「桜晴、私、志望校合格した! 桜晴と同じ大学! 一年間だけだけど、一緒に通えるよ」

 三月、北海道はまだ冬の寒さが続く日に、東京の志望校の前に張り出された合格発表を見て、スマホを耳に押し当てた私ははしゃいだ声を上げた。

「おお、すごいじゃん! おめでとう。春から美雨も東京で大学生かあ」

「うんっ。桜晴と大学通えるの、楽しみにしてるね」

 これは、夢。
 分かっている。けれど、電話越しに聞こえてくる桜晴の声があまりにもリアルで、夢じゃなくて本当は現実なんじゃないかって思いたくなる。
 桜晴の小説が出版されてから、彼が私の夢に度々現れるようになった。
 夢の中でそれが夢だと気づく。
 そんな不思議な体験を、もうかれこれ一年間も繰り返している。

「ねえ、今から会えないかな。美雨は大学にいるよね?」

「うん、いる。会いたい」

 桜晴の提案に、私はすぐに頷いた。「じゃあ、時計塔の下で待ってて」と桜晴から言われて、大学のシンボルである時計塔の下へと移動する。その間も、合格発表で喜んだり悲しんだりする受験生の声が、わんわん耳に響いてくる。
 どうかここにいるみんなに、幸せな未来が訪れますように。
 そう願わずにはいられなかった。

「美雨」

 しばらく待つと、大学三年生の桜晴が私の前に現れた。入れ替わりをしていた時は同級生だったのであまり何も思わなかったが、年上の彼を見ると、やっぱり大人だなと感じる。

「桜晴!」

 私は、やってきた彼に思い切り抱きついた。突然衝撃を受けた彼は二、三歩後ろへよろめく。

「びっくりしたー美雨、急すぎだよ」

「だって、桜晴に会えて嬉しかったんだもん」

「合格したからじゃなくて?」

「うん、桜晴に会えたことの方が嬉しい」

「なんだそれ、変なの」

 白い頬を掻きながら、桜晴が照れたように笑う。私は、夢の中で見る彼の照れ笑いが好きだ。そのまま頬にキスしたくなる衝動に駆られながら、人前だからとぐっと我慢した。

「桜晴の心臓、すごく速くなってるよ」

「美雨だって。小動物みたいだ」

 お互いの鼓動を肌で感じながら、愛しい人に会えた喜びを分かち合う。
 夢の中で、私たちは別々の心臓を持って息をしている。
 入れ替わりの最中、いつかこんなふうに二人で顔つき合わせて、他愛のない話をできたらいいなと思っていた。現実で、そんな未来は来なかったけれど。今なお私の胸で生き続ける桜晴の心臓は、私に幸せな夢を見せてくれる。
 もうそれだけで、十分じゃないか。

「美雨、これからとっておきのデートをしたいんだけど、時間は大丈夫?」

「何それ? もちろん大丈夫! 楽しみ」

「良かった。じゃあ、行こうか」

「うん!」

 差し出された彼の手を握りしめる。白くて華奢に見えるのに、いざ手を繋ぐとやっぱり桜晴の手のひらは私のよりも大きくて。私は彼の体温を感じながら、温かな感情に包まれる。

 春はまだ来ないけれど。
 彼と過ごした幻のような日々が、明日を生きる私の背中を、確実に押してくれる。繋いだ手から感じる彼の生命の息吹は、夢が覚めても私の心臓が証明してくれる。

 だから今日も、私は新しい朝を迎える。
 一歩ずつ、彼のいない日々を、彼と一緒に進むために。




【終わり】