「本当に、美雨の心臓は僕のものなの……?」
美雨の身体で、僕は左胸を押し潰す勢いで押さえつける。
確かに力強く感じる脈動は、とても病気の少女のものとは思えない。それに、僕自身以前定期検診に行った。そこで先生から心臓移植の事実を聞かされている。
美雨が心臓移植をしたことは歴とした事実だ。
そのドナーが、まさか僕だなんて——……。
「う……」
びっくりするぐらい気が動転していて、口から嗚咽が漏れた。
美雨はどんな気持ちでこのメッセージを綴ったのだろう。五ヶ月間も悩んで、ようやく打ち明けてくれたのだ。きっと美雨だって辛いはずだ。僕は美雨の心中を思うと、自分の命に関わることなのに、切なさが込み上げた。
そうだ。僕は。
僕は美雨のことが、好きだ。
『すごく、びっくりしたよね。自分の一週間後の未来が、こんなことになるなんて想像するだけで辛いよね……。本当にごめんなさい。
だけど私は、桜晴の命を救いたい。
自分の命に代えてもいいって思える人に出会えた。
私は桜晴のことが……どうしようもなく好きなんだ』
好きという二文字に、こんなにもやるせない気持ちにさせられたのは初めてだった。
中学の頃、初めて恋した女の子にはあっけなく振られてしまって。それから再び恋をした相手が美雨だった。
美雨とは時空がずれていると知って。それでもいつか、もしかしたら会えるんじゃないかと希望を抱いていた。
「もう会えないのか……」
襲いくる虚脱感は、自分の命がもうすぐ失われることに対するものじゃない。
この恋が絶対に叶うことがないのだと、思い知らされてしまったからだ。
美雨のメッセージはそこで途切れていた。僕は、静かにノートを閉じる。いまだ暴れている心臓を押さえて朝食を食べるために一階へ向かった。
——私は、桜晴の命を救いたい。
ノートに綴られた一文が、頭から離れない。
美雨は何を考えているのだろうか……。
朝食を食べている間、学校に行き授業を受けている間、僕は美雨のことを四六時中考えていた。
美雨は、たぶんこの運命を受け入れようとしていない。
ノートから滲み出てくる彼女の決意が、いやでも胸に突き刺さる。彼女は、僕の命を自分の命に代えてもいいと言っていた。でもそんなの、どうやって……。
「……ああ、そうか」
放課後、鞄に荷物を詰めていた僕はようやくあることを思いつく。
美雨がこれから何をしようとしているのか。
もし本当に彼女が自分の命と引き換えに僕の命を救おうとしているなら、考えられること。
僕が死ななければ、美雨は死んでしまうかもしれないのに。
僕が死なない未来に、きっと美雨はいないのに。
美雨は運命を、覆そうとしている——。
「美雨、どうしたの。早く帰ろうよ」
瑛奈が教室の外から僕のことを呼んだ。彼女とは二年生でクラスが離れてしまったけれど、こうして放課後は一緒に帰宅している。と言っても、バスに乗って、彼女は途中で降りてしまうのだけれど。和湖は吹奏楽部の練習があるので、帰宅は別だった。
「うん、ごめん」
鞄を持って、瑛奈の元へと教室を後にする。
僕たちは並んで校門まで歩いた。バス停はすぐそこだ。いつものように帰宅のバスを待って乗ろうと思ったのだけれど、瑛奈が僕の手を引いて引き止める。
「あのさ、今からファミレス寄らない?」
「え?」
瑛奈の言うファミレスとは、学校から徒歩五分ほどの場所にある地元のチェーン店だ。僕も何度か瑛奈たちと行ったことがある。
「いいけど」
特に予定のない僕は瑛奈の提案に頷いた。わざわざファミレスに誘うなんて、何か話したいことがあるんだろう。
美雨の身体で、僕は左胸を押し潰す勢いで押さえつける。
確かに力強く感じる脈動は、とても病気の少女のものとは思えない。それに、僕自身以前定期検診に行った。そこで先生から心臓移植の事実を聞かされている。
美雨が心臓移植をしたことは歴とした事実だ。
そのドナーが、まさか僕だなんて——……。
「う……」
びっくりするぐらい気が動転していて、口から嗚咽が漏れた。
美雨はどんな気持ちでこのメッセージを綴ったのだろう。五ヶ月間も悩んで、ようやく打ち明けてくれたのだ。きっと美雨だって辛いはずだ。僕は美雨の心中を思うと、自分の命に関わることなのに、切なさが込み上げた。
そうだ。僕は。
僕は美雨のことが、好きだ。
『すごく、びっくりしたよね。自分の一週間後の未来が、こんなことになるなんて想像するだけで辛いよね……。本当にごめんなさい。
だけど私は、桜晴の命を救いたい。
自分の命に代えてもいいって思える人に出会えた。
私は桜晴のことが……どうしようもなく好きなんだ』
好きという二文字に、こんなにもやるせない気持ちにさせられたのは初めてだった。
中学の頃、初めて恋した女の子にはあっけなく振られてしまって。それから再び恋をした相手が美雨だった。
美雨とは時空がずれていると知って。それでもいつか、もしかしたら会えるんじゃないかと希望を抱いていた。
「もう会えないのか……」
襲いくる虚脱感は、自分の命がもうすぐ失われることに対するものじゃない。
この恋が絶対に叶うことがないのだと、思い知らされてしまったからだ。
美雨のメッセージはそこで途切れていた。僕は、静かにノートを閉じる。いまだ暴れている心臓を押さえて朝食を食べるために一階へ向かった。
——私は、桜晴の命を救いたい。
ノートに綴られた一文が、頭から離れない。
美雨は何を考えているのだろうか……。
朝食を食べている間、学校に行き授業を受けている間、僕は美雨のことを四六時中考えていた。
美雨は、たぶんこの運命を受け入れようとしていない。
ノートから滲み出てくる彼女の決意が、いやでも胸に突き刺さる。彼女は、僕の命を自分の命に代えてもいいと言っていた。でもそんなの、どうやって……。
「……ああ、そうか」
放課後、鞄に荷物を詰めていた僕はようやくあることを思いつく。
美雨がこれから何をしようとしているのか。
もし本当に彼女が自分の命と引き換えに僕の命を救おうとしているなら、考えられること。
僕が死ななければ、美雨は死んでしまうかもしれないのに。
僕が死なない未来に、きっと美雨はいないのに。
美雨は運命を、覆そうとしている——。
「美雨、どうしたの。早く帰ろうよ」
瑛奈が教室の外から僕のことを呼んだ。彼女とは二年生でクラスが離れてしまったけれど、こうして放課後は一緒に帰宅している。と言っても、バスに乗って、彼女は途中で降りてしまうのだけれど。和湖は吹奏楽部の練習があるので、帰宅は別だった。
「うん、ごめん」
鞄を持って、瑛奈の元へと教室を後にする。
僕たちは並んで校門まで歩いた。バス停はすぐそこだ。いつものように帰宅のバスを待って乗ろうと思ったのだけれど、瑛奈が僕の手を引いて引き止める。
「あのさ、今からファミレス寄らない?」
「え?」
瑛奈の言うファミレスとは、学校から徒歩五分ほどの場所にある地元のチェーン店だ。僕も何度か瑛奈たちと行ったことがある。
「いいけど」
特に予定のない僕は瑛奈の提案に頷いた。わざわざファミレスに誘うなんて、何か話したいことがあるんだろう。