『【株式会社RESTART:内定のお知らせ】
長良美都様
先日はお忙しい中、弊社の特別選考にお越しいただき誠にありがとうございました。
人事部長の岩崎優希です。
厳選なる審査の結果、長良様の採用内定が決定いたしましたのでここに通知いたします。
つきましては、再度弊社にお越しいただき、内定受諾書のご記入をお願いしたく存じます。日程につきましては長良様のご都合の良いお日にちでお約束させていただきます。
十月十五日まで、平日九時〜十八時の間でご都合の良い日時を三つほどご返信願えますでしょうか。
よろしくお願い申し上げます』
RESTARTから内定通知のメールが届いたのは、特別選考からちょうど一週間が経った、十月四日のことだった。いよいよ夏の暑さも過ぎ去り、澄んだ秋の空が広がる日が増えた。夏が苦手な美都にとって、心地の良い季節だ。
内定をもらえたことは正直予想外だった。
でも、前回特別選考に選ばれた時も同じように驚かされたので、どこかで覚悟はしていた。ただ、実際にこうしてメールを見ると、やっぱり心臓がドキドキと乱れた。
美都はちょうど買い物をしに繁華街に出かけている最中だった。公園でひと休みしている間にメールを開いたのだ。表示された文面を二度ほど凝視する。内定が来たことは紛れもない事実らしい。
「内定、か」
どこか遠い響きのようにも聞こえるその二文字。来年、年が明ければ就活生たちがその二文字を求めて熾烈な争いを繰り広げるだろう。美都はいち早く、争いから抜けることができたのだ。これはどう考えても喜ばしいことに違いない。
でも。
美都は、ふうと大きく息を吐き出す。公園で、コーヒーを飲みながら楽しげに会話をしているカップルや、休憩をしているサラリーマンたちが視界に映る。街中の公園なので子供はいなかった。
内定、どうしようかな。
普通の人間ならば、この内定をすぐにでも承諾するだろう。実際あのインターンに参加したメンバーなら、誰しもRESTARTへの就職を望んでいたはずだ。
だが美都は違っていた。
美都には、あのインターンに参加した別の理由があった。
だから、先方からの内定通知を、快諾する決心がつかないのだ。
目を閉じて、聞こえてくる周囲の雑音に耳を研ぎ澄ませる。ザ、ザ、と人がアスファルトを踏み締める音、車のエンジン音、どこからともなく聞こえてくるカラオケ店のBGM。そのどの音も一度シャットダウンして、心の一番深いところで、今後のことを考えた。
やがて決意が固まり、美都は再びスマホを開く。メール画面ではなく、LINEだ。どこかに登録している。最近連絡をしていなかったので、トーク画面はずいぶんと下の方へといってしまっている。でもその人の名前は確実に見つけることができた。
「一条善樹」の名前を見つめながら、彼とのトーク画面を開いた。
最後に連絡を取ったのはいつだっただろうか。二〇二九年六月二日。去年、美都がアルバイト先のカフェを辞める直前のことだった。内容はアルバイトのシフトのことで、とりわけ中身があるわけでもない。それもそのはず。美都は一年生の終わり頃に善樹に告白をして失敗して以来、彼とは少し気まずい関係になっていたから。
極めつけは二年生の春に、父親が警察に捕まったことを善樹に相談したことだ。
あれ以来、バイト先にもいられなくなり、善樹との関係を絶った。
だから彼にメッセージを送るのは一年と数ヶ月ぶりだ。
『善樹くん、お久しぶりです。先日は面接でお世話になりました。
善樹くんに話したいことがあります。
二人で会える時間をつくってもらえませんか』
堅苦しい文面では相手も身構えてしまうだろうと思ったのだけれど、善樹のことを気軽に誘えるわけではなかった。彼には一度告白をして、振られている。さらにインターン中は彼のことを犯罪者だと指摘した。天海開のことも相談していて、彼にとって私はどう接したらいいのか分からない人間のはずだ。
このLINEにも、返信が来るか分からない。
美都は半ば諦めつつ、公園の椅子から流れていく人々の姿をぼんやりと見つめる。
果たして善樹は自分の誘いに応じてくれるだろうか。
RESTARTからの内定通知に返信ができない今、彼からのコンタクトが、美都の唯一の支えだった。
長良美都様
先日はお忙しい中、弊社の特別選考にお越しいただき誠にありがとうございました。
人事部長の岩崎優希です。
厳選なる審査の結果、長良様の採用内定が決定いたしましたのでここに通知いたします。
つきましては、再度弊社にお越しいただき、内定受諾書のご記入をお願いしたく存じます。日程につきましては長良様のご都合の良いお日にちでお約束させていただきます。
十月十五日まで、平日九時〜十八時の間でご都合の良い日時を三つほどご返信願えますでしょうか。
よろしくお願い申し上げます』
RESTARTから内定通知のメールが届いたのは、特別選考からちょうど一週間が経った、十月四日のことだった。いよいよ夏の暑さも過ぎ去り、澄んだ秋の空が広がる日が増えた。夏が苦手な美都にとって、心地の良い季節だ。
内定をもらえたことは正直予想外だった。
でも、前回特別選考に選ばれた時も同じように驚かされたので、どこかで覚悟はしていた。ただ、実際にこうしてメールを見ると、やっぱり心臓がドキドキと乱れた。
美都はちょうど買い物をしに繁華街に出かけている最中だった。公園でひと休みしている間にメールを開いたのだ。表示された文面を二度ほど凝視する。内定が来たことは紛れもない事実らしい。
「内定、か」
どこか遠い響きのようにも聞こえるその二文字。来年、年が明ければ就活生たちがその二文字を求めて熾烈な争いを繰り広げるだろう。美都はいち早く、争いから抜けることができたのだ。これはどう考えても喜ばしいことに違いない。
でも。
美都は、ふうと大きく息を吐き出す。公園で、コーヒーを飲みながら楽しげに会話をしているカップルや、休憩をしているサラリーマンたちが視界に映る。街中の公園なので子供はいなかった。
内定、どうしようかな。
普通の人間ならば、この内定をすぐにでも承諾するだろう。実際あのインターンに参加したメンバーなら、誰しもRESTARTへの就職を望んでいたはずだ。
だが美都は違っていた。
美都には、あのインターンに参加した別の理由があった。
だから、先方からの内定通知を、快諾する決心がつかないのだ。
目を閉じて、聞こえてくる周囲の雑音に耳を研ぎ澄ませる。ザ、ザ、と人がアスファルトを踏み締める音、車のエンジン音、どこからともなく聞こえてくるカラオケ店のBGM。そのどの音も一度シャットダウンして、心の一番深いところで、今後のことを考えた。
やがて決意が固まり、美都は再びスマホを開く。メール画面ではなく、LINEだ。どこかに登録している。最近連絡をしていなかったので、トーク画面はずいぶんと下の方へといってしまっている。でもその人の名前は確実に見つけることができた。
「一条善樹」の名前を見つめながら、彼とのトーク画面を開いた。
最後に連絡を取ったのはいつだっただろうか。二〇二九年六月二日。去年、美都がアルバイト先のカフェを辞める直前のことだった。内容はアルバイトのシフトのことで、とりわけ中身があるわけでもない。それもそのはず。美都は一年生の終わり頃に善樹に告白をして失敗して以来、彼とは少し気まずい関係になっていたから。
極めつけは二年生の春に、父親が警察に捕まったことを善樹に相談したことだ。
あれ以来、バイト先にもいられなくなり、善樹との関係を絶った。
だから彼にメッセージを送るのは一年と数ヶ月ぶりだ。
『善樹くん、お久しぶりです。先日は面接でお世話になりました。
善樹くんに話したいことがあります。
二人で会える時間をつくってもらえませんか』
堅苦しい文面では相手も身構えてしまうだろうと思ったのだけれど、善樹のことを気軽に誘えるわけではなかった。彼には一度告白をして、振られている。さらにインターン中は彼のことを犯罪者だと指摘した。天海開のことも相談していて、彼にとって私はどう接したらいいのか分からない人間のはずだ。
このLINEにも、返信が来るか分からない。
美都は半ば諦めつつ、公園の椅子から流れていく人々の姿をぼんやりと見つめる。
果たして善樹は自分の誘いに応じてくれるだろうか。
RESTARTからの内定通知に返信ができない今、彼からのコンタクトが、美都の唯一の支えだった。