四月十七日の朝、僕は美雨の部屋で着替えもしないままノートを握りしめていた。

「美雨からのメッセージだ……」

 数ヶ月も途切れていた彼女の日記が、突然動き出した。五ヶ月もの間、僕が一人芝居を繰り広げているように綴っていた日記なのに。今日になって突然、どんな心境の変化があったんだろうか。

「美雨ー、朝ごはん食べなさいよ」

 母親が僕を呼ぶ声を無視して、ノートに目を凝らす。久しぶりに見た美雨の字は、分かりやすいくらい震えていた。ところどころ滲んでいるところもある。涙の跡のように見えて、生唾をのみこんだ。

『今から私があなたに伝えなければならないことを、書こうと思います。ここから先は、桜晴にとってとても苦しく、辛い事実が書かれることになります。私の過去にも触れる話になるので、入れ替わりが終わってしまうことも覚悟しなくちゃいけません。それでも私は、桜晴に伝えなければならないと思い、筆を取りました。』

「過去の話……入れ替わりが終わる」

 書き出しから、美雨が並々ならぬ決意でこの日記を書いていることはすぐに理解した。そこから、過去の話をすると書かれていて、僕は目を瞬かせる。
 やっぱり美雨は、僕に大切な話をするべきかどうかで悩んでいたんだ……。

『どうか、あなたの気持ちを優先して、読むか読まないか決めてほしいです。
 あなたが私の気持ちを一番に考えてくれたように、あなたも自分の気持ちを一番大事にする権利があります。だから、決心がついた時だけ、読み進めてください』

「読むか、読まないか」

 彼女は僕に対して、最大限配慮してくれている様子で言葉を綴っていた。入れ替わりは二人の意思で続けるものだから。どうしたいかは、僕に決めて欲しい。
 そんな彼女の気遣いが文章全体に溢れていた。
 僕は美雨との入れ替わりを続けたいと思う。
 でも……と、ノートに滲んだ涙の跡に視線を移す。
 美雨はこのメッセージを書くのに、五ヶ月もの時間を要した。それくらい、伝えるか伝えないか迷っていたという証拠だ。次のページには、彼女が強い気持ちで書き綴った想いが並んでいるに違いない。僕には彼女の大きな決意を、無駄にする権利などなかった。
 ゆっくりと、一枚のページをめくる。涙の跡が乾いてパリパリとした紙の音が静かに響いた。

『ページ、めくってくれたんだね。ありがとう。今から、本当に大切なことを話すね。先に書いた通り、桜晴には辛い内容だと思う……。それでも大切なことだから、伝えることに決めました。どうか最後まで、聞いてほしい』

 飛び込んできた文章に、胸を打たれた。
 ありがとう。大切なことを話すね。
 まるでそばで彼女が語りかけてくれているかのような気配がして、僕は深く頷いた。

『私が心臓の病気で、移植をしたってことは、桜晴も知ってるよね。お母さんと病院に行った時に、気づいたと思います。そのことをあえてノートに書かずに、過去の話に触れないでおこうとしてくれた気遣いも理解してるつもりです。その上で、私は伝えたいことがあります。
 私は七歳の頃から心臓の病気を患っていました。
 お父さんも同じ病気で、私が五歳の頃に亡くなってしまって……。だから、病気が発覚した時はお母さんと抱き合って泣きました。』

「お父さんも同じ病気で亡くなったのか……」

 綴られていた彼女の過去は、僕には想像もできないほど辛く、あの朗らかな母親を知っているからこそ、胸にくるものがあった。