***
チチ、チチ、チチ
朝七時半に目を覚ました私は、まだ自分が夢の中にいるような感覚でぼんやりと天井を見つめていた。夢の中で、桜晴が笑顔で私に語りかけてくれていた。もし彼と出会うことができたら、こんなふうに笑い合っているんだろうなって想像できて胸が疼いた。
ベッドの上で再び目を閉じて、今日の自分の行動を頭の中で反芻する。
八時に桜晴と入れ替わって、桜晴の母親に嘘をつく。体調が悪いから修学旅行には行かないと言い張る。母親も、さすがに体調が悪い息子を修学旅行に行かせようとは思わないはずだから、それでなんとか誤魔化せるはずだ。
「江川くんたちには申し訳ないけど……」
同じグループの、特に江川くんのことを思い出してちょっぴり罪悪感が芽生えた。彼は、桜晴と修学旅行に行けることを楽しみにしていたから。でも、桜晴の命には代えられない。心の中で「ごめんね」と謝って、その時を待った。
机の上に置いてあるノートをもう一度読んで決意を固めようと思ったけれど、やっぱりやめた。今ノートを読んだら、感情が高ぶってしまいそうだったから。時計の針が時間を刻む音だけに、神経を集中させていた。
あと、三十秒。
三十、二十九、二十八……。
桜晴と最後の入れ替わりの時間が始まる。目を閉じたまま完璧にシュミレーションした一日の流れを、最後にまた思い浮かべて。私の視界はホワイトアウトする——はずだった。
「……」
カチ、という小気味良い音がして、時計の短針が「八」に、長針が「十二」に合わさる。いつもならここで、視界が真っ白になって、気づいたら桜晴の身体と入れ替わっている。今日が入れ替わりの最後の一日だ。それなのにどうして、私はまだ自分の部屋にいるの……?
「どういうこと……」
自分の頬や、腕や、膝や、お腹をペタペタと触る。やっぱりちゃんと「私」のままだ。
「桜晴……なんで?」
何が起こっているのか、瞬時には理解できなかった。
「美雨ー早く朝ごはん食べなさいよ〜」
お母さんが私を朝ごはんに呼ぶ声を聞いたのは何ヶ月ぶりだろうか。
バクバクバクと、早鐘のように鳴り響く心臓が、私に一つの真実を嫌でも突きつけてくる。
「嘘……そんな、そんなこと」
震える身体をなんとか押さえつけながら立ち上がり、先ほど開けなかった机の上のノートを乱暴にめくる。
嘘、嘘だ……!
『入れ替わりは一週間後の四月二十四日——ちょうど修学旅行の初日までだね。』
私が真実を打ち明けたあと、確かに桜晴は日記にそう書いていた。私も、何も疑うことなく桜晴の言うことを信じて、入れ替わりは修学旅行の初日までだと思い込んだ。
でも……私が桜晴に本当のことを伝えたのはいつ……?
四月十六日の夜。
桜晴がそのノートを読んだのは四月十七日だ。
私は、十七日から七日後——つまり、十七日を含めずに七日後の二十四日に、入れ替わりが終わると思っていた。桜晴も日記にそう書いてある。だから疑うことはしなかった。
だけど、実際は違った……?
十七日を含めて七日後——それなら、二十四日ではなく、二十三日が入れ替わりの終了日ということになるのではないか。
ようやく確信的な事実に気がついて、私はその場に崩れ落ちる。
そんな、おかしいよ。だって、桜晴は今回の入れ替わりが初めてじゃないんでしょ……? 過去の話を打ち明けてから一週間後がいつなのか、正確な日にちを、桜晴が知らないはずがない。
「私は……騙された?」
一つの可能性に思い至り、息が止まりそうだった。心臓の動きが激しくなりすぎて痛い。右手でノートを握りしめたまま、左手で左胸をぎゅっと押さえつける。
チチ、チチ、チチ
朝七時半に目を覚ました私は、まだ自分が夢の中にいるような感覚でぼんやりと天井を見つめていた。夢の中で、桜晴が笑顔で私に語りかけてくれていた。もし彼と出会うことができたら、こんなふうに笑い合っているんだろうなって想像できて胸が疼いた。
ベッドの上で再び目を閉じて、今日の自分の行動を頭の中で反芻する。
八時に桜晴と入れ替わって、桜晴の母親に嘘をつく。体調が悪いから修学旅行には行かないと言い張る。母親も、さすがに体調が悪い息子を修学旅行に行かせようとは思わないはずだから、それでなんとか誤魔化せるはずだ。
「江川くんたちには申し訳ないけど……」
同じグループの、特に江川くんのことを思い出してちょっぴり罪悪感が芽生えた。彼は、桜晴と修学旅行に行けることを楽しみにしていたから。でも、桜晴の命には代えられない。心の中で「ごめんね」と謝って、その時を待った。
机の上に置いてあるノートをもう一度読んで決意を固めようと思ったけれど、やっぱりやめた。今ノートを読んだら、感情が高ぶってしまいそうだったから。時計の針が時間を刻む音だけに、神経を集中させていた。
あと、三十秒。
三十、二十九、二十八……。
桜晴と最後の入れ替わりの時間が始まる。目を閉じたまま完璧にシュミレーションした一日の流れを、最後にまた思い浮かべて。私の視界はホワイトアウトする——はずだった。
「……」
カチ、という小気味良い音がして、時計の短針が「八」に、長針が「十二」に合わさる。いつもならここで、視界が真っ白になって、気づいたら桜晴の身体と入れ替わっている。今日が入れ替わりの最後の一日だ。それなのにどうして、私はまだ自分の部屋にいるの……?
「どういうこと……」
自分の頬や、腕や、膝や、お腹をペタペタと触る。やっぱりちゃんと「私」のままだ。
「桜晴……なんで?」
何が起こっているのか、瞬時には理解できなかった。
「美雨ー早く朝ごはん食べなさいよ〜」
お母さんが私を朝ごはんに呼ぶ声を聞いたのは何ヶ月ぶりだろうか。
バクバクバクと、早鐘のように鳴り響く心臓が、私に一つの真実を嫌でも突きつけてくる。
「嘘……そんな、そんなこと」
震える身体をなんとか押さえつけながら立ち上がり、先ほど開けなかった机の上のノートを乱暴にめくる。
嘘、嘘だ……!
『入れ替わりは一週間後の四月二十四日——ちょうど修学旅行の初日までだね。』
私が真実を打ち明けたあと、確かに桜晴は日記にそう書いていた。私も、何も疑うことなく桜晴の言うことを信じて、入れ替わりは修学旅行の初日までだと思い込んだ。
でも……私が桜晴に本当のことを伝えたのはいつ……?
四月十六日の夜。
桜晴がそのノートを読んだのは四月十七日だ。
私は、十七日から七日後——つまり、十七日を含めずに七日後の二十四日に、入れ替わりが終わると思っていた。桜晴も日記にそう書いてある。だから疑うことはしなかった。
だけど、実際は違った……?
十七日を含めて七日後——それなら、二十四日ではなく、二十三日が入れ替わりの終了日ということになるのではないか。
ようやく確信的な事実に気がついて、私はその場に崩れ落ちる。
そんな、おかしいよ。だって、桜晴は今回の入れ替わりが初めてじゃないんでしょ……? 過去の話を打ち明けてから一週間後がいつなのか、正確な日にちを、桜晴が知らないはずがない。
「私は……騙された?」
一つの可能性に思い至り、息が止まりそうだった。心臓の動きが激しくなりすぎて痛い。右手でノートを握りしめたまま、左手で左胸をぎゅっと押さえつける。