事業における助成金でも、そういった不正受給は後を断たない。今回、父が不正受給をしていると疑っているのがRESTARTなの」
「はあ、なるほど。それで僕と同じように、RESTARTが本当は悪なんじゃないかって疑って、それを確かめるために参加した、と」
宗太郎の問いに友里は頷いた。
「うん。表では良いことをしている会社に見えるRESTARTの、裏の顔を知りたかった。私は、これから自分が入る会社を探さなくちゃいけない。就活で会社について見えることって、ごく一部じゃない。私が見てるのは、本当にその会社の全容なのか。騙されてるんじゃないか——そんな疑いが消えなくて。RESTARTに限った話じゃないけど、会社に潜む悪があるなら、それを事前に知る術はないのか——そう思って参加したんだ」
友里の言葉は善樹の胸にもグサリと突き刺さる。
表の顔と、裏の顔は違う。
善樹は自分が今までの人生で、常に正義を貫こうとしていたことを思い出す。インターン中に、自分の正義は他者にとって迷惑な行為になっていたと思い知った。宗太郎も、開も、裏の顔があって。善樹は彼らの裏の顔を目の当たりにして思った。人間、誰しも声に出して話していることと、心に秘めていることがある。都合の悪いことはわざわざ表には出さない。それは、会社にしたって同じなのではないか。友里はそういうことを言いたいのだ。
「RESTARTが助成金の不正受給をしてるってお父さんが考えてるのは、何か理由があるからだよね?」
美都が友里に尋ねた。善樹も気になったことだ。何か、根拠があるはずだと。
「ええ。私の方もあまり詳しくは教えてもらえないんだけど——一つ聞いたのは、職員の立ち入り検査を、定期的にそれらしい理由をつけて断っているって話」
「立入検査?」
「あれだね、助成金なんて大切な国のお金を支払うんだから、ちゃんとその事業をやっているか、国の方も確かめる必要がある。そうだろ?」
開が友里に確かめるように問うた。
「そう。元を辿れば国民が納めた税金や保険料を使ってるからね。そこはきちんと取り締まる必要がある。その検査を、何かと正当らしい理由をつけて先延ばしにしたり、断ったり、するみたいなの。毎回じゃなくて、時々みたいだけど。今、父の働く課では、不正受給の取り締まりを強化していて。その中にRESTARTの名前も上がってるんだって」
「なるほど……。RESTARTは、もしかしたらメイン事業である社会福祉事業について、何か後ろめたいことをしている可能性がある……そういうことだね」
美都は顎に手を当てて深く考え始めたようだ。善樹の頭は混乱していた。不正受給? 後ろめたいこと? そんなバカな。RESTARTでインターン生として働き始めて半年が経ったが、そんなこと、誰も——。
そこまで考えて、善樹は自分自身、馬鹿だなと思い返す。
もし本当にRESTARTが不正を働いているとして、それを一介のインターン生である自分に、悟られるようなことをするはずないじゃないか。相手は大企業だぞ。そんなヘマ、犯すはずがない。
冷静な宗太郎の声が個室の中に響き渡る。善樹は驚いて彼の方を向いた。
「ごめん。僕さ、みんなを騙してた」
「騙してた?」
「ああ。騙すって言うは大袈裟かもしれないんだけど。RESTARTの夏のインターンに参加したのは、RESTARTに入社したかったからじゃない」
「え?」
疑問の声を上げたのは善樹一人だった。美都は突然の告白を始めた宗太郎の言葉の続きを、固唾をのんで見守っているようだった。友里も、開も、特に驚いている様子はない。
「自分史の時に話したかもしれないけど、僕の父親が、警察官でさ。実は風磨を轢き逃げした事件について、担当してる。善樹が風磨のことをインターン中に口走ってたのは、僕もおかしいと思ってた。風磨はもういないことを、知っていたから」
衝撃的な発言に、今度は美都もみんなも身体を震わせた。
「そう、だったの……?」
「うん。それで、長良さんのお父さんが容疑者として逮捕されたことを、うちの父親は疑ってるんだ。真犯人は別にいる。しかもそれが、RESTARTの人間かもしれないってところまで当たりをつけてる。さすがに、捜査の詳しい内容までは僕に教えてくれないけど。僕は、確かめたいと思った。世間で優良企業としてもてはやされてるRESTARTに、どんな悪が潜んでいるのか……だから、インターンに参加した」
宗太郎は最初からRESTARTに就活生として興味があって参加したのではなかった。警察官の息子として、RESTARTに疑いをかけていた——。
「長良さんのことは、正直知らなかった。インターンで初めて会っても、何も分からなかったよ。長良さん、お父さんとは今苗字が違うよね」
「うん。長良はお母さんの旧姓。お父さんは『川崎』だから。お父さんが捕まってから、苗字、変えたの。……といっても、戸籍上は変わってないんだけどね」
なるほど、そういうことかと宗太郎が頷く。善樹にも美都の行動の理由が分かった。犯罪者の娘だと罵られないように苗字を変えたのだろう。
「僕も、今ここに来るまで父親が追っている事件に関係する話が出てくるなんて思ってもみなかったよ。僕は一貫して、あのインターンでRESTARTの善の部分を見ようとしなかった。ずっと、やつらが何かしらの悪を表に出してこないか、淡々と探ってた。だから長良さんのお父さんが風磨を轢き逃げした犯人をRESTARTの人間じゃないかと疑っているっていう話は、すぐに信じられた。隠しててごめん」
宗太郎はそう言って頭を下げる。高校時代の、にこにこと笑いながら話をする彼とは別人のように、真面目な顔つきをしていた。
「打ち明けてくれて、ありがとう。謝らなくていいよ。むしろちょっとほっとした。自分と同じ考えの人がいたんだって思えたから。実は、今日みんなを呼んだのは、みんながインターンに参加した理由を知りたかったからなの。もし同じように考えている人がいたら、どうか知恵を貸してほしいって思って。私はRESTARTに入るべきなのかどうか。他のみんなは、どうしてインターンに参加したんだっけ」
「私は……私も、RESTARTに入りたいから参加したんじゃ、ないんだ」
友里が、秘密を打ち明けるようにそっと告げる。その瞳がかすかに揺れて、彼女が勇気を出して告白をしてくれていることが分かった。
「林田くんと似てるんだけど、お父さんが公務員で、社会福祉事業に関わってるって話は、インターンの時にしたと思う。父は社会福祉事業を行う会社に対する助成事業にも携わっていて。RESTARTのことはそれで知ったの。父は……RESTARTが不正受給をしてるんじゃないかって疑ってる」
「不正受給?」
「ええ。みんなも生活保護の不正受給とか、新型コロナの時に企業を救済するために出していた助成金を不正受給した会社が捕まったとか、そういう話題を聞いたことがない? 社会福祉事業における助成金でも、そういった不正受給は後を断たない。今回、父が不正受給をしていると疑っているのがRESTARTなの」
「はあ、なるほど。それで僕と同じように、RESTARTが本当は悪なんじゃないかって疑って、それを確かめるために参加した、と」
宗太郎の問いに友里は頷いた。
「うん。表では良いことをしている会社に見えるRESTARTの、裏の顔を知りたかった。私は、これから自分が入る会社を探さなくちゃいけない。就活で会社について見えることって、ごく一部じゃない。私が見てるのは、本当にその会社の全容なのか。騙されてるんじゃないか——そんな疑いが消えなくて。RESTARTに限った話じゃないけど、会社に潜む悪があるなら、それを事前に知る術はないのか——そう思って参加したんだ」
友里の言葉は善樹の胸にもグサリと突き刺さる。
表の顔と、裏の顔は違う。
善樹は自分が今までの人生で、常に正義を貫こうとしていたことを思い出す。インターン中に、自分の正義は他者にとって迷惑な行為になっていたと思い知った。宗太郎も、開も、裏の顔があって。善樹は彼らの裏の顔を目の当たりにして思った。人間、誰しも声に出して話していることと、心に秘めていることがある。都合の悪いことはわざわざ表には出さない。それは、会社にしたって同じなのではないか。友里はそういうことを言いたいのだ。
「RESTARTが助成金の不正受給をしてるってお父さんが考えてるのは、何か理由があるからだよね?」
美都が友里に尋ねた。善樹も気になったことだ。何か、根拠があるはずだと。
「ええ。私の方もあまり詳しくは教えてもらえないんだけど——一つ聞いたのは、職員の立ち入り検査を、定期的にそれらしい理由をつけて断っているって話」
「立入検査?」
「あれだね、助成金なんて大切な国のお金を支払うんだから、ちゃんとその事業をやっているか、国の方も確かめる必要がある。そうだろ?」
開が友里に確かめるように問うた。
「そう。元を辿れば国民が納めた税金や保険料を使ってるからね。そこはきちんと取り締まる必要がある。その検査を、何かと正当らしい理由をつけて先延ばしにしたり、断ったり、するみたいなの。毎回じゃなくて、時々みたいだけど。今、父の働く課では、不正受給の取り締まりを強化していて。その中にRESTARTの名前も上がってるんだって」
「なるほど……。RESTARTは、もしかしたらメイン事業である社会福祉事業について、何か後ろめたいことをしている可能性がある……そういうことだね」
美都は顎に手を当てて深く考え始めたようだ。善樹の頭は混乱していた。不正受給? 後ろめたいこと? そんなバカな。RESTARTでインターン生として働き始めて半年が経ったが、そんなこと、誰も——。
そこまで考えて、善樹は自分自身、馬鹿だなと思い返す。
もし本当にRESTARTが不正を働いているとして、それを一介のインターン生である自分に、悟られるようなことをするはずないじゃないか。相手は大企業だぞ。そんなヘマ、犯すはずがない。