美雨の日記は、最高気温が氷点下を下回っても、クリスマス頃に至る所でイルミネーションを見せてくれる家が増えても、一向に綴られることはなかった。
いつのまにか年が明け、僕の世界は二〇二五年に、美雨の世界は二〇二八年に突入した。
それでも美雨からのメッセージは途絶えたままで、理由の一つも分からない。もちろん、僕だって何度かノートで美雨にお伺いを立てた。だが彼女は白を切ったように、沈黙を守ったままだ。
「桜晴、最近なんか元気ないわね。新年早々辛気臭い顔して、何かあった?」
一月半ば、僕は自分の家で夕飯を食べながら、ぼうっとテレビの画面を眺めていた。ここ一ヶ月はずっと同じ感じで、母が心配するのも無理はない。
「なんでもないよ」
母には入れ替わりの話などできるはずもなく、曖昧に誤魔化すしかなかった。
「そう。だったらもうちょっとシャキッとしなさい。今日だってさっき江川くんが遊びに来てくれたのに、追い返しちゃったじゃない」
「江川くん?」
知らない話だったので首を捻る。遊びに来たということは夕方くらいの時間帯だろうか。最近、美雨から一つも報告がないので友人関係についてもままならないままだ。
「そうよ。珍しく友達が訪ねて来たっていうのに、あんた部屋から出てこなかったじゃない」
「ああ、ごめん。ちょっと風邪……引いたかも」
「そうなの? それならそうと早く言いなさい。病院だって行けるんだから」
「うん……」
美雨がどんな理由でやって来た江川くんを追い返してしまったのか分からない。でも、基本的に友達との関係を築くのが上手い彼女がそんなことをしてしまうなんて、やっぱり彼女の精神状態が不安だった。
「明日、江川くんに会ったらちゃんとお詫び言っておきなさいよ。もう大人なんだから、友達は大切にしないとダメよ」
「分かってる」
母が僕をこんなふうに心配してくれていると感じるのは、初めてかもしれない。今まで、父は言うまでもなく母も、秋真のことには必死になるけれど、僕に対してはどこか期待すらしていないような気がしていた。だけど今、母は間違いなく僕を見ている。言葉は少々荒いけれど、僕のことを考えてくれている証拠だった。
それもこれも、全部美雨がそうさせてくれたんだろうな。
初めて行った学校ですぐに友達をつくってしまう彼女のことだから、両親とも上手くやってくれていたのだろう。母も、まさか息子の中に別の誰かがいるなんて思いもしないだろうが、美雨が上手く母に接してくれたから、母は少しずつ変わっていったんだ。
秋真とのことだって。彼が甲子園常連校からスカウトされた時、本音を聞き出してくれた。僕は秋真と真正面から向き合ったことがなくて、秋真の本当の気持ちを知る由もなかった。
美雨がいてくれたから、今の僕がある。家族や友人と向き合うことを、美雨が教えてくれたのだ。
夕飯を食べ終えた僕は、静かに席を立ち上がり、部屋に戻って必死に彼女とのこれからのことを考えた。
彼女は何を思って日記を書くのをやめたのか。
一番考えられることは、やっぱり僕との入れ替わりをやめたいと思っているということだ。
「もしそうだとして、僕は……」
僕は、美雨との入れ替わりを続けたいと思っている。彼女と入れ替わることで、どれほど自分が成長できたか。これからも、友達や家族と向き合える自分でいたい。もっと美雨と二人だけの時間を共有したい。
僕は美雨のことが好きだから。
これから僕ができることは。美雨に、もう一度日記を綴ってもらえるように。
……いや、違う。
彼女が抱えていることを、僕に話してほしい。
ただそれだけ。どうしたら彼女から本音を引き出せるのか。
寝る時間まで、お風呂に入っている時も、必死で考え続ける。
やがて出た答えは、ただひたすらに、彼女に自分の気持ちを伝えるというものだった。
翌日から、僕は美雨のノートに気持ちを書き綴った。
いつのまにか年が明け、僕の世界は二〇二五年に、美雨の世界は二〇二八年に突入した。
それでも美雨からのメッセージは途絶えたままで、理由の一つも分からない。もちろん、僕だって何度かノートで美雨にお伺いを立てた。だが彼女は白を切ったように、沈黙を守ったままだ。
「桜晴、最近なんか元気ないわね。新年早々辛気臭い顔して、何かあった?」
一月半ば、僕は自分の家で夕飯を食べながら、ぼうっとテレビの画面を眺めていた。ここ一ヶ月はずっと同じ感じで、母が心配するのも無理はない。
「なんでもないよ」
母には入れ替わりの話などできるはずもなく、曖昧に誤魔化すしかなかった。
「そう。だったらもうちょっとシャキッとしなさい。今日だってさっき江川くんが遊びに来てくれたのに、追い返しちゃったじゃない」
「江川くん?」
知らない話だったので首を捻る。遊びに来たということは夕方くらいの時間帯だろうか。最近、美雨から一つも報告がないので友人関係についてもままならないままだ。
「そうよ。珍しく友達が訪ねて来たっていうのに、あんた部屋から出てこなかったじゃない」
「ああ、ごめん。ちょっと風邪……引いたかも」
「そうなの? それならそうと早く言いなさい。病院だって行けるんだから」
「うん……」
美雨がどんな理由でやって来た江川くんを追い返してしまったのか分からない。でも、基本的に友達との関係を築くのが上手い彼女がそんなことをしてしまうなんて、やっぱり彼女の精神状態が不安だった。
「明日、江川くんに会ったらちゃんとお詫び言っておきなさいよ。もう大人なんだから、友達は大切にしないとダメよ」
「分かってる」
母が僕をこんなふうに心配してくれていると感じるのは、初めてかもしれない。今まで、父は言うまでもなく母も、秋真のことには必死になるけれど、僕に対してはどこか期待すらしていないような気がしていた。だけど今、母は間違いなく僕を見ている。言葉は少々荒いけれど、僕のことを考えてくれている証拠だった。
それもこれも、全部美雨がそうさせてくれたんだろうな。
初めて行った学校ですぐに友達をつくってしまう彼女のことだから、両親とも上手くやってくれていたのだろう。母も、まさか息子の中に別の誰かがいるなんて思いもしないだろうが、美雨が上手く母に接してくれたから、母は少しずつ変わっていったんだ。
秋真とのことだって。彼が甲子園常連校からスカウトされた時、本音を聞き出してくれた。僕は秋真と真正面から向き合ったことがなくて、秋真の本当の気持ちを知る由もなかった。
美雨がいてくれたから、今の僕がある。家族や友人と向き合うことを、美雨が教えてくれたのだ。
夕飯を食べ終えた僕は、静かに席を立ち上がり、部屋に戻って必死に彼女とのこれからのことを考えた。
彼女は何を思って日記を書くのをやめたのか。
一番考えられることは、やっぱり僕との入れ替わりをやめたいと思っているということだ。
「もしそうだとして、僕は……」
僕は、美雨との入れ替わりを続けたいと思っている。彼女と入れ替わることで、どれほど自分が成長できたか。これからも、友達や家族と向き合える自分でいたい。もっと美雨と二人だけの時間を共有したい。
僕は美雨のことが好きだから。
これから僕ができることは。美雨に、もう一度日記を綴ってもらえるように。
……いや、違う。
彼女が抱えていることを、僕に話してほしい。
ただそれだけ。どうしたら彼女から本音を引き出せるのか。
寝る時間まで、お風呂に入っている時も、必死で考え続ける。
やがて出た答えは、ただひたすらに、彼女に自分の気持ちを伝えるというものだった。
翌日から、僕は美雨のノートに気持ちを書き綴った。