「……どういう意味?」

 善樹の声は知らず知らずのうちに震えている。その場にいる誰もが、善樹と宗太郎の間で崩れゆく友情の欠片を目で追っているようだった。

「そのままの意味だよ。僕はずっと、クラスで一番になりたがるきみのことが嫌いだった。鬱陶しかった。成績だって僕とほとんど変わらないのに、クラスの人気をもぎ取るために正義感を振りかざす。でも、きみの正義感はどこまでも偽善的で。不登校だったクラスの子——相模(さがみ)くんだって、きみに助けてほしいなんて言わなかっただろ。僕は彼に直接聞いたんだ。『一条が余計なことをするから、また学校に行かなくちゃいけなくなった。それが嫌だから転校する』って」

「相模くんが? そんな、ありえない」

「ありえるんだよ。本人から聞いた話だからね。それに僕もさ、体育で三人組になろうって言われて、余計に屈辱的だった。二人組になれないだけでも恥ずかしいことだったのに、きみに手を差し伸べられた時——僕はその場から消えたくなった」

 ギィン、ギィン、と金属音のような耳鳴りが聞こえる。善樹は思わず両手で耳を塞いだ。宗太郎の言葉が、固い石になって善樹の全身を打ち付ける。受け止めるにはあまりにも強烈な痛みを伴った。

「そんな……そんなこと」

「あるんだよ。きみはずっと気づかなかっただろう? 自分の正義の裏に、傷ついている人がいることを」

「正義の裏……」

 善樹の中で、これまでの人生の映像が走馬灯のようにコマ送りで流れ出す。
 保育園で、小学校で、中学校で、高校で。
 自分はいつも、ひとりぼっちでいる子に声をかけて、友達になった。でも、他の友人から「あいつは陰キャだから、つるまないほうがいい」なんて大声で言われたことがある。善樹はそんな心無い台詞を無視してやったが、次の日からひとりぼっちでいた子は善樹から離れていった。

 道端で転倒して倒れていたお婆さんを助けた時。彼女の持っていた買い物からこぼれ出た食品を、拾った人物がいた。その人は食品を手に取り、「これ、レジ通ってませんよね?」とお婆さんに問いかけた。お婆さんは驚愕して何も答えなかった。その後すぐに警察がやってきて、お婆さんは事情を聞かれる羽目になった。

 アルバイト先のカフェで後輩がとある男の先輩から言い寄られていると相談をしてきた。善樹は後輩を助けようと、店長に報告をした。店長は全員に分かるように、相談内容を公開して男の先輩を指導した。男の先輩がすぐに辞めたのでこれでもう安心だとほっとしていたのも束の間、今度は相談をしてきた後輩も退職してしまった。どうして辞めてしまったのか、その時の善樹は想像しなかった。いや、想像することを避けていた。だって、もしかしたら自分が余計なことをしたせいで、後輩に嫌な思いをさせてしまったのかもしれないということを、自覚することになるから。

 悪はいつか成敗される。正義こそがこの世界で最も大切なことだって、信じて疑わなかった。でも宗太郎の言う通り、自分がしたことで、何人もの人が傷ついていたのだ——……。

「ようやく気づいたの? ちょっと遅かったね。この年になるまで、無自覚に他人を傷つけてきたこと、きみは反省したほうがいい」

「……」

 善樹は宗太郎に返す言葉もなかった。他のメンバーも、口を挟むことができずに俯いている。この中に一人犯罪者がいる。先ほどまで、善樹は自分が犯罪者だと指をさされることが嫌でたまらなかった。でも今は、自分の人生の軸だと思っていた信条を否定されたことで、魂が抜けたような状態に陥っていた。