二日目:八月二十一日 九時五十五分

 翌朝、朝八時から九時の間に朝食会場で食事を済ませた善樹は、昨日と同じDグループのディスカッション部屋へと向かった。さあ、今日も議論が始まる。昨日は十分睡眠をとることができたので、身体はかなり回復した。頭も冴え渡っている。議論は今日までだから、この回で何か進展がありますように——と祈るような気持ちで部屋の扉を開けた。

「おはよう、みんな」

 すでに着席していた美都と友里の顔を見て挨拶をした。二人ともよく眠れたのか、昨日より明るい表情をしているように見える。開と宗太郎も後からやってきて挨拶を交わす。最後に社員の今田が昨日と同じ席に座った。

「みなさんおはようございます。二日目、長い一日になりますが頑張ってください。まずは午前のディスカッションです。今から十二時まで、よろしくお願いします」

「よろしくお願いします!」

 開の元気な挨拶に、全員がふふ、と笑った。そういえば、部屋に入るまではそばにいたはずの風磨がいない。またトイレに篭っているのか。まあいい。風磨は社員の今田からもとうに見放されているだろうし。優勝したいとも思ってないだろうから、善樹は構わず議論に参加することにした。

「善樹くん、今日は風磨くんは……?」

 美都が小声で善樹に聞いた。善樹は首を横に振る。

「気分が悪いみたい。部屋で休んでるって」

「そう、なんだ」

 咄嗟についた嘘を、美都は受け入れてくれたのかぎこちなく頷いた。
 昨日の自分史を再度みんなでテーブルの上に広げる。今日の議論でも必要だろう。

「みんな、昨日は部屋で考えまとめてきた? 俺、全然分かんなくてさー気づいたらYouTubeずっと見てた」

おい、と思わずツッコみたくなることを開が笑いながら言う。こういうことをインターンの場で言えてしまう開はやっぱり大物だ。

「僕は考えましたよ。一番怪しいと思う人も、目星をつけてきました」 

 宗太郎の一言に、和やかだった空気に、突如緊張感が走る。

「それ……聞いてもいいですか?」

 友里が宗太郎に先を促した。

「もちろん。僕が怪しいと思ったのは——善樹だ」

「……へ?」

 宗太郎の優しいまなざしがすっと鋭く光り、善樹を見つめた。突然の名指しに、心臓の鼓動が分かりやすく速くなる。

「へえ、一条くんなんだ? なんでそう思ったの?」

 開はこの展開を面白がっているのか、興味津々というふうに尋ねる。

「昨日、指摘させてもらったけど、善樹の自分史を見たら正義感が強いことが分かるよね。高校時代の善樹を知ってるから、僕も善樹の書いてることには納得できるんだけど、全面に押し出されすぎて逆に怪しいと思った。あと、弟の風磨の話がちょくちょく出てきてる。これって自分史に必要なのかな? 僕には、善樹が後ろめたいことを隠すために、あえて弟のことを持ち出しているように見える」

 優しかったはずの宗太郎が、自分を犯罪者だと指摘する鬼へと変わっていく。善樹は唖然としたまま彼の主張を聞いていた。まさか、真っ先に自分が疑われることになろうとは。メンバーの中で、最も自分史の文量が多かったのは自分だ。疑われることはないと思っていた分、衝撃が大きかった。

「なるほどね。確かに弟について頻繁に書かれてることは、何かを隠したいって思ってるとも取れるけど、単に弟が好きなだけなんじゃない?」

 意外にも善樹のことを擁護してくれる開。少しだけ心拍数が落ち着いた。

「それはそうかもしれないけど、僕は善樹が、弟の風磨に執着しすぎているように思える。風磨の素行の悪さについても言及しているよね。ほら、ここ。『夜に徘徊などをして生徒指導を受けたようだ』って書かれてる。友達に脅されて仕方なくやってしまったことも。もしかしたら、弟を守るためにその友人に怪我をさせてしまった——そういう暴力的な犯罪を働いているとしたら、納得できないかい? 善樹は正義感が強くて、悪者には絶対立ち向かおうとするよね。だったら僕の推論も、あり得なくはないと思うんだ」

 宗太郎は善樹以外の全員の顔を見回した。
 開と友里が意味深に頷く。美都だけは正面を向いたまま、頷くことも首を傾げることもしなかった。