「ここからは、僕の話を少し聞いてほしい。あのインターンの中で、僕が何度も風磨の話をしていたのを覚えてる?」
宗太郎たちが互いの顔を見合わせて、神妙に頷いた。
善樹は彼らの反応を確かめてから、自分と風磨について語り始めた。
風磨とは双子で、小さい頃から比べられて育ってきたこと。
両親の教育を熱心に聞いて真面目に生きようとする善樹とは違い、風磨は両親からのプレッシャーに耐えられず、ぐれてしまったこと。
両親は風磨に期待するのをやめ、善樹にばかり構うようになったこと。
そのせいで風磨の態度は硬化して、余計に心を閉ざすようになってしまったこと。
暴力的な口調になったり、横柄な振る舞いをしたりして周囲に心配をかけてきたこと。
そんな風磨だが、クラスでいじめられている子がいたらいじめっ子に対抗して助けたり、両親からの期待を一心に背負う善樹のことを心配したりしてくれる、優しい一面があったこと。
善樹は風磨のことをずっと気にかけて、大切にしていたこと。
風磨が高校卒業後、職を転々としていたこと。
善樹が大学二年生の春に、車に轢かれて亡くなったこと——。
「それで僕はその時から風磨を失った心の傷から自分を守るために、彼の死をなかったことにしたんだ……。風磨は自分の中で生きていると思い込んでいて、あのインターンでも一緒に参加しているつもりだった。信じてもらえないかもしれないけど、僕の中に彼がいた。でも僕の中の風磨は、僕が作り出した幻想で……だから風磨として喋っていた言葉は、全部僕の頭が作り出した虚言だった。あの時はみんなのこと、混乱させてしまってごめん」
きっと、みんなも善樹がおかしなことを言っていることに気づいていただろう。でも、知らないふりをしてくれていたのだ。そうと分かったからこそ、善樹はみんなに申し訳ないという気持ちが芽生えていた。
「そうだったんだ……。一条くんが謝ることじゃないよ。大変だったね」
「うん……ありがとう。まだ真実を受け入れられないところはあるけど、だいぶ落ち着いた」
友里をはじめ、他の二人も善樹が風磨のことを、そばで生きていると思い込み、一人パントマイムのようなことを繰り広げていたことについては、特に怒ってはいないらしい。ほっとすると同時に、やはり申し訳ない気持ちは消えなかった。風磨がもうこの世にいない現実を、まだ半分ほどしか受け入れられていない自分にも辟易としている。
「善樹の弟のことについては分かった。でもそれと、長良さんが内定を受諾するか迷ってる話に、なんの関係があるんだい?」
宗太郎がもっともなことを聞いた。実のところ、善樹にも美都の真意が分からなかった。美都の内定受諾の話と、風磨が亡くなったことに、どんな関係があるのか。善樹を含め、四人のお酒を飲む手はすっかり止まっていた。
「今から話そうと思ってた。実は今回、みんなを呼んだ理由にも関わってくることなんだけど。あのね、インターンの発表の時に、私が善樹くんに、絶対に人に知られたくない相談をしたって話はしたよね? それは、私のお父さんが捕まったっていう相談だったの。捕まった理由っていうのが……善樹くんの弟の風磨くんを、轢き逃げした罪が原因なの」
「轢き逃げ? 風磨を?」
真っ先に声を上げたのは開だった。その目は純粋に彼女の父親を疑っているように見える。
「ええ。突然こんなこと話してもピンとこないよね……。私のお父さんは去年の春に、轢き逃げの犯人として警察に捕まった。善樹くんにお父さんが捕まったことを相談したあと、アルバイト先の店長に『アルバイトを辞めてほしい』って言われたの。店長はニュースで私のお父さんが殺人犯だって知って、その娘が自分の店で働いていることが不利益になるって思ったんだと思う……。それ自体、仕方ないなって諦めた。でも」
そこで一旦、美都は言葉を切る。みんなの表情を窺いながら、慎重に言葉を選んでいる様子だった。
「バイトを辞めてから、大学の同じ学部のみんなの間で噂になってしまっていて……。どうやら風磨くんの事件が、SNSで取り上げられて、炎上してしまったようだった。轢き逃げなんて絶対捕まるのに、ありえないっていうコメントに溢れて。SNSを見た友達が私から距離を置くようになって……気づいたら大学で、孤立してたんだ」
思い出すと今でも辛いのだろう。テーブルの上に添えられていた両手をぎゅっと握りしめた美都は、悔しそうに顔を歪めていた。
「それで私も大学にはいられなくなって、二年生の夏に退学したの。だから今私は、フリーターです。インターンの間、大学三年生だって嘘ついてごめんなさい」
美都がみんなに向かって頭を下げる。大学を辞めていたことについて善樹は事前に聞いていたので、胸が痛くなるだけでなんとも思わなかった。
「そう、なんだ。そりゃ、長良さんの方も大変だったね」
開が、美都と善樹を交互に見つめながら、見たことのないような真面目な表情で告げた。美都はふるふると肩を震わせている。話はまだ終わっていない。彼女の全身がそう叫んでいた。
宗太郎たちが互いの顔を見合わせて、神妙に頷いた。
善樹は彼らの反応を確かめてから、自分と風磨について語り始めた。
風磨とは双子で、小さい頃から比べられて育ってきたこと。
両親の教育を熱心に聞いて真面目に生きようとする善樹とは違い、風磨は両親からのプレッシャーに耐えられず、ぐれてしまったこと。
両親は風磨に期待するのをやめ、善樹にばかり構うようになったこと。
そのせいで風磨の態度は硬化して、余計に心を閉ざすようになってしまったこと。
暴力的な口調になったり、横柄な振る舞いをしたりして周囲に心配をかけてきたこと。
そんな風磨だが、クラスでいじめられている子がいたらいじめっ子に対抗して助けたり、両親からの期待を一心に背負う善樹のことを心配したりしてくれる、優しい一面があったこと。
善樹は風磨のことをずっと気にかけて、大切にしていたこと。
風磨が高校卒業後、職を転々としていたこと。
善樹が大学二年生の春に、車に轢かれて亡くなったこと——。
「それで僕はその時から風磨を失った心の傷から自分を守るために、彼の死をなかったことにしたんだ……。風磨は自分の中で生きていると思い込んでいて、あのインターンでも一緒に参加しているつもりだった。信じてもらえないかもしれないけど、僕の中に彼がいた。でも僕の中の風磨は、僕が作り出した幻想で……だから風磨として喋っていた言葉は、全部僕の頭が作り出した虚言だった。あの時はみんなのこと、混乱させてしまってごめん」
きっと、みんなも善樹がおかしなことを言っていることに気づいていただろう。でも、知らないふりをしてくれていたのだ。そうと分かったからこそ、善樹はみんなに申し訳ないという気持ちが芽生えていた。
「そうだったんだ……。一条くんが謝ることじゃないよ。大変だったね」
「うん……ありがとう。まだ真実を受け入れられないところはあるけど、だいぶ落ち着いた」
友里をはじめ、他の二人も善樹が風磨のことを、そばで生きていると思い込み、一人パントマイムのようなことを繰り広げていたことについては、特に怒ってはいないらしい。ほっとすると同時に、やはり申し訳ない気持ちは消えなかった。風磨がもうこの世にいない現実を、まだ半分ほどしか受け入れられていない自分にも辟易としている。
「善樹の弟のことについては分かった。でもそれと、長良さんが内定を受諾するか迷ってる話に、なんの関係があるんだい?」
宗太郎がもっともなことを聞いた。実のところ、善樹にも美都の真意が分からなかった。美都の内定受諾の話と、風磨が亡くなったことに、どんな関係があるのか。善樹を含め、四人のお酒を飲む手はすっかり止まっていた。
「今から話そうと思ってた。実は今回、みんなを呼んだ理由にも関わってくることなんだけど。あのね、インターンの発表の時に、私が善樹くんに、絶対に人に知られたくない相談をしたって話はしたよね? それは、私のお父さんが捕まったっていう相談だったの。捕まった理由っていうのが……善樹くんの弟の風磨くんを、轢き逃げした罪が原因なの」
「轢き逃げ? 風磨を?」
真っ先に声を上げたのは開だった。その目は純粋に彼女の父親を疑っているように見える。
「ええ。突然こんなこと話してもピンとこないよね……。私のお父さんは去年の春に、轢き逃げの犯人として警察に捕まった。善樹くんにお父さんが捕まったことを相談したあと、アルバイト先の店長に『アルバイトを辞めてほしい』って言われたの。店長はニュースで私のお父さんが殺人犯だって知って、その娘が自分の店で働いていることが不利益になるって思ったんだと思う……。それ自体、仕方ないなって諦めた。でも」
そこで一旦、美都は言葉を切る。みんなの表情を窺いながら、慎重に言葉を選んでいる様子だった。
「バイトを辞めてから、大学の同じ学部のみんなの間で噂になってしまっていて……。どうやら風磨くんの事件が、SNSで取り上げられて、炎上してしまったようだった。轢き逃げなんて絶対捕まるのに、ありえないっていうコメントに溢れて。SNSを見た友達が私から距離を置くようになって……気づいたら大学で、孤立してたんだ」
思い出すと今でも辛いのだろう。テーブルの上に添えられていた両手をぎゅっと握りしめた美都は、悔しそうに顔を歪めていた。
「それで私も大学にはいられなくなって、二年生の夏に退学したの。だから今私は、フリーターです。インターンの間、大学三年生だって嘘ついてごめんなさい」
美都がみんなに向かって頭を下げる。大学を辞めていたことについて善樹は事前に聞いていたので、胸が痛くなるだけでなんとも思わなかった。
「そう、なんだ。そりゃ、長良さんの方も大変だったね」
開が、美都と善樹を交互に見つめながら、見たことのないような真面目な表情で告げた。美都はふるふると肩を震わせている。話はまだ終わっていない。彼女の全身がそう叫んでいた。