美都のことを考えながら部屋に戻ると、布団が一枚だけ敷かれていた。旅館のスタッフが敷いてくれたのだろうけれど、一人分しか敷かれていない。善樹は自分でもう一枚、布団を敷いた。その足でお風呂まで急ぐ。今日は色々と緊張で疲れてしまったので、早いところ寝てしまいたかった。
 旅館のお風呂は文句なしに気持ちよかった。特に、一番の売りである「洞窟温泉」で身も心も温めることができた。風磨なんて、善樹がお風呂から出ようとしたら「もう上がるのかよ」と残念そうに文句を言ってくる始末だ。善樹は構わずお風呂から上がった。

「さて、今日の振り返りでもしますか」

「振り返り? そんなもんいるかよ」

 ようやく部屋で一息つき、今日のディスカッションの要点をまとめたパンフレットのメモ欄を開いた時、風磨が面倒くさそうな声を上げた。

「そりゃするよ。何のために来たんだよ」

「言っただろ。美味い飯と最高の風呂に入れたらいいんだって」

「はいはい。分かった分かった。で、風磨は誰が怪しいと思う?」

「うーん、俺はあいつ、宗太郎」

「なんでそう思うんだ?」

「だって、ずっとニコニコしてて気持ち悪いし! 裏で何考えてるのか分かんねーじゃん」

 容赦なく他人のことを「気持ち悪い」と言う風磨。だが。宗太郎が怪しいと思う気持ちは理解できなくもなかった。宗太郎はいつも、誰に対しても分け隔てなく平等に優しい。そういう人の方が、裏で何をやっているのか分かりづらいところがある。

「善樹はどうなんだよ。誰か見当はついたのか」

「僕は……正直まだ何も分からない。全員怪しく見える。自分史がヒントになるんだろうけど、やっぱり詳しく書いている人よりは、簡潔に書いてある人の方が、何かあるんじゃないかって疑うよね」

「ふーん。書かれていることより、“書かれていないこと”に注意ってわけか。探偵小説みたいだな」

「そんな大層なものじゃないよ」

 善樹は、明日以降の議論でちゃんと自分なりの答えが出せるのか、ちょっと不安になった。正解は出さなくてもいい。でも、これまでの試験でどんな難題でも正解を導いてきた善樹にとっては、どうしても正解を当てたいと、躍起になっていた。

「とにかく俺は答えなんてどうでもいいし。もう寝る」

「お前……いつ何時でもブレないな」

「そこが俺のいいところだろ」

「はいはい。おやすみ」

 風磨の自由奔放ぶりに呆れつつ、だが彼の言うとおり、善樹も早いところ身体を休めたかった。 
明日の議論で何か展開があるかもしれない。今日はゆっくり寝よう。
 午後十時には電気を落とし、すっかり夢の中へと入っていた。