その事実を、どうして彼に伝えられるだろうか——。
 茫然自失状態でいつものノートを開く。
 ペンを握って、「十一月二十日」と日付を書き入れた。

「今日は……今日は、教室で来年の修学旅行の話になって……」

 一文字一文字、今日の出来事を書こうとする。でも、震える手で書いた文字はところどころ歪んでいて、汗で滲んで黒く汚れてしまう。

「違う、こんなの書けないっ」 

 薄汚れた「修学旅行」の文字をゴシゴシと消しゴムで擦って消した。でも、黒ずんだ汚れは取れなくて、何かを書いた跡だけが残ってしまった。
 結局私はこの日、一文字もノートに日記を綴ることができなかった。毎日絶対ノートで報告を書かなければならないという約束をしたわけではない。それぞれの入れ替わり生活を有意義に送るために、お互いの世界で起こった出来事は共有しておこう、とやんわり取り決めただけだ。だから、たとえ一文字も書かなくったって、彼は怒ったりしないだろう。
 ノートの新しいページは白紙のまま、パタンと表紙を閉じた。
 何も考えないようにしてお風呂に入り、部屋の中を暗くする。空っぽの胃袋がぐうと鳴ったけれど、何も食べる気になれなかった。
 布団に潜り込み、外の世界から意識を遮断するように耳を塞ぐ。でも、それが逆に色々と考えてしまうきっかけになって、何度も嗚咽を漏らして泣いた。

 このままじゃ、桜晴が死んでしまう……。
 修学旅行なんて来なければいいのに。
 桜晴が修学旅行に行かなければいいのに。
 でも……そうなったら私は、どうなるのだろうか。
 私の命は桜晴の死の上に成り立っている。彼が修学旅行に行かず、交通事故にも遭わなかったら。
 その時は私が、消えてしまうんだろうか——……。
 桜晴に死んでほしくないと思うのに、今度は自分の命が惜しいと感じてしまう。

「最低だ、私……」

 何が正解で、何が不正解なのか分からない。生きたいと願うことが、同時に誰かの死を願うことになるなんて。
 こんなに苦しい思いをするなら、桜晴のことを知らない方が良かったのかな……。
 心に思ってもいなかったことがふと頭に浮かんで、思い切り振り払う。
 私は、どうすればいいのだろう。
 このまま、桜晴との別れを知りながら、素知らぬふりをして入れ替わりを続ける?
 彼にすべてを打ち明けてしまう?
 打ち明けてどうするの? 自分が死ぬことを知って、いい気分になる人間なんていない。
 だったらやっぱり何も言わないまま、知らないふりをするべきなんだろうか……。

「分からないよ……」

 誰にも正解を求めることはできない。入れ替わりのことは桜晴と共有しているが、今回の件は桜晴にすら相談できない。
 リモコンで部屋の電気を消して、両目をぎゅっと閉じる。眠れる気はしないけれど、これ以上考えるのも無理だった。
 どれくらい覚醒していたのか分からない。
 気がつけば私の意識は溢れ出た涙と共に、枕に沈んで消えていた。