その日の夜、鳴海家の食卓には豪勢な食事が並んでいた。時刻は午後六時。いつもより早めの食事で、私はどうしようか迷っていた。
桜晴との約束では、夕食はそれぞれの家で食べることにしている。でも今日は——今日だけは、桜晴にこの場を見せたくなかった。
私は、自分で取り決めた約束を破り、食卓に並んだご馳走を食べ始めた。唐揚げにお刺身、ローストビーフ、赤飯。秋真が好きなものがずらりと並んでいる。私は、ローストビーフを一枚掴んで口に運んだ。柔らかく、タレが絡んで美味しい……はずなのに、どこか苦味があるように感じてしまう。
「秋真、よかったわねえ。まさか、三宮高校の監督が見に来てくださってるなんて。今回のスカウト、お母さんもびっくりしたわ」
「ああ、ありがとう。素直に嬉しい」
頬を染めて喜びを隠しきれない母親と、いつになく素直な言葉を口にする秋真。父親は「おかわりぃ」と四杯目の日本酒を飲んでいる。
「さすが、俺の子だ。まさかこんなに早くスカウトが来るとは思わなかったけどな。これで将来は安泰だな!」
「ちょっとあなた、さすがに将来安泰だなんて、そこまでは言いすぎよ。高校でも頑張らなきゃいけないんだから」
「そうけどよお。三宮高校なら三年連続で甲子園行けるだろ。あそこは文句なしの強豪校だからな。プロ選手だって多数輩出してる。もうプロになったも同然だ」
「もう、あなたったら」
母親は酔っ払いの父親を宥めつつも、まんざらでもないというふうに笑っている。きっと、秋真が甲子園常連校にスカウトされたことがたまらなく嬉しいのだろう。
秋真は自分を差し置いて盛り上がる両親に、「二人とも恥ずかしいからやめろって」と口を挟んだ。第三者の私から見ても、ちょっと浮かれすぎではないかと思うくらいだから、秋真のツッコミは正しい。私は内心「はあ」とため息をついた。
秋真はまだ中学二年生だ。この年で高校からスカウトが来たということは本当に快挙だろう。
心底、この場に桜晴がいなくてよかったと思う。私は桜晴が傷つくところを見たくない。
「さあさあ、桜晴、お前も飲め飲め! めでたい日の酒は美味いぞおっ」
「いや、僕まだ未成年だけど」
「俺がお前くらいの頃にはすでに一杯ぐらい飲んでたぞ!」
「ちょ、やめてって」
飲酒を強要してくる父親をやんわりと制し、私は「ごちそうさま」と両手を合わせた。
「あれ、もういいの?」
「うん。ちょっと今日はお腹いっぱいだから」
私はそれだけ言って、自分の部屋へと戻った。背後では陽気な父親が、今度は秋真にまでお酒を勧めていたのだから、始末に追えない。
「ふう……すごい一日だったな」
朝からバタバタと秋真の試合を見に行って、それから強豪校からスカウトまで来た。両親が盛り上がるのも、無理はない、か。
時刻は午後七時。まだ元の世界に戻るのに一時間はある。ノートに今日の出来事を書こうかどうか迷っていた時だ。
「兄ちゃん」
「秋真?」
桜晴の部屋の扉がノックされ、扉の向こうから秋真が現れた。酔っ払いの父親に付き合わされたからか、げんなりした顔をしている。秋真は部屋の中に入ってくると、私の前に座った。
「どうしたの」
まだ、秋真はご飯を食べ終わっていないかと思っていたのに、私と同じように切り上げてきたんだろうか。自分のお祝いなのに? 訝しく思っていると、彼は「あー疲れた!」と声を上げた。
桜晴との約束では、夕食はそれぞれの家で食べることにしている。でも今日は——今日だけは、桜晴にこの場を見せたくなかった。
私は、自分で取り決めた約束を破り、食卓に並んだご馳走を食べ始めた。唐揚げにお刺身、ローストビーフ、赤飯。秋真が好きなものがずらりと並んでいる。私は、ローストビーフを一枚掴んで口に運んだ。柔らかく、タレが絡んで美味しい……はずなのに、どこか苦味があるように感じてしまう。
「秋真、よかったわねえ。まさか、三宮高校の監督が見に来てくださってるなんて。今回のスカウト、お母さんもびっくりしたわ」
「ああ、ありがとう。素直に嬉しい」
頬を染めて喜びを隠しきれない母親と、いつになく素直な言葉を口にする秋真。父親は「おかわりぃ」と四杯目の日本酒を飲んでいる。
「さすが、俺の子だ。まさかこんなに早くスカウトが来るとは思わなかったけどな。これで将来は安泰だな!」
「ちょっとあなた、さすがに将来安泰だなんて、そこまでは言いすぎよ。高校でも頑張らなきゃいけないんだから」
「そうけどよお。三宮高校なら三年連続で甲子園行けるだろ。あそこは文句なしの強豪校だからな。プロ選手だって多数輩出してる。もうプロになったも同然だ」
「もう、あなたったら」
母親は酔っ払いの父親を宥めつつも、まんざらでもないというふうに笑っている。きっと、秋真が甲子園常連校にスカウトされたことがたまらなく嬉しいのだろう。
秋真は自分を差し置いて盛り上がる両親に、「二人とも恥ずかしいからやめろって」と口を挟んだ。第三者の私から見ても、ちょっと浮かれすぎではないかと思うくらいだから、秋真のツッコミは正しい。私は内心「はあ」とため息をついた。
秋真はまだ中学二年生だ。この年で高校からスカウトが来たということは本当に快挙だろう。
心底、この場に桜晴がいなくてよかったと思う。私は桜晴が傷つくところを見たくない。
「さあさあ、桜晴、お前も飲め飲め! めでたい日の酒は美味いぞおっ」
「いや、僕まだ未成年だけど」
「俺がお前くらいの頃にはすでに一杯ぐらい飲んでたぞ!」
「ちょ、やめてって」
飲酒を強要してくる父親をやんわりと制し、私は「ごちそうさま」と両手を合わせた。
「あれ、もういいの?」
「うん。ちょっと今日はお腹いっぱいだから」
私はそれだけ言って、自分の部屋へと戻った。背後では陽気な父親が、今度は秋真にまでお酒を勧めていたのだから、始末に追えない。
「ふう……すごい一日だったな」
朝からバタバタと秋真の試合を見に行って、それから強豪校からスカウトまで来た。両親が盛り上がるのも、無理はない、か。
時刻は午後七時。まだ元の世界に戻るのに一時間はある。ノートに今日の出来事を書こうかどうか迷っていた時だ。
「兄ちゃん」
「秋真?」
桜晴の部屋の扉がノックされ、扉の向こうから秋真が現れた。酔っ払いの父親に付き合わされたからか、げんなりした顔をしている。秋真は部屋の中に入ってくると、私の前に座った。
「どうしたの」
まだ、秋真はご飯を食べ終わっていないかと思っていたのに、私と同じように切り上げてきたんだろうか。自分のお祝いなのに? 訝しく思っていると、彼は「あー疲れた!」と声を上げた。