「一条くん、ありがとうございました。それでは次の方——林田くん、お願いします」
間髪を容れず順番を回していく今田。フィードバックは後なので今は何も言われないのが普通なのだが、先ほどの今田の笑みが気になって、正直宗太郎の発表は半分ほども聞けなかった。
「僕は、一条くんが犯罪者だと思います」
宗太郎の指摘は予想した通りで、もはや善樹の心は揺らがない。
「理由はもうほとんど、昨日のディスカッションの時に話した通りです。僕はそもそも、善樹のことを善人の皮を被った偽善者だと思っていました。高校時代から彼は何かにつけ教室の中でみんなが嫌がるようなことを率先してやり、場に馴染んでいない人間を助けようとする。その性質は幼少期からずっと変わっていないようでした。自分史を見たら一目瞭然です。小学生の少年が、タバコをポイ捨てする大人を注意する——よっぽどの正義感がないとできない行為です。僕だったら見て見ぬふりをしていたでしょう。でも一条くんはちゃんと注意をする。自分の正義を信じて疑わない。その揺るぎのない正義感が、誰かを傷つけることになろうとも思わずに、彼は自分の中で正義を貫き通してきました」
宗太郎の言葉が、善樹の胸の表面をざらざらと撫でるようにして通り過ぎていく。でも、彼の言葉が善樹の心を傷つけることはもうない。昨日までの議論で、散々思い知らされたからだ。
自分の正義感が、誰かを傷つけていた。
全部が全部そうではないと思うけれど、傷ついた人が何人もいた。
その事実を認めてしまったから、善樹は逆に、彼の主張を他人事のように聞き流すことができていた。
「その彼の正義感に振り回された僕たちは、深く傷つけられました。これも犯罪と言えば犯罪じゃないですか? 今の時代、セクハラやらパワハラやら、いろんなハラスメントが存在していますし、受け取った側がどう感じたかで罪の重さが決まっていきます。少なくとも僕は、高校時代に彼に自分の尊厳を傷つけられました。体育のペア決めの際、彼の偽善によって心が打ち砕かれたんです。その他にももちろんあります。僕は被害者です。被害者自身が犯罪者を指摘するのは、何もおかしいことではないでしょう」
宗太郎は、何かに取り憑かれたかのように善樹の方をじっと睨みつけながら流れるように話していた。目は充血していて、彼の本性が今この場で曝け出されている。
善樹は淡々と、彼の劇場を見守っていた。
「昨日も言った通り、弟の風磨が可愛いと思うあまりに、風磨を守るために正義感を振りかざして誰かに暴力を振るってしまったということも考えられますが——僕はやっぱり、人の心を無自覚に傷つけることが、最も人として最低な行為だと考えます。だから僕は、多くの人を傷つけてきた彼のことを犯罪者だと指摘しました。以上です」
話し終えたあと、操り人形の糸が切れたみたいにすとんと椅子に座る宗太郎。今田の口は固く閉じられている。——勝った。善樹は、心の中でガッツポーズをとる。宗太郎の主張など、もはやどうでも良かった。自分が彼に犯罪者だと指摘されたことはノーダメージ。昨日、散々自分の行いを顧みて反省したのだから、これ以上彼の言葉に傷つく必要はない。ある意味、この滅茶苦茶な課題が、善樹の心を強くしていた。
「林田くん、発表ありがとうございました。みなさん、なかなか熱弁されますね。審査員としては、とても聞き応えがあります。では、次が最後です。長良さん、よろしくお願いします」
「はい」
カタっという軽い椅子の音と共に、美都が立ち上がる。みんな、すでに発表を終えているからか、発表が始まる前とは違って、冷静な面持ちで美都の方を見ていた。
彼女がすっと息を吸う。
昨日の夜、美都は善樹に開のことで相談をしにきた。そのことを考慮すれば、彼女は開を犯罪者だと指摘する可能性が高い。だが、もしかしたら最初の二人と同じように、宗太郎への敵意を顕わにするかもしれない。彼女は宗太郎から強い批判を浴びなかったが、他のメンバーのことに詰め寄る宗太郎を見て不快に思ったのは間違いないだろう。
さて、きみは誰を指摘する——。
間髪を容れず順番を回していく今田。フィードバックは後なので今は何も言われないのが普通なのだが、先ほどの今田の笑みが気になって、正直宗太郎の発表は半分ほども聞けなかった。
「僕は、一条くんが犯罪者だと思います」
宗太郎の指摘は予想した通りで、もはや善樹の心は揺らがない。
「理由はもうほとんど、昨日のディスカッションの時に話した通りです。僕はそもそも、善樹のことを善人の皮を被った偽善者だと思っていました。高校時代から彼は何かにつけ教室の中でみんなが嫌がるようなことを率先してやり、場に馴染んでいない人間を助けようとする。その性質は幼少期からずっと変わっていないようでした。自分史を見たら一目瞭然です。小学生の少年が、タバコをポイ捨てする大人を注意する——よっぽどの正義感がないとできない行為です。僕だったら見て見ぬふりをしていたでしょう。でも一条くんはちゃんと注意をする。自分の正義を信じて疑わない。その揺るぎのない正義感が、誰かを傷つけることになろうとも思わずに、彼は自分の中で正義を貫き通してきました」
宗太郎の言葉が、善樹の胸の表面をざらざらと撫でるようにして通り過ぎていく。でも、彼の言葉が善樹の心を傷つけることはもうない。昨日までの議論で、散々思い知らされたからだ。
自分の正義感が、誰かを傷つけていた。
全部が全部そうではないと思うけれど、傷ついた人が何人もいた。
その事実を認めてしまったから、善樹は逆に、彼の主張を他人事のように聞き流すことができていた。
「その彼の正義感に振り回された僕たちは、深く傷つけられました。これも犯罪と言えば犯罪じゃないですか? 今の時代、セクハラやらパワハラやら、いろんなハラスメントが存在していますし、受け取った側がどう感じたかで罪の重さが決まっていきます。少なくとも僕は、高校時代に彼に自分の尊厳を傷つけられました。体育のペア決めの際、彼の偽善によって心が打ち砕かれたんです。その他にももちろんあります。僕は被害者です。被害者自身が犯罪者を指摘するのは、何もおかしいことではないでしょう」
宗太郎は、何かに取り憑かれたかのように善樹の方をじっと睨みつけながら流れるように話していた。目は充血していて、彼の本性が今この場で曝け出されている。
善樹は淡々と、彼の劇場を見守っていた。
「昨日も言った通り、弟の風磨が可愛いと思うあまりに、風磨を守るために正義感を振りかざして誰かに暴力を振るってしまったということも考えられますが——僕はやっぱり、人の心を無自覚に傷つけることが、最も人として最低な行為だと考えます。だから僕は、多くの人を傷つけてきた彼のことを犯罪者だと指摘しました。以上です」
話し終えたあと、操り人形の糸が切れたみたいにすとんと椅子に座る宗太郎。今田の口は固く閉じられている。——勝った。善樹は、心の中でガッツポーズをとる。宗太郎の主張など、もはやどうでも良かった。自分が彼に犯罪者だと指摘されたことはノーダメージ。昨日、散々自分の行いを顧みて反省したのだから、これ以上彼の言葉に傷つく必要はない。ある意味、この滅茶苦茶な課題が、善樹の心を強くしていた。
「林田くん、発表ありがとうございました。みなさん、なかなか熱弁されますね。審査員としては、とても聞き応えがあります。では、次が最後です。長良さん、よろしくお願いします」
「はい」
カタっという軽い椅子の音と共に、美都が立ち上がる。みんな、すでに発表を終えているからか、発表が始まる前とは違って、冷静な面持ちで美都の方を見ていた。
彼女がすっと息を吸う。
昨日の夜、美都は善樹に開のことで相談をしにきた。そのことを考慮すれば、彼女は開を犯罪者だと指摘する可能性が高い。だが、もしかしたら最初の二人と同じように、宗太郎への敵意を顕わにするかもしれない。彼女は宗太郎から強い批判を浴びなかったが、他のメンバーのことに詰め寄る宗太郎を見て不快に思ったのは間違いないだろう。
さて、きみは誰を指摘する——。