それから一ヶ月後、鳴海桜晴の本『僕の命をきみに捧げるまでの一週間』が出版された。
 私が美山さんと出版の話をして十ヶ月後、高校三年生になった春のことだ。

 本は、ファンタジー小説として売り出される予定だったが、直前で「やっぱり実話を元にしたフィクションとして売り出そう」と美山さんが言い出した。私は心底驚いたものの、その方がより多くの人に手に取ってもらえる可能性が高いということで、同意した。
 本は出版社の尽力により、事前の宣伝が功を奏したのか、若い世代の間で瞬く間に話題となった。本を書いたのが高校二年生の男の子で、著者自身が心臓移植のドナーとなりすでに亡くなっているというところで、興味を惹かれた人が多かったようだ。

 本屋に並んでいる彼の本の裏表紙にはなんと、私の後ろ姿の写真が使われている。これも美山さんから提案されて協力したものだ。最初は恥ずかしいと思ったけれど、桜晴の本を売るために協力できることがあるのなら、と思い直して承諾した。後ろ姿だけだし、誰かに気づかれることはないだろう——そう思っていたのだけれど、思い違いだった。

「ねえねえ、この本知ってる? 『僕の命をきみに捧げるまでの一週間』、二人は読んだ?」

 美瑛東高校三年三組の教室で、瑛奈がはしゃいだ声を上げて私と和湖に本を見せてきた。二人とはまた三年生で同じクラスになることができて、楽しい日々を送っている。

「うん、知ってるよ〜SNSで話題だもんねっ。私、今ちょうど読んでるところ」

「そうなんだ。私はもう全部読んだんだけど、本当に感動的でさ。美雨は読んだ?」

「う、うん。読んだ。すごく面白いよね、これ」

 瑛奈に聞かれて私はブンブンと首を縦に振る。二人には、私がこの本をつくった張本人だとは話していない。なんだか小っ恥ずかしくて、言えなかった。

「だよね! てかさ、私思ってたんだけど、この本の裏表紙の女の子、美雨に似てない!? 内容も、心臓移植をする女の子が出てくるし。なんかその子の喋り方も美雨にそっくりというか」

「それ、私も思ってたよ。もうヒロインの女の子のこと、勝手に美雨だと思って読んでるもん」

「和湖も? やっぱそうだよね。ね、美雨もそう思わない?」

 二人が私に、純粋な瞳で疑問をぶつけてくる。私はどきまぎしつつ、とぼけたフリをして「えーそうかな? たまたまじゃない!?」と答えた。

「偶然だとしてもすごい一致じゃん! 実写化するならヒロイン役は美雨に決定!」

「やだ! 私、演技なんてできないもんっ」

「そんなこと言わずにさ。俳優スクールに通えば大丈夫だって」

「うう〜瑛奈のいじわる」

 私が唇を尖らせると、和湖が穏やかな笑顔を浮かべた。瑛奈も「冗談だって」と笑い飛ばしている。私は、そんな二人に挟まれてとても温かい気持ちになっていた。
 いつか二人に、やっぱりこの本のヒロインは自分だったと打ち明けてみよう。
 桜晴のことを好きだったんだと告白してみよう。
 どんな顔をされるかな。
 信じてもらえないかもしれないけれど、信頼できる二人なら、真剣に話を聞いてくれると思っている。
 今、私の心臓は二人からヒロインだと疑われて大きく脈打っている。他愛のない三人の日常に、桜晴も溶け込んで笑っているようだった。

『僕の命をきみに捧げるまでの一週間』。

 私はこれからもこの命を、きみのために大切にして生きていく。