黄昏時の住宅地を歩くのは、僕のいちばんのお気に入りの時間だった。
 こんなことを言えば、また秋真に呆れられてしまうかもしれない。僕だって、本当はもっと普通の、たとえばスポーツや音楽といった精力的な趣味が欲しかった。でも仕方ない。趣味趣向は無理やり決められるものでもないし。

 夕暮れ時の橙色が僕がこれから歩く道を真っ赤に染め上げる。住宅地を抜けると、周りには田園風景が広がっている。東京都某市で暮らす僕にとっては見慣れた光景だ。街の中心部に行けば商業施設なんかもあるが、僕の家の周りは田畑で溢れていた。
 右には田んぼ、左の方は山で囲まれた環境で、僕は夕方の散歩に勤しんだ。名目上は散歩で間違いないのだが、実は別の目的がある。

 自宅から十五分ほど歩いた頃、目の前に現れたのは緑川(みどりかわ)という河川だ。一級河川であるこの川だが、河川敷に好き放題雑草が生えているので、河川敷を散歩する人はあまり見かけない。僕は緑川の橋を渡るのが好きだ。長さにして約五十メートルほどもあって、散歩にはちょうど良い。ただ、僕が緑川の橋を渡るのには別の理由があった。

「『生命橋(せいめいばし)』、久しぶりに来たな」

 緑川に架かる橋——通称『生命橋』は、過去に何度も川の氾濫中に、沈みかけた。だが、沈みかけただけで一度も沈んではいない。この橋の上にいれば命を失わずに済む——そういう噂から、『生命橋』と名付けられたらしい。
 僕はその生命橋の真ん中まで歩き、川の景色を眺めた。自然の多い地域なので、川の流れる音がダイレクトに耳に響く。空気は澄んでいて、学校で味わった嫌な気持ちも少しは紛れた。

「……さて、アレの出番だな」

 少しだけ和んだ気分も、明日になればまたリセットしてしまう。
 高校デビューに失敗して、教室では吃音に悩まされ、未だ仲の良い友達もできない。完全に出遅れてしまった。そして、これからうまいこと起死回生できるようなポテンシャルは、僕の中に持ち合わせていない。
 となれば、僕にやれることは一つだけた。

「入れ替わろう」

 生命橋の真ん中で、はっきりと宣言する。大丈夫。誰にも聞こえてないんだし。ここは今のところ、僕だけの秘密の場所だ。
 僕は、橋の真ん中で両目を瞑り、神経を内側へ集中させる。視界から入ってくる情報を遮断すれば、不思議と今まで聞こえなかった音が聞こえてきた。カラスの鳴く声、川の流れ、虫の声、遠くを走る車のエンジン音。
 そのどれもから意識を遠ざけて、たった一つの願いを心の中で唱えた。
 誰かと僕の人生を入れ替えてください。
 とてもシンプルな願いだ。
 唱えたあと、しばらく目を閉じたままじっとしていた。すると、身体がにょいいいんと引き伸ばされるような不思議な感覚に襲われる。真っ暗だった視界はホワイトアウトし、ふわりと宇宙に放り出されたかのような気がして、気づいたら僕の意識はドロップアウトした。