『【株式会社RESTART:特別選考のご案内】
 長良美都様
 先日は、弊社の宿泊型インターンシップにお越しいただきまして、誠にありがとうございます。
 おめでとうございます。
 貴殿はDグループで最も優秀な成績を収められましたので、特別選考にご招待いたします。
 この選考で、弊社の社員としてふさわしいと判断された場合、即採用の内定を通知いたします。もちろん、選考前に選考を辞退されるのであればそれはそれで問題ありません。もし貴殿が弊社に入社したいという希望があれば、ぜひ特別選考にご参加ください。
 選考の概要は以下の通りです。

【株式会社RESTART特別選考 概要】
 日時:二〇三〇年九月二十七日(金)十三時〜十四時
 場所:株式会社RESTART本社二階選考会場
 選考方法:面接
 服装:特に指定はなし

 概要をご確認の上、参加、不参加の旨を三日以内にこのメールにてご返信くださいますよう、よろしくお願いいたします。
 長良様からのお返事をお待ちしております。
 株式会社RESTART 
 人事部長 岩崎優希』


 肌にまとわりつくような夏の暑さがいつのまにか消え去り、あれだけ高かった気温も、ようやく落ち着いてきた。九月、喫茶店でイラストの仕事をしながらお気に入りのアールグレイティーを飲んでいた。店内は程よい音量でBGMのジャズミュージックが流れていて、手作業をするのにはもってこいの環境だった。

 スマホに新着メールが届いたのは、そんな心地の良い昼下がり、今月五件目に受注したイラストを仕上げていた時だ。描いていたのはSNS用のアイコン。女性からの注文で、柔らかい雰囲気で可愛らしい絵を求めているようだった。ピンクや黄色といった暖色を使いながらタブレットで色を塗っていた。
 スマホのメールフォルダに表示された「特別選考のご案内」という文字を見て、一瞬心臓が跳ねた。タブレットの上で動かしていた手が止まる。タッチペンを置いて、新着メールを開いた。

「うそ、私が選ばれた……?」

 誰にも聞こえないほどの小さな声で呟く。
 株式会社RESTARTの宿泊型インターンシップに参加したのは、一ヶ月前のことだ。あれからまったく音沙汰がないので、選ばれた人にはすでに連絡がいっているのだと思っていた。それが、一ヶ月も経ってようやく自分にメールが送られてくるなんて。
 何かのドッキリかと思った。
 だって、あのインターン中、Dグループの中で一番発言の量が少なかったのは自分であるはずだ。発言していないのだから、自分のことをどうジャッジすればいいのか、審査員だって分からないはずだった。自分なんかより、善樹くんの方が——と考えたところで思考を止める。

 彼には、もう関わらないと決めた。
 最終発表で彼を犯罪者だと指摘した時に、彼との関係はもう終わってしまったと思った。彼だって、自分のことを疑ってかかってきた女のことを、これ以上気にしようとは思わないだろう。
 RESTARTから送られてきた特別選考についてのメールにざっと目を通す。書かれていることは何の変哲もない選考の案内メールなのに、心臓が早鐘のように鳴っている。BGMの音楽がアップテンポの曲に切り替わった。美都は、メールの画面を凝視しながら、どう返信するべきかどうか、しばらく迷っていた。

 選考に参加するかどうかは、私の自由。
 どこからともなく吹き出してきた汗が、首筋を伝う。店内は冷房が効いているはずなのに、おかしい。自分が思っているよりも、先方からのメールに動揺していることが分かった。
 美都は、ひとしきり考えた上で、ようやく決断を下した。
 恐る恐る、「返信」ボタンをタップする。

「株式会社RESTART 
 人事部長 岩崎優希様」
 一つずつ文字を打つたびに、本当にいいのだろうかという不安に駆られていた。確かに選ばれたのは自分だとこのメールには書いてあるけれど、何かの罠なのではないか。そんな疑いすら浮かんでしまう。
『お世話になっております。先日は、貴社の宿泊型インターンシップに参加させていただき、ありがとうございました。
 私がDグループの中で特別選考に選ばれたということで、正直驚きましたが、大変嬉しく存じます。
 ぜひ、特別選考に参加させていただきたいです。
 日時や場所についても確認いたしました。
 当日はどうぞよろしくお願い申し上げます。
 長良美都』

 返信の文章を打ち終わった美都は、躊躇いがちに送信ボタンを押した。メールが無事に岩崎の元へ送られていく。これで、後には引けなくなった。

「一週間後か……」

 今日は九月二十日なので、選考はちょうど一週間後の金曜日だ。時間的には問題ない。それまでにRESTARTについてより理解を深めなければ。やるべきことがどんどん頭に降ってくる。
 美都にとって、あの夏の宿泊型インターンシップは遠い日の幻のようだった。再びRESTARTと関わりを持つことになるとは。

 スマホのメール画面を閉じて、タッチペンを握り直す。
 一週間後の特別選考に備えてそれなりに対策をしなければならない。そのために、今は溜まっている仕事を早く片付けなければ。
 美都はイラストの続きを描くと同時に、仕事用に使っていたSNSに、「※ただいま新規ご依頼停止中」と書き足した。これでひとまず一週間は新しい依頼は来ない。RESTARTの特別選考に向けて、準備をしよう。