「だけど私は……本当はお父さんが風磨くんを殺しんたんじゃないって、思ってるんだ」
もしこの言葉を、まったく知らない人の口から聞いたら、善樹はきっとただの思い込みだと疑っただろう。家族が犯罪者になって、信じられない気持ちはよく分かる。でも美都の言葉には、耳を傾けてしまう。だってあのインターンで、彼女は本当に苦しそうに最後の発表をしていた。それから、先日善樹に喫茶店で話をしてきたときも。彼女の中に巣食っている心の枷は、きっと想像できないほど大きい。
「お父さんが犯人じゃないとして、誰が犯人だと思うの?」
宗太郎が切り込んだ質問をした。彼の目はまだ懐疑に満ちている。それでも美都の主張を聞こうという姿勢は窺えた。
「私は……犯人は、RESTARTの人間じゃないかと、思う」
「……は?」
気の抜けた声を上げたのは、他でもない善樹だった。
RESTARTの人間が犯人……? 一体どうして——。
「善樹くん。風磨くんは、一時的にRESTARTで働いていたんだよね?」
「……ああ」
美都の一言で、善樹の止まっていた思考が動き出す。
風磨は高校を卒業した後、あらゆる職場を転々としていた。心を許した人間には優しいところもあるが、初対面の人と人間関係を築くのが苦手な風磨は、新しい環境に飛び込むのが苦手だった。だから、職場でもトラブルを起こすことが多く、そのうち本人が疲れて辞めてしまう——そんなことを繰り返していた。
その中で、確かに風磨がRESTARTで働いていた時期があった。
美都にも先日伝えたが、あれはちょうど二年前の今、十月から一月のこと。
風磨が今をときめくRESTARTで働くことになったと言ってきたときにはとても驚いた。いつも、一ヶ月そこらで会社を辞めてしまう風磨が、思ったよりもRESTARTでの仕事を長く続けていて、善樹も安心していた。でも彼は、ある日突然RESTARTを辞めたのだ。
風磨はRESTARTを辞める直前、「あんなトラップはねえよ」と吐き捨てていた。
その台詞が、なぜだが善樹の頭にすとんと蘇ってくる。ずっと忘れていた。彼がいなくなったという事実と共に、善樹の心から自分にとって不都合な現実が消え去っていたのだ。
「風磨くんがRESTARTで働いていたこと、実はこの前善樹くんから聞く前に知ってたの。風磨くんがRESTARTで働く前に働いていた職場が、私のお父さんの勤め先だったから」
「え、そうだったの?」
これには善樹も驚いた。風磨とは彼が働いている会社の詳しい話はほとんどしなかった。風磨はいつも人間関係に愚痴をこぼしていて、職場について聞かれるのは嫌だと思っていたから。
「うん。風磨くん、やっぱり職場に馴染めなかったんだって。でもうちのお父さんとは奇跡的に気が合って、お昼休憩の時なんかに、時々話をしてたみたい。その会話の中で、転職の話をしていたらしい。RESTARTっていう会社に興味があるんだって。それを今働いている職場の人間に話してしまうぐらいには、かなり転職の希望が強かったみたいだね」
少しずつ……少しずつだが、バラバラだったパズルのピースが一枚の絵の中にはまっていく。美都が何を話そうとしているのか、この話の終着点はどこなのか、善樹の中で、段々と輪郭を帯びはじめていた。
「その後、風磨くんは無事にRESTARTに転職をした。お父さんには『お世話になりました』ってちゃんと挨拶をしてくれたんだって、言ってた。お父さんも、『勤務態度は少々悪いけど、人情があるいい子だ』って風磨くんのこと話してくれた。私は、風磨くんが善樹くんの双子の弟だって知ってたから、お父さんの話はすごく印象に残ってる」
「そんなことが……。全然、知らなかったよ」
初めて聞いた話ばかりで、善樹は頭の中でぐるぐると思考が駆け巡っていた。
風磨が、美都の父親と知り合いだったこと。
拗れてばかりの人間関係だったが、美都の父親とは上手くやれていたこと。
自ら希望してRESTARTに転職をしたこと。
美都の父親が風磨を轢き逃げした犯人にされていること。
真犯人はRESTARTの人間なんじゃないかと美都が疑っていること。
何が正しくて、何が違っているのか。混沌とした思考の中でただ一つ言えることは、美都が嘘をついているとは思えないということだった。
「風磨くんがRESTARTに転職したあと、お父さん、風磨くんから何度か相談を受けてたみたいなの。実際に会って話すこともあったんだって。そこで、RESTARTの内情を、風磨くんから聞いたって。風磨くんはRESTARTのことを——あまりよく思っていないようだった。ううん、かなり、会社に対して不信感を抱いていたみたい。その内容の詳しいところまでは教えてもらえなかったんだけど……。RESTARTの仕事内容でおかしいなって思うことがあって社員に相談したら、『そのことは誰にも言うな』って脅されたんだって。さすがに変だと思って、お父さんに相談してたみたい。職場の人とその件で対立することもあったって。やっぱりRESTARTのことが信用できなくなって辞めようかと思ってる——お父さんに、そんなふうに言ったらしい。それから風磨くんは本当にRESTARTを辞めてしまった。しばらく経って、彼は轢き殺された。お父さんが普段使っていた会社の営業車で。でも、お父さんはその車に乗っていなかった。……だけど、アリバイがなくて。お父さんはその日、風邪を引いていて午後から自宅でゆっくりしていたんだけど、私たち家族はちょうど家にいなかったの。ドライブレコーダーが壊れていて、事故の瞬間も映っていなかった。人気のない道で、周りには店もなく、防犯カメラもない。警察はお父さんを疑って逮捕した。でも私は、RESTARTが風磨くんの口封じをするために彼を轢き殺したんじゃないかって疑ってる。風磨くん、RESATRTを退職してからSNSで度々RESTARTについて呟いてたみたいだから、会社側が秘密を暴露されそうだと感じて怖くなったんじゃないかって、思って」
善樹は美都と自分の話を聞いている他の三人の様子を見た。みんな、RESTARTの人間が風磨を轢き殺して、その罪を美都の父親になすりつけているかもしれないということを聞いてどう思ったのだろう。「そんなバカな」と誰かが鼻で笑うのを、善樹は待っていたように思う。でも実際は違っていた。誰も、「そんなはずない」と発する者はいなかった。
もしこの言葉を、まったく知らない人の口から聞いたら、善樹はきっとただの思い込みだと疑っただろう。家族が犯罪者になって、信じられない気持ちはよく分かる。でも美都の言葉には、耳を傾けてしまう。だってあのインターンで、彼女は本当に苦しそうに最後の発表をしていた。それから、先日善樹に喫茶店で話をしてきたときも。彼女の中に巣食っている心の枷は、きっと想像できないほど大きい。
「お父さんが犯人じゃないとして、誰が犯人だと思うの?」
宗太郎が切り込んだ質問をした。彼の目はまだ懐疑に満ちている。それでも美都の主張を聞こうという姿勢は窺えた。
「私は……犯人は、RESTARTの人間じゃないかと、思う」
「……は?」
気の抜けた声を上げたのは、他でもない善樹だった。
RESTARTの人間が犯人……? 一体どうして——。
「善樹くん。風磨くんは、一時的にRESTARTで働いていたんだよね?」
「……ああ」
美都の一言で、善樹の止まっていた思考が動き出す。
風磨は高校を卒業した後、あらゆる職場を転々としていた。心を許した人間には優しいところもあるが、初対面の人と人間関係を築くのが苦手な風磨は、新しい環境に飛び込むのが苦手だった。だから、職場でもトラブルを起こすことが多く、そのうち本人が疲れて辞めてしまう——そんなことを繰り返していた。
その中で、確かに風磨がRESTARTで働いていた時期があった。
美都にも先日伝えたが、あれはちょうど二年前の今、十月から一月のこと。
風磨が今をときめくRESTARTで働くことになったと言ってきたときにはとても驚いた。いつも、一ヶ月そこらで会社を辞めてしまう風磨が、思ったよりもRESTARTでの仕事を長く続けていて、善樹も安心していた。でも彼は、ある日突然RESTARTを辞めたのだ。
風磨はRESTARTを辞める直前、「あんなトラップはねえよ」と吐き捨てていた。
その台詞が、なぜだが善樹の頭にすとんと蘇ってくる。ずっと忘れていた。彼がいなくなったという事実と共に、善樹の心から自分にとって不都合な現実が消え去っていたのだ。
「風磨くんがRESTARTで働いていたこと、実はこの前善樹くんから聞く前に知ってたの。風磨くんがRESTARTで働く前に働いていた職場が、私のお父さんの勤め先だったから」
「え、そうだったの?」
これには善樹も驚いた。風磨とは彼が働いている会社の詳しい話はほとんどしなかった。風磨はいつも人間関係に愚痴をこぼしていて、職場について聞かれるのは嫌だと思っていたから。
「うん。風磨くん、やっぱり職場に馴染めなかったんだって。でもうちのお父さんとは奇跡的に気が合って、お昼休憩の時なんかに、時々話をしてたみたい。その会話の中で、転職の話をしていたらしい。RESTARTっていう会社に興味があるんだって。それを今働いている職場の人間に話してしまうぐらいには、かなり転職の希望が強かったみたいだね」
少しずつ……少しずつだが、バラバラだったパズルのピースが一枚の絵の中にはまっていく。美都が何を話そうとしているのか、この話の終着点はどこなのか、善樹の中で、段々と輪郭を帯びはじめていた。
「その後、風磨くんは無事にRESTARTに転職をした。お父さんには『お世話になりました』ってちゃんと挨拶をしてくれたんだって、言ってた。お父さんも、『勤務態度は少々悪いけど、人情があるいい子だ』って風磨くんのこと話してくれた。私は、風磨くんが善樹くんの双子の弟だって知ってたから、お父さんの話はすごく印象に残ってる」
「そんなことが……。全然、知らなかったよ」
初めて聞いた話ばかりで、善樹は頭の中でぐるぐると思考が駆け巡っていた。
風磨が、美都の父親と知り合いだったこと。
拗れてばかりの人間関係だったが、美都の父親とは上手くやれていたこと。
自ら希望してRESTARTに転職をしたこと。
美都の父親が風磨を轢き逃げした犯人にされていること。
真犯人はRESTARTの人間なんじゃないかと美都が疑っていること。
何が正しくて、何が違っているのか。混沌とした思考の中でただ一つ言えることは、美都が嘘をついているとは思えないということだった。
「風磨くんがRESTARTに転職したあと、お父さん、風磨くんから何度か相談を受けてたみたいなの。実際に会って話すこともあったんだって。そこで、RESTARTの内情を、風磨くんから聞いたって。風磨くんはRESTARTのことを——あまりよく思っていないようだった。ううん、かなり、会社に対して不信感を抱いていたみたい。その内容の詳しいところまでは教えてもらえなかったんだけど……。RESTARTの仕事内容でおかしいなって思うことがあって社員に相談したら、『そのことは誰にも言うな』って脅されたんだって。さすがに変だと思って、お父さんに相談してたみたい。職場の人とその件で対立することもあったって。やっぱりRESTARTのことが信用できなくなって辞めようかと思ってる——お父さんに、そんなふうに言ったらしい。それから風磨くんは本当にRESTARTを辞めてしまった。しばらく経って、彼は轢き殺された。お父さんが普段使っていた会社の営業車で。でも、お父さんはその車に乗っていなかった。……だけど、アリバイがなくて。お父さんはその日、風邪を引いていて午後から自宅でゆっくりしていたんだけど、私たち家族はちょうど家にいなかったの。ドライブレコーダーが壊れていて、事故の瞬間も映っていなかった。人気のない道で、周りには店もなく、防犯カメラもない。警察はお父さんを疑って逮捕した。でも私は、RESTARTが風磨くんの口封じをするために彼を轢き殺したんじゃないかって疑ってる。風磨くん、RESATRTを退職してからSNSで度々RESTARTについて呟いてたみたいだから、会社側が秘密を暴露されそうだと感じて怖くなったんじゃないかって、思って」
善樹は美都と自分の話を聞いている他の三人の様子を見た。みんな、RESTARTの人間が風磨を轢き殺して、その罪を美都の父親になすりつけているかもしれないということを聞いてどう思ったのだろう。「そんなバカな」と誰かが鼻で笑うのを、善樹は待っていたように思う。でも実際は違っていた。誰も、「そんなはずない」と発する者はいなかった。