……風磨の葬儀には、美都も参加していた。
礼服を着た美都が、前列で項垂れる善樹に、「善樹くん」と悲しげな声をかけてくれた記憶が蘇る。どうして忘れていたんだろう。全部、善樹が経験したことなのに。記憶からすっぽりと抜け落ちて、風磨が死んでしまった事実を、なかったことにしようとした。
それぐらい、善樹にとって風磨が亡くなってしまったことが、心に大きなダメージを与えるものだった。
「風磨は……死んだ、んだ。どうして忘れて……。風磨は一体誰に、殺された……?」
譫言のように呟く善樹のことを、美都は悲痛な表情で見つめていた。
誰も善樹たちの会話を聞いてなんかいないと分かっていても、周囲の目線が気になった。でもそれ以上に、胸に襲いくる壮絶な喪失感が、善樹の心を深く抉っていた。
「私のお父さん」
「……え?」
美都が泣きそうな声で、真相に触れる。そんな馬鹿な、と善樹の中でチカチカと赤い光が明滅するような感覚があった。
「私のお父さんが善樹くんを轢き殺した……って、世間にはそう思われてる」
どういうことだ? と善樹は美都に解説を求めるように目を瞬かせた。美都は苦痛に顔を歪めながら「私のお父さんが」と胸のうちを吐露し始めた。
「二年生の春に、警察に捕まったって、善樹くんに相談したじゃない……? お父さんが、風磨くんを轢き殺した——警察がそう疑って、お父さんは逮捕された。インターンの発表の時に話したことね。そのことを善樹くんに相談したんだけど、捕まった内容までは教えてなかったね……。なにせ、風磨くんのことだもん、そこまでは言えなかった。善樹くん、あの時壊れちゃって、お父さんのこと知ってるはずなのに、知らない感じだったから……」
そうだ。善樹は確かに、二年生の春に美都から相談を受けていた。それが原因で、彼女が
バイト先を辞めざるを得なくなったこと。善樹が店長に余計な相談をしたせいで、美都を苦しめてしまったこと。
まさか、美都の父親が風磨を轢き殺した犯人に……?
そんなこと、微塵も考えなかった。彼女に打ち明け話をされた当時、善樹の心は風磨を失ったことで、不安定になっていた。風磨の死をなかったことにして、風磨は自分の中で生きていると思い込んでいた。美都からの相談を受けた際も、どこかで上の空になっていたのかもしれない。
善樹はいまだ泣きそうな顔をしている美都の顔をじっと見つめた。
「美都のお父さんが風磨を轢いたっていうのは」
何もかも、頭が混乱していて整理がつかない。美都がはっと息をのむのが分かった。
「違う……絶対に、違う。私のお父さんは風磨くんのこと、轢いてなんかない! 私のお父さんは、冤罪なのっ。風磨くんを轢いた車が、お父さんの会社の営業車だったから、疑われてるだけで……。本当に、違うの。信じて善樹くん」
潤んだ瞳が善樹の方にじっと向けられる。美都が決して嘘や冗談を言っているようには見えない。インターンでは美都のことを信じられなくなったこともある。でも今は彼女の言葉が胸に沁みた。彼女は嘘をついていない。彼女のお父さんは風磨を轢いてない。
「信じるよ。でもそうだとして、真犯人は誰なんだ」
「……私には、心当たりがある」
低い声で美都がそう告げた。風磨がすでにこの世からいなくなっているという事実を思い知ったばかりなのに、風磨を葬った人を彼女は知っているという。
今度は善樹が生唾をのみ込む番だった。全身を流れる脈動が、風磨のそれのように感じられる。彼は生きている。自分の中で生きて、真犯人を捕まえてほしいと願っているのだ。
「心当たりって、一体誰なんだ?」
美都の口から、出てくる次の言葉を、善樹はじっと待った。
けれど彼女は善樹の期待とは裏腹に、「それを話す前に」と切り出した。
「みんなと、もう一度話したい」
「みんな? みんなって、誰?」
「Dグループのみんな。確かめたいことがあるの」
淡々とした声色だったけれど、美都の額にはうっすらと汗が滲んでいる。
「みんなと話さないと、私、RESTARTの内定を受諾するかどうか、決められない」
善樹は悟った。彼女は闘っている。自分の中に確かに存在している懐疑心と、真実の間で。これから先の自分の人生をどう捧げるべきなのか、迷っている。彼女には道標が必要なんだ。
善樹があの夏のインターンで、お前は偽善者だと指摘されたことで、今後の自分を見失わずに済んだように。
彼女にも、真っ直ぐに確実に伸びる道が必要だった。
礼服を着た美都が、前列で項垂れる善樹に、「善樹くん」と悲しげな声をかけてくれた記憶が蘇る。どうして忘れていたんだろう。全部、善樹が経験したことなのに。記憶からすっぽりと抜け落ちて、風磨が死んでしまった事実を、なかったことにしようとした。
それぐらい、善樹にとって風磨が亡くなってしまったことが、心に大きなダメージを与えるものだった。
「風磨は……死んだ、んだ。どうして忘れて……。風磨は一体誰に、殺された……?」
譫言のように呟く善樹のことを、美都は悲痛な表情で見つめていた。
誰も善樹たちの会話を聞いてなんかいないと分かっていても、周囲の目線が気になった。でもそれ以上に、胸に襲いくる壮絶な喪失感が、善樹の心を深く抉っていた。
「私のお父さん」
「……え?」
美都が泣きそうな声で、真相に触れる。そんな馬鹿な、と善樹の中でチカチカと赤い光が明滅するような感覚があった。
「私のお父さんが善樹くんを轢き殺した……って、世間にはそう思われてる」
どういうことだ? と善樹は美都に解説を求めるように目を瞬かせた。美都は苦痛に顔を歪めながら「私のお父さんが」と胸のうちを吐露し始めた。
「二年生の春に、警察に捕まったって、善樹くんに相談したじゃない……? お父さんが、風磨くんを轢き殺した——警察がそう疑って、お父さんは逮捕された。インターンの発表の時に話したことね。そのことを善樹くんに相談したんだけど、捕まった内容までは教えてなかったね……。なにせ、風磨くんのことだもん、そこまでは言えなかった。善樹くん、あの時壊れちゃって、お父さんのこと知ってるはずなのに、知らない感じだったから……」
そうだ。善樹は確かに、二年生の春に美都から相談を受けていた。それが原因で、彼女が
バイト先を辞めざるを得なくなったこと。善樹が店長に余計な相談をしたせいで、美都を苦しめてしまったこと。
まさか、美都の父親が風磨を轢き殺した犯人に……?
そんなこと、微塵も考えなかった。彼女に打ち明け話をされた当時、善樹の心は風磨を失ったことで、不安定になっていた。風磨の死をなかったことにして、風磨は自分の中で生きていると思い込んでいた。美都からの相談を受けた際も、どこかで上の空になっていたのかもしれない。
善樹はいまだ泣きそうな顔をしている美都の顔をじっと見つめた。
「美都のお父さんが風磨を轢いたっていうのは」
何もかも、頭が混乱していて整理がつかない。美都がはっと息をのむのが分かった。
「違う……絶対に、違う。私のお父さんは風磨くんのこと、轢いてなんかない! 私のお父さんは、冤罪なのっ。風磨くんを轢いた車が、お父さんの会社の営業車だったから、疑われてるだけで……。本当に、違うの。信じて善樹くん」
潤んだ瞳が善樹の方にじっと向けられる。美都が決して嘘や冗談を言っているようには見えない。インターンでは美都のことを信じられなくなったこともある。でも今は彼女の言葉が胸に沁みた。彼女は嘘をついていない。彼女のお父さんは風磨を轢いてない。
「信じるよ。でもそうだとして、真犯人は誰なんだ」
「……私には、心当たりがある」
低い声で美都がそう告げた。風磨がすでにこの世からいなくなっているという事実を思い知ったばかりなのに、風磨を葬った人を彼女は知っているという。
今度は善樹が生唾をのみ込む番だった。全身を流れる脈動が、風磨のそれのように感じられる。彼は生きている。自分の中で生きて、真犯人を捕まえてほしいと願っているのだ。
「心当たりって、一体誰なんだ?」
美都の口から、出てくる次の言葉を、善樹はじっと待った。
けれど彼女は善樹の期待とは裏腹に、「それを話す前に」と切り出した。
「みんなと、もう一度話したい」
「みんな? みんなって、誰?」
「Dグループのみんな。確かめたいことがあるの」
淡々とした声色だったけれど、美都の額にはうっすらと汗が滲んでいる。
「みんなと話さないと、私、RESTARTの内定を受諾するかどうか、決められない」
善樹は悟った。彼女は闘っている。自分の中に確かに存在している懐疑心と、真実の間で。これから先の自分の人生をどう捧げるべきなのか、迷っている。彼女には道標が必要なんだ。
善樹があの夏のインターンで、お前は偽善者だと指摘されたことで、今後の自分を見失わずに済んだように。
彼女にも、真っ直ぐに確実に伸びる道が必要だった。