「三番目、一条くんですね。準備はよろしいですか?」
「はい、お願いします」
食い気味に返事をする善樹に今田は少し驚いたような表情を見せ、先ほどまでと同じようにタイマーを押した。善樹はすうっと深く息を吸って、頭の中でイメージしていた台詞を、ゆっくりと再生し始めた。
「僕がこの中で犯罪者と思うのは——天海くんです」
宗太郎以外の名前が出たのは、これが初めてだ。全員が善樹と、開の方を順番に見る。開の目は驚きに見開かれ、瞬きすることを忘れたようだった。
「まず、最初に違和感を覚えたのはこのメンバーの顔ぶれです。比較的、いやかなり高学歴が集まっていると思いました。僕と長良さんは東帝大学、坂梨さんは京都の国立大である京和大学、林田くんは東京の一流私立大である松慶大学。その中で唯一、天海くんだけが地元名古屋の私立大学。大変失礼ながら、僕は彼の大学の名前を知りませんでした。あとで部屋でスマホで調べたのですが、情報科が強い大学だそうですね。彼は勉強よりゲームやYouTubeの方に力を入れていたと自分史にも書いてあるので、そっちの方面を目指しているのだと分かりました。だから大学自体に違和感があるわけではなんいです。ただ、このメンバーの中に一人だけ、言ってしまえば無名の大学の人がいる——そこが、ちょっと引っかかりました」
全員が善樹の意見に真剣に耳を傾けている——なんて、なんて快感なのだろう。善樹の中で知らない自分が生まれるのをひしひしと感じた。
「もしかしたら、彼が犯罪者だから、高学歴の集まりの中に一人だけ違う人種を混ぜたんじゃないか——最初は、そんな単純な理由で彼を疑い始めました。彼の自分史には、学校での出来事がほとんど書かれていません。他のみんなは、小中高校、大学での出来事を中心に自分史が作成されています。学生なのだから、自分について分析をするのに学校での出来事を書くのは当然ですよね。でも彼だけは違った。唯一それらしいことといえば、幼稚園時代に『同級生たちと比べて身体が小さいことがコンプレックスだった』というところだけです。その後はずっとゲームやYouTubeといった趣味のことが書かれている。中学校のところでは、はっきりと『学校を休んでYouTubeに没頭する』とも記載されていました。そこで僕は、小学生から中学生にかけて、彼はすでに不登校になっていたのではなかと予想しました」
そう。開の自分史を見て違和感を抱いたのは、そこだった。
開は学校に行っていない。だからこそ、ゲームやYouTubeに邁進していった。それは他のみんなも気づいていたことかもしれない。
「では、どうして開は不登校になってしまったのか——色々考えました。開はこのインターンに来てからずっと明るくていいやつです。林田くんに詰め寄られている自分を庇ってくれるような発言もしてくれました。だから最初は単に勉強が嫌いで学校に行きたくなかったのだと思っていたのですが、それは違うなと思うことがありました。昨日までのディスカッションです」
頭の中で、昨晩美都から聞いた開の話を思い出す。
本当はあのことも根拠に入れてやりたい。
でもさすがにこの場での発言としては相応しくないことくらい、善樹は心得ていた。
「先ほども言いましたが、彼は自分史で幼稚園時代のところに、唯一コンプレックスについて書いています。僕はそこで、このコンプレックスが原因で学校でいじめられた経験があるのではないかと予想しました。それから、昨日の午後の議論における林田くんの発言です。開は林田くんのことを『弱い者をいじめる卑怯なやつ』だと揶揄しました。それから『自分はそんなやつが一番嫌い』だとも言っていましたね。その後林田くんは『開って学校でいじめられてたの』と返しました。僕はその時再び、頭の中に『いじめ』という単語がくっきりと浮かんだんです。人が不登校になるきっかけで最も多いと思われるのがいじめですが、開が明るい性格だったから最初はそうかなと思いつつ、彼といじめが結びつかなかったんです。でも、言われてみれば『いじめ』以外に不登校になる理由はないんじゃないかと、どんどん想像が膨らんでいきました」
高校時代にクラスで不登校になっていた相模くんは、どちらかといえば目立たないタイプで、女子から陰気なやつだと疎ましがられていた。彼女たちに実害を加えられたこともあったのだろう。善樹はそのことを知っていたからこそ、先生に解決策はないかと相談しに行
ったのだ。
開のようにどんなに明るい人間でも、他人からの明確な悪意に心が折れてしまうことだってある。善樹だって、自分はずっと正義だと思っていたのに、宗太郎に偽善者だと指摘されて、自分の過ちに気づいた。正義感は折れてしまったのだ。
「開がいじめられているとしたら、犯罪を犯していても不思議ではありません。単純に、いじめっ子に仕返しして暴力沙汰になってしまったとも考えられるし、他には例えば、いじめっ子から万引きを要求されて仕方なくやってしまった——なんてことも、あるでしょう。本人の意思ではなく犯罪を犯してしまった……開はそんな犯罪者だと考えました。以上で僕の発表は終わります」
開が実際にどんな犯罪を犯してしまったかは正直分からない。
でも、いじめという暗い闇に突き落とされた人間が犯罪を犯してしまうことは十分に考えられる。善樹はそこを突いたのだ。
自分の主張は、みんなの心に——いや、今田の心にどう響いたのだろう。
恐る恐る審査員の視線を辿る。彼は基本、前二人の発表も無表情で聞いていたが、その時だけは口の端をわずかに持ち上げた。意味深な笑みに、善樹はごくりと息を飲み込む。
「はい、お願いします」
食い気味に返事をする善樹に今田は少し驚いたような表情を見せ、先ほどまでと同じようにタイマーを押した。善樹はすうっと深く息を吸って、頭の中でイメージしていた台詞を、ゆっくりと再生し始めた。
「僕がこの中で犯罪者と思うのは——天海くんです」
宗太郎以外の名前が出たのは、これが初めてだ。全員が善樹と、開の方を順番に見る。開の目は驚きに見開かれ、瞬きすることを忘れたようだった。
「まず、最初に違和感を覚えたのはこのメンバーの顔ぶれです。比較的、いやかなり高学歴が集まっていると思いました。僕と長良さんは東帝大学、坂梨さんは京都の国立大である京和大学、林田くんは東京の一流私立大である松慶大学。その中で唯一、天海くんだけが地元名古屋の私立大学。大変失礼ながら、僕は彼の大学の名前を知りませんでした。あとで部屋でスマホで調べたのですが、情報科が強い大学だそうですね。彼は勉強よりゲームやYouTubeの方に力を入れていたと自分史にも書いてあるので、そっちの方面を目指しているのだと分かりました。だから大学自体に違和感があるわけではなんいです。ただ、このメンバーの中に一人だけ、言ってしまえば無名の大学の人がいる——そこが、ちょっと引っかかりました」
全員が善樹の意見に真剣に耳を傾けている——なんて、なんて快感なのだろう。善樹の中で知らない自分が生まれるのをひしひしと感じた。
「もしかしたら、彼が犯罪者だから、高学歴の集まりの中に一人だけ違う人種を混ぜたんじゃないか——最初は、そんな単純な理由で彼を疑い始めました。彼の自分史には、学校での出来事がほとんど書かれていません。他のみんなは、小中高校、大学での出来事を中心に自分史が作成されています。学生なのだから、自分について分析をするのに学校での出来事を書くのは当然ですよね。でも彼だけは違った。唯一それらしいことといえば、幼稚園時代に『同級生たちと比べて身体が小さいことがコンプレックスだった』というところだけです。その後はずっとゲームやYouTubeといった趣味のことが書かれている。中学校のところでは、はっきりと『学校を休んでYouTubeに没頭する』とも記載されていました。そこで僕は、小学生から中学生にかけて、彼はすでに不登校になっていたのではなかと予想しました」
そう。開の自分史を見て違和感を抱いたのは、そこだった。
開は学校に行っていない。だからこそ、ゲームやYouTubeに邁進していった。それは他のみんなも気づいていたことかもしれない。
「では、どうして開は不登校になってしまったのか——色々考えました。開はこのインターンに来てからずっと明るくていいやつです。林田くんに詰め寄られている自分を庇ってくれるような発言もしてくれました。だから最初は単に勉強が嫌いで学校に行きたくなかったのだと思っていたのですが、それは違うなと思うことがありました。昨日までのディスカッションです」
頭の中で、昨晩美都から聞いた開の話を思い出す。
本当はあのことも根拠に入れてやりたい。
でもさすがにこの場での発言としては相応しくないことくらい、善樹は心得ていた。
「先ほども言いましたが、彼は自分史で幼稚園時代のところに、唯一コンプレックスについて書いています。僕はそこで、このコンプレックスが原因で学校でいじめられた経験があるのではないかと予想しました。それから、昨日の午後の議論における林田くんの発言です。開は林田くんのことを『弱い者をいじめる卑怯なやつ』だと揶揄しました。それから『自分はそんなやつが一番嫌い』だとも言っていましたね。その後林田くんは『開って学校でいじめられてたの』と返しました。僕はその時再び、頭の中に『いじめ』という単語がくっきりと浮かんだんです。人が不登校になるきっかけで最も多いと思われるのがいじめですが、開が明るい性格だったから最初はそうかなと思いつつ、彼といじめが結びつかなかったんです。でも、言われてみれば『いじめ』以外に不登校になる理由はないんじゃないかと、どんどん想像が膨らんでいきました」
高校時代にクラスで不登校になっていた相模くんは、どちらかといえば目立たないタイプで、女子から陰気なやつだと疎ましがられていた。彼女たちに実害を加えられたこともあったのだろう。善樹はそのことを知っていたからこそ、先生に解決策はないかと相談しに行
ったのだ。
開のようにどんなに明るい人間でも、他人からの明確な悪意に心が折れてしまうことだってある。善樹だって、自分はずっと正義だと思っていたのに、宗太郎に偽善者だと指摘されて、自分の過ちに気づいた。正義感は折れてしまったのだ。
「開がいじめられているとしたら、犯罪を犯していても不思議ではありません。単純に、いじめっ子に仕返しして暴力沙汰になってしまったとも考えられるし、他には例えば、いじめっ子から万引きを要求されて仕方なくやってしまった——なんてことも、あるでしょう。本人の意思ではなく犯罪を犯してしまった……開はそんな犯罪者だと考えました。以上で僕の発表は終わります」
開が実際にどんな犯罪を犯してしまったかは正直分からない。
でも、いじめという暗い闇に突き落とされた人間が犯罪を犯してしまうことは十分に考えられる。善樹はそこを突いたのだ。
自分の主張は、みんなの心に——いや、今田の心にどう響いたのだろう。
恐る恐る審査員の視線を辿る。彼は基本、前二人の発表も無表情で聞いていたが、その時だけは口の端をわずかに持ち上げた。意味深な笑みに、善樹はごくりと息を飲み込む。