「僕からは、なんともね。開には明日連絡先を教えるの?」
「うーん、どうしよう。正直あんまりいい気はしなくて……。昨日の夜、ちょっと強引に迫られたから引いてしまったというか」
「強引? 開が?」
「ええ。部屋に無理やり入ってこようとしたから、なんとか止めたんだけど。怖くて」
「そんなことが」
意外だ。子犬のような子どもらしい笑顔を浮かべる開のイメージが、強欲なオオカミの鋭い爪に変わる。
思えば、Dグループのメンバーの中で一番本性が見えないのは開だったかもしれない。最初は宗太郎の変わりように驚いていたが、開は一貫して明るく、あっけらかんとした物言いだった。途中宗太郎に詰め寄られた場面で、初めて悔しそうに顔を歪めていた。あの瞬間こそが、開の本当の心を垣間見た時だった。けれどそれも一瞬の揺らぎだったので、あの場ではそれ以上開の性格や人生について、深掘りすることはできなかった。
そんな開が、美都の部屋に強引に押し入ろうとしていたなんて。
善樹の中で抱いていた開への印象が、ガラガラと音を立てて崩壊していく。
彼は何かを隠しているのではないか。
一気に開への疑念が高まっていた。
「善樹くん、大丈夫?」
善樹が思い詰めた表情をしていたからか、美都が心配そうに善樹の顔を覗き込んできた。
「あ、ああ、ごめん。それにしても開、最低なやつだな」
自分の口から他人に対して「最低なやつ」なんて言葉が飛び出して来たこと自体、衝撃的だった。相手は今まで善人だと思っていた開だ。けれど、善樹がこのインターンで自分の善人ぶりに疑いの目を向けられたように、善樹もいつしか他人に対し、懐疑心を抱くようになっていた。
「こんな話、急にしてごめんね。誰かに話さないと、押しつぶされそうな気がして」
美都が申し訳なさそうに頭を下げる。善樹は静かに首を横に振った。
「いや、そりゃ誰かに相談したくもなるよ。もし今日また同じようなことがあったら教えて。何か力になれることがあるかもしれないから」
「ありがとう。やっぱり善樹くんは優しいね」
目元を細め、口を綻ばせる美都。「優しい」と誰かから評価を受けたのは久しぶりで、善樹の心に染み渡った。
「それで、長良さんは結局このインターン、辞退するの? 明日の発表はどうする?」
「うん……やっぱり、最後まで続けようかなって思う。ダメで元々だし、ここまで頑張ったから。天海くんのことは、善樹くんに話して
気持ちが少しすっきりしたし、大丈夫、かも」
「そうか。それなら良かった。こんなチャンス滅多にないからね。優勝したらラッキーぐらいの気持ちでいれば、気も楽になるよ」
「そうだね……本当にありがとう」
美都は心底ほっとした様子で、椅子から立ち上がる。善樹もつられて席を立ち、部屋に戻ろうかと一息ついた。
「あ、そういえば義樹くん」
今まさに歩き出そうとしていたところで、再び美都が口を開く。まだ何か相談事が残っていたのかと気になって、「何?」と聞き返す。
「風磨くんのことなんだけど……」
「風磨? 風磨がどうかした? もしかしてあいつ、開みたいに、長良さんに迷惑かけた?」
「う、ううん。大丈夫。ごめん、やっぱりなんでもない」
と、彼女は首を振って「今のはなかったことにして」と付け加えた。それから、「また明日。おやすみなさい」と言われたので、善樹は強制的に彼女と別れることになった。
もしかして、本当に風磨が美都にちょっかいをかけたのかもしれない。
そうだとすれば美都は風磨を警戒しているだろう。帰ったら風磨に問いたださなければいけないな——そう思っていたのだが、部屋に戻った途端、善樹は今日一日分の疲れに身を任せて、すぐに布団の上で眠りに落ちてしまった。
「うーん、どうしよう。正直あんまりいい気はしなくて……。昨日の夜、ちょっと強引に迫られたから引いてしまったというか」
「強引? 開が?」
「ええ。部屋に無理やり入ってこようとしたから、なんとか止めたんだけど。怖くて」
「そんなことが」
意外だ。子犬のような子どもらしい笑顔を浮かべる開のイメージが、強欲なオオカミの鋭い爪に変わる。
思えば、Dグループのメンバーの中で一番本性が見えないのは開だったかもしれない。最初は宗太郎の変わりように驚いていたが、開は一貫して明るく、あっけらかんとした物言いだった。途中宗太郎に詰め寄られた場面で、初めて悔しそうに顔を歪めていた。あの瞬間こそが、開の本当の心を垣間見た時だった。けれどそれも一瞬の揺らぎだったので、あの場ではそれ以上開の性格や人生について、深掘りすることはできなかった。
そんな開が、美都の部屋に強引に押し入ろうとしていたなんて。
善樹の中で抱いていた開への印象が、ガラガラと音を立てて崩壊していく。
彼は何かを隠しているのではないか。
一気に開への疑念が高まっていた。
「善樹くん、大丈夫?」
善樹が思い詰めた表情をしていたからか、美都が心配そうに善樹の顔を覗き込んできた。
「あ、ああ、ごめん。それにしても開、最低なやつだな」
自分の口から他人に対して「最低なやつ」なんて言葉が飛び出して来たこと自体、衝撃的だった。相手は今まで善人だと思っていた開だ。けれど、善樹がこのインターンで自分の善人ぶりに疑いの目を向けられたように、善樹もいつしか他人に対し、懐疑心を抱くようになっていた。
「こんな話、急にしてごめんね。誰かに話さないと、押しつぶされそうな気がして」
美都が申し訳なさそうに頭を下げる。善樹は静かに首を横に振った。
「いや、そりゃ誰かに相談したくもなるよ。もし今日また同じようなことがあったら教えて。何か力になれることがあるかもしれないから」
「ありがとう。やっぱり善樹くんは優しいね」
目元を細め、口を綻ばせる美都。「優しい」と誰かから評価を受けたのは久しぶりで、善樹の心に染み渡った。
「それで、長良さんは結局このインターン、辞退するの? 明日の発表はどうする?」
「うん……やっぱり、最後まで続けようかなって思う。ダメで元々だし、ここまで頑張ったから。天海くんのことは、善樹くんに話して
気持ちが少しすっきりしたし、大丈夫、かも」
「そうか。それなら良かった。こんなチャンス滅多にないからね。優勝したらラッキーぐらいの気持ちでいれば、気も楽になるよ」
「そうだね……本当にありがとう」
美都は心底ほっとした様子で、椅子から立ち上がる。善樹もつられて席を立ち、部屋に戻ろうかと一息ついた。
「あ、そういえば義樹くん」
今まさに歩き出そうとしていたところで、再び美都が口を開く。まだ何か相談事が残っていたのかと気になって、「何?」と聞き返す。
「風磨くんのことなんだけど……」
「風磨? 風磨がどうかした? もしかしてあいつ、開みたいに、長良さんに迷惑かけた?」
「う、ううん。大丈夫。ごめん、やっぱりなんでもない」
と、彼女は首を振って「今のはなかったことにして」と付け加えた。それから、「また明日。おやすみなさい」と言われたので、善樹は強制的に彼女と別れることになった。
もしかして、本当に風磨が美都にちょっかいをかけたのかもしれない。
そうだとすれば美都は風磨を警戒しているだろう。帰ったら風磨に問いたださなければいけないな——そう思っていたのだが、部屋に戻った途端、善樹は今日一日分の疲れに身を任せて、すぐに布団の上で眠りに落ちてしまった。