それから私たちは元来た道を戻り、空港までたどり着いた。

「本当はもっとゆっくりしたいところだけれど、また今度時間をつくって来ましょう」

「うん」

 今は東京の街を観光する気分にもなれず、私たちは淡々と帰りの飛行機に乗り込んだ。
 東京から北海道に戻って来た私は、桜晴からの手紙をそっと部屋で開く。
 二つ折りにされた便箋を開く時、心臓が張り裂けそうなほど緊張した。
 ここに、桜晴からのメッセージが書いてあるんだ……。
 私と入れ替わりを終える直前か直後か分からないけれど、一番新しい彼の気持ちがここにある。ゆっくりと深く息を吸ったあと、便箋を開いた。


『美雨へ』

 目に飛び込んできた自分の名前に、ドクンと一回心臓が跳ねる。間違いなく桜晴の字だ。逸る気持ちを抑えて、彼の認めた文章を目で追いかけた。

『この手紙を読んでいる美雨は今、何歳なんだろう。江川くんに手紙を託したんだけど、美雨の手に渡るのがいつになるか、分からなかったからさ、もしかしたらもうおばあちゃんになってるかもしれないね。そしたら昔の出来事なんて——僕との入れ替わりのことなんて、もう忘れちゃったかな。もし忘れていたら、この手紙は捨ててください。

 冗談はさておき、美雨が僕のことを覚えている前提で話すね。
 まずは、入れ替わりの最終日の日付のこと、騙してごめん。
 美雨が僕の命を守るなんて言っていたから、何か考えがあるじゃないかって思って。美雨が自分の命を投げ出して僕のことを救おうとしているなら、それは僕の本望じゃない。運命はもうとっくに決まっていて、僕はきみの心臓になる予定だ。だからその運命を、僕は変えたいとは思わなかったんだ。

 それに僕にとっても美雨は……とても大切な人だから。
 そんな人の命を消し去ってまで、生き残りたいとは思わないよ。
 ……と、格好良いことを言ってみたけどね、僕は元来、すごく弱くて脆い人間なんだ。
 教室でみんなの前に立つと足が震えるし、言葉だって吃ってしまう。好きな女の子にフラれてしょげて、学校の勉強がうまくいかなくて落ち込んで。何か嫌なことがあるとすぐに「生命橋」に走って、誰かの人生と自分の人生を入れ替えた。僕が僕でなくなれば、不思議と堂々と息をしていられる気がして。でも、美雨以外の人間と入れ替わっている時はなんというか……本当にこれでいいのかなって、思わずにはいられなかった。

 僕は自分の人生から逃げているだけ。
 自分の世界に戻った後、ずっと続いていく僕の人生ではまた、集団の中で緊張してばかりで自分になりきれないままだ。そう思うと、怖くて足がすくんでしまうんだ。
 でも、逃げ続けていた僕も、美雨と入れ替わってからようやく前を向こうと思えるようになった。美雨が学校で友達と心を通じ合っていたり、家族を大切に想っていたりすることを知って、僕は胸を打たれた。こんなふうに、入れ替わり先で他人と心を通じ合うことができた経験がなかったから。同時に僕は、美雨の世界を壊したくないと思った。きみが大切にしているものを、僕も壊さずに大切にしていきたい。だから、勉強も頑張ったし、美雨の友達とも良い関係でいようと努力した。美雨の周囲の人間のことを知るたびに、いつしか僕は美雨自身に惹かれていったんだ。

 もう聞き飽きたかもしれないけどもう一度言う。
 僕は美雨が好きだよ。
 たとえ住んでいる場所が違っても、生きている時代が違っても、それだけは変わらない。 
 好きな人の未来を守るためなら、僕はなんだってしたい。
 僕はきみの心臓になりたい。
 だから後悔はしていません。

 ……でもさ、ちょっと弱音を吐くと、僕は怖い。
 死ぬことが怖いんじゃない。美雨ともう会えなくなることが怖い。こんなふうに、手紙の中で吐き出してしまうくらいには、今、手が震えてるんだ。
 もし来世っていうのが本当にあるんだったらさ。
 僕はきみと同じ時代に生まれたい。
 北海道、すごく好きになったから、北海道に生まれるのもいいね。
 まったく違う地域で出会うのでも構わない。
 きみの隣にいる未来が、いつか遠い世界のどこかであればいいと願っている。


 P.S
 ずっと書いていた小説がようやく完成しました。 
 徹夜をしたので、身体はへとへとです。
 入れ替わりがちょうど終わっていて良かったよ。だってそうじゃなきゃ、きみが寝不足の僕の身体に入り込んで、後で文句を言ってきただろうから。
 もし美雨が僕の小説を読むことがあれば——どんなふうに感じてくれるかな。
 照れ臭いけれど、きみと再会した時、感想を教えてくれたら嬉しいです。』