そんな中、二つ前に座っている美都が、座る位置をずらして、善樹の斜め前に来た。美都の前に座っていたのが座高の高い男だったので、スライドが見えづらかったのだろう。美都が斜め前に来たことで、彼女の表情がちょっとだけ垣間見えた。
冷たく、澄んだ川のような瞳。周りのみんなが熱に浮かされている状態なので、彼女の冷気を放つような表情を見て、善樹の心臓がどきりと跳ねた。
一体何を考えているのだろう。
単にRESTARTの説明を冷静に聞いているだけのようにも見えるが、それ以上に、彼女の中でこの会社説明を冷めた気持ちで見なければならない理由があるみたいだった。
「……とういうわけで、以上が会社説明になります。五分ほど休憩を挟んだ後、質疑応答に移ります。それでは休憩してください」
その場の空気がどっと弛緩して、トイレに行きたい人たちが大広間を出ていく。善樹はずっと部屋の中にいた。斜め前に座っている美都は、相変わらずしゃんと姿勢を正したまま、前方を見つめている。岩崎の動きを目で追っているようだった。
「はあーあ。早くおわんねーかな」
舐め腐った風磨の声がして、善樹は「おい」と小さくたしなめる。こいつは、場を弁えずに不用意な発言をするから、善樹が注意しないと何をしでかすか分からない。
「だってさあ、質問したいことなんて何もないし」
「お前になくても、他のみんなにはあるだろ」
「そういう兄貴だって、質問なんかないだろ?」
「それは……まあ、そうだけど」
正直、RESTARTについては他の誰よりも知っている自信がある。あえてこの場で手を挙げて聞きたいことは何もなかった。
「だったらやっぱり早く終わりたくね? 俺、腹が減ったんだ」
「風磨、お前はいつもご飯のことばっかりだな……」
風磨に構っていると自分までそちらの世界に引きずり込まれそうになるので、この辺でやめておく。
トイレ休憩が終わり、ぞろぞろと学生たちが戻ってきた。岩崎が再び前に進み出る。
「それでは質疑応答の時間に移ります。何かある人は挙手をお願いします」
一斉に何人かの手が上がる。二日間の議論を終えて、みんなが積極的になっているのが分かった。
「じゃあ、Bグループのそこのきみ」
最初に当てられたのはBグループの列にいる大柄の男だった。彼は立ち上がり、大学名と名前を告げた後、質問を始める。
「先ほどは説明ありがとうございました。一つ気になったのですが、営業以外に所属できる部署は、何があるんでしょうか?」
おそらく、みんなが気になっているであろう質問をして彼は座る。善樹は社内組織についても詳しく知っていたのだが、普通の人はかなり念入りに調べないと分からないだろう。
「営業以外にみなさんが就くことのできる職種は、たとえば私たちのような人事部、経理部、総務部などのいわゆるスタッフ部門がまず挙げられます。それ以外の部署であれば、ITシステム部、デザイン部、企画戦略部、マーケティング部などがありますね。学生さんたちはマーケティングや企画戦略部に入りたいという方が多いみたいです。まあ、アプリ開発なんかもこの辺の部署でやりますから、そのせいでしょう」
「なるほど。ありがとうございます」
RESTARTの部署は一般的な企業とほとんど変わらない。それぞれの部署で専門性の高い取り組みをしているので、すべての社員が自
分の部署のプロフェッショナルといえる——そんな説明を、善樹は以前聞いたことがあった。
その後も、休暇制度や福利厚生について、女性の活躍ぶりなど、学生たちが気になる質問が次々と飛び交っていた。善樹はそのすべての回答に納得しながら聞いていた。
「それでは残り時間も少ないので、次が最後の質問としましょう。何かある方は手を挙げてください」
意外にも多くの質問があったので、気づかないうちにどんどん時間が進んでいた。もう質問は出尽くしたので、手は挙がらないだろうと思っていたのだが、一人の女子がすっと右手を挙げた。美都だった。
冷たく、澄んだ川のような瞳。周りのみんなが熱に浮かされている状態なので、彼女の冷気を放つような表情を見て、善樹の心臓がどきりと跳ねた。
一体何を考えているのだろう。
単にRESTARTの説明を冷静に聞いているだけのようにも見えるが、それ以上に、彼女の中でこの会社説明を冷めた気持ちで見なければならない理由があるみたいだった。
「……とういうわけで、以上が会社説明になります。五分ほど休憩を挟んだ後、質疑応答に移ります。それでは休憩してください」
その場の空気がどっと弛緩して、トイレに行きたい人たちが大広間を出ていく。善樹はずっと部屋の中にいた。斜め前に座っている美都は、相変わらずしゃんと姿勢を正したまま、前方を見つめている。岩崎の動きを目で追っているようだった。
「はあーあ。早くおわんねーかな」
舐め腐った風磨の声がして、善樹は「おい」と小さくたしなめる。こいつは、場を弁えずに不用意な発言をするから、善樹が注意しないと何をしでかすか分からない。
「だってさあ、質問したいことなんて何もないし」
「お前になくても、他のみんなにはあるだろ」
「そういう兄貴だって、質問なんかないだろ?」
「それは……まあ、そうだけど」
正直、RESTARTについては他の誰よりも知っている自信がある。あえてこの場で手を挙げて聞きたいことは何もなかった。
「だったらやっぱり早く終わりたくね? 俺、腹が減ったんだ」
「風磨、お前はいつもご飯のことばっかりだな……」
風磨に構っていると自分までそちらの世界に引きずり込まれそうになるので、この辺でやめておく。
トイレ休憩が終わり、ぞろぞろと学生たちが戻ってきた。岩崎が再び前に進み出る。
「それでは質疑応答の時間に移ります。何かある人は挙手をお願いします」
一斉に何人かの手が上がる。二日間の議論を終えて、みんなが積極的になっているのが分かった。
「じゃあ、Bグループのそこのきみ」
最初に当てられたのはBグループの列にいる大柄の男だった。彼は立ち上がり、大学名と名前を告げた後、質問を始める。
「先ほどは説明ありがとうございました。一つ気になったのですが、営業以外に所属できる部署は、何があるんでしょうか?」
おそらく、みんなが気になっているであろう質問をして彼は座る。善樹は社内組織についても詳しく知っていたのだが、普通の人はかなり念入りに調べないと分からないだろう。
「営業以外にみなさんが就くことのできる職種は、たとえば私たちのような人事部、経理部、総務部などのいわゆるスタッフ部門がまず挙げられます。それ以外の部署であれば、ITシステム部、デザイン部、企画戦略部、マーケティング部などがありますね。学生さんたちはマーケティングや企画戦略部に入りたいという方が多いみたいです。まあ、アプリ開発なんかもこの辺の部署でやりますから、そのせいでしょう」
「なるほど。ありがとうございます」
RESTARTの部署は一般的な企業とほとんど変わらない。それぞれの部署で専門性の高い取り組みをしているので、すべての社員が自
分の部署のプロフェッショナルといえる——そんな説明を、善樹は以前聞いたことがあった。
その後も、休暇制度や福利厚生について、女性の活躍ぶりなど、学生たちが気になる質問が次々と飛び交っていた。善樹はそのすべての回答に納得しながら聞いていた。
「それでは残り時間も少ないので、次が最後の質問としましょう。何かある方は手を挙げてください」
意外にも多くの質問があったので、気づかないうちにどんどん時間が進んでいた。もう質問は出尽くしたので、手は挙がらないだろうと思っていたのだが、一人の女子がすっと右手を挙げた。美都だった。