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 二日目:八月二十一日 十三時二十七分

「午前のディスカッション、お疲れ様でした。さて、それでは午後の議論を始めます。皆さん、準備はいいですか?」

「はい」

 宗太郎の返事に合わせて今田がタイマーを十六時にセットした。
 昼休憩に入ってから、どこからともなく現れた風磨は食事だけ満喫した後、またどこかへふらりと行こうとしていた。善樹はそんな彼に声をかけて、なんとか議論の場に引き摺り込んだのだけれど。どうやら今回も発言する気はないらしい。傍観者気取りで鼻歌なんか歌っている。周りのメンバーも、風磨のことなどもう相手にしていない様子だった。

「さっきの議論の続きだけど、俺と一条くんは林田くんを疑っていて、林田くんと坂梨さんは俺を疑っている。長良さんは今のところ意見をまとめられてないけど、俺と坂梨さんを疑っている——それで間違ってない? 気が変わったやつとか、いる?」

 開が午前中のみんなの意見をまとめる。善樹たちは全員頷いた。

「じゃあ、追加で意見がある人はどうぞ」

 開の目が鋭く光った。
 そのタイミングを見計らって、善樹は手を挙げる。
 ここで挽回できなければ、宗太郎と友里から犯罪者と指摘され続けることになってしまう。それだけは、プライドが許さなかった。

「やっぱり僕は、宗太郎と坂梨さんの意見には納得できない。風磨を守るためなら暴行罪をはたらくかもしれないと言っていたけれど、犯罪は僕が今まで生きてきた中で、もっとも忌むべきものだ。宗太郎、きみは知ってるよね。僕がそんなことできる人間じゃないって。きみだって昨日、言ってくれたじゃないか。高校時代に不登校のクラスメイトを助けたいって思って動いたところとか、体育のペア決めで二人組が組めなかったきみと、三人で組んだこととか。僕の正義感を認めてくれたのは、宗太郎だろ」

 そうだ。そもそも善樹に対して正義感が強いとか、高校時代の善樹の行動を褒めてくれたのは宗太郎だった。善樹は宗太郎のことを、仲の良い友達だと思っていたから、素直に嬉しかった。それなのに、一晩明けると彼が一瞬にして敵になってしまったような気がして。善樹にはそれが、悲しかったのだ。

 宗太郎は善樹の意見を聞いた後、しばらくの間黙りこくった。
 いつも、誰に対しても優しく微笑みながら受け答えをしていた宗太郎。
 今朝のディスカッションで見た彼の表情は、善樹が知らない厳しいものだった。
 今も、真剣なまなざしで一人、考えをまとめているように見える。知らず知らずのうちに、善樹の心臓はバクバクと激しく鳴っていた。

 やがて宗太郎がふと口を開く。何か、反論の言葉が見つかったのか——そうかと思うと、彼は口の端を持ち上げて、クククと笑い出した。

「善樹、きみはおめでたい人だね。まさか僕が本当に、きみのことを正義感が強くて尊敬してると思ってる? それなら、とんだ間違いだよ。僕は嘘をついていた。僕は昔から、きみのことが大嫌いなんだ」

 ピエロが観客を欺いて笑っているかのように、赤い舌が彼の開いた口からのぞいていた。