その日、部屋のノートに桜晴からのメッセージは書かれていなかった。
桜晴は打ち上げの途中まで居酒屋にいたはずだから、部屋に帰ってノートを書く時間がなかったのだ。
翌日、入れ替わりから帰ってきた私は再びノートを開いてみた。
予想通り、桜晴は運動会の日のことを書き残してくれていた。今日は振替休日だったらしい。私は彼が書いたノートの文字を丁寧に目で追った。
『運動会、とてもとても盛り上がりました。
瑛奈のチアは可愛くて、僕もなんとかダンスを一通り終えることができたよ。和湖の方が、大縄跳びで引っかかりまくって涙目になってて、ちょっとおかしかった。結果は赤ブロックが優勝して、一組は大盛り上がり。きみに、あの時の興奮を分けてあげたいくらい、全力で楽しみました。
それから一つ、きみに聞きたいことがあります。
昨日、運動会の開会式で気づいたことです。
きみは、僕より三つ年下なんだね?
きみの生きる世界が二〇二七年だということを、初めて知ったんだ。美雨は気づいてた? 僕の世界が二〇二四年だってこと』
「え、どういうこと?」
きみは、僕より三つ年下なんだね?
衝撃的な一言に、私の身体が凍りつく。
「二〇二四年……?」
過ぎ去った過去の年代がそこに記されていて、私は部屋でそっと呟いた。
二〇二四年と言えば、私が中学一年生の頃だ。その頃私はまともな友達なんて一人もいなくて——……。
思い出したくない過去の記憶が引きずり出されて、ズキン、と頭が痛くなる。
桜晴が生きているのは、二〇二四年の世界、なの……?
確かに今まで、桜晴と入れ替わっている間、年代なんて気にしたことがなかった。まさかずれているなんて思わなかったし、いちいち今が何年かなんて確認する癖もない。学校で配られたプリントには書かれていたこともあったのかもしれないが、それもスルーしてしまっていた。
桜晴の言うことが本当なら、二〇二四年に高校一年生だった彼は、私より三つ年上ということになる。二〇二七年の今は……大学一年生? 大学に、行っていればの話だけど。
同級生だと思っていた彼が、年上の大人だということが分かり、むず痒い感覚に襲われる。とても衝撃的な事実だが、決して嫌な感じはしない。桜晴が本当は同級生じゃないことは確かに少し残念だけど、だからと言って、彼に対する気持ちが変わることはなかった。
「年上かあ」
実は私、高校一年生の今日まで、恋人ができたためしはない。
でも彼氏をつくるなら、勝手に同級生だと思い込んでいた。
「年上の彼氏ね……ふふ」
桜晴と、そういう関係になるわけじゃないのに、むしろそういう関係になるどころか会ったことすらないのに、ドキドキしている自分がいて、必死に妄想を振り払う。
桜晴と入れ替わりが開始してから、こんなことばかりだ。
でも昨日、浅田くんに告白されたことで、余計に彼のことを考えてしまう自分がいた。
「桜晴……会ってみたいな」
叶わぬ夢だと分かっている。
私たちは入れ替わってお互いの生活を知っているけれど、過去のことは何も知らない。知る必要もないと言えばそうだが、好きな人のことならなんだって知りたいと思う。
「そんなことしたら、入れ替わり終わっちゃうからダメかあ」
桜晴の過去のことは、知りたくても知れない。
高校一年生の彼しか分からない。
それでも私は、桜晴に確実に惹かれてしまっていた。
『桜晴へ
運動会お疲れ様でした。瑛奈のチアも、和湖のドジ踏んだ姿も見たかったなあ。
でも私の方も、先週の運動会では応援団で大盛り上がりしたから、十分楽しめたよ!
それに、桜晴がダンスを頑張って覚えてくれたって知って感動しました。運動音痴な私の身体でよく頑張りました。えらいえらい。
それから、年代のこと、正直びっくりしすぎて何て言ったらいいのやら……。
私も、桜晴の世界が二〇二四年だっていうことに、気づきませんでした。
私たち二人ともめっちゃ天然だね? テレビとかあんまり見ないせいかな。ドラマの話が食い違ってたのにも納得だよ。
桜晴が三つ年上だって知って、本当に驚いた。てっきり同級生と思ってたから。
でもね、まったく残念な気持ちにはなってないよ。
むしろ、自分より年上のお兄さんとこうして話してると思うと、ドキドキしちゃう。……なんてね。私は、桜晴が同級生だろうと年上だろうと、変わらず今の関係を続けていけたら嬉しいと思ってる。
これからも、年下の美雨ちゃんのことを、どうぞよろしくお願いします』
文章の最後に、デフォルメした自分に似たキャラクターの絵を描いてみた。重大な事実に気づいて、桜晴の方は混乱しているかもしれないから、少しでも気が紛れるように。あんまり上手とは言えないが、可愛らしく描けたので満足だ。
「明日も、桜晴と会えますように」
入れ替わり中、私は鏡に映る桜晴の顔を見て、彼に会えたような気がしている。最近はどこか表情もウキウキしているように見えるのは、気のせいだろうか。
私はベッドに入り、年上の彼のことを考えながら眠りについた。
桜晴は打ち上げの途中まで居酒屋にいたはずだから、部屋に帰ってノートを書く時間がなかったのだ。
翌日、入れ替わりから帰ってきた私は再びノートを開いてみた。
予想通り、桜晴は運動会の日のことを書き残してくれていた。今日は振替休日だったらしい。私は彼が書いたノートの文字を丁寧に目で追った。
『運動会、とてもとても盛り上がりました。
瑛奈のチアは可愛くて、僕もなんとかダンスを一通り終えることができたよ。和湖の方が、大縄跳びで引っかかりまくって涙目になってて、ちょっとおかしかった。結果は赤ブロックが優勝して、一組は大盛り上がり。きみに、あの時の興奮を分けてあげたいくらい、全力で楽しみました。
それから一つ、きみに聞きたいことがあります。
昨日、運動会の開会式で気づいたことです。
きみは、僕より三つ年下なんだね?
きみの生きる世界が二〇二七年だということを、初めて知ったんだ。美雨は気づいてた? 僕の世界が二〇二四年だってこと』
「え、どういうこと?」
きみは、僕より三つ年下なんだね?
衝撃的な一言に、私の身体が凍りつく。
「二〇二四年……?」
過ぎ去った過去の年代がそこに記されていて、私は部屋でそっと呟いた。
二〇二四年と言えば、私が中学一年生の頃だ。その頃私はまともな友達なんて一人もいなくて——……。
思い出したくない過去の記憶が引きずり出されて、ズキン、と頭が痛くなる。
桜晴が生きているのは、二〇二四年の世界、なの……?
確かに今まで、桜晴と入れ替わっている間、年代なんて気にしたことがなかった。まさかずれているなんて思わなかったし、いちいち今が何年かなんて確認する癖もない。学校で配られたプリントには書かれていたこともあったのかもしれないが、それもスルーしてしまっていた。
桜晴の言うことが本当なら、二〇二四年に高校一年生だった彼は、私より三つ年上ということになる。二〇二七年の今は……大学一年生? 大学に、行っていればの話だけど。
同級生だと思っていた彼が、年上の大人だということが分かり、むず痒い感覚に襲われる。とても衝撃的な事実だが、決して嫌な感じはしない。桜晴が本当は同級生じゃないことは確かに少し残念だけど、だからと言って、彼に対する気持ちが変わることはなかった。
「年上かあ」
実は私、高校一年生の今日まで、恋人ができたためしはない。
でも彼氏をつくるなら、勝手に同級生だと思い込んでいた。
「年上の彼氏ね……ふふ」
桜晴と、そういう関係になるわけじゃないのに、むしろそういう関係になるどころか会ったことすらないのに、ドキドキしている自分がいて、必死に妄想を振り払う。
桜晴と入れ替わりが開始してから、こんなことばかりだ。
でも昨日、浅田くんに告白されたことで、余計に彼のことを考えてしまう自分がいた。
「桜晴……会ってみたいな」
叶わぬ夢だと分かっている。
私たちは入れ替わってお互いの生活を知っているけれど、過去のことは何も知らない。知る必要もないと言えばそうだが、好きな人のことならなんだって知りたいと思う。
「そんなことしたら、入れ替わり終わっちゃうからダメかあ」
桜晴の過去のことは、知りたくても知れない。
高校一年生の彼しか分からない。
それでも私は、桜晴に確実に惹かれてしまっていた。
『桜晴へ
運動会お疲れ様でした。瑛奈のチアも、和湖のドジ踏んだ姿も見たかったなあ。
でも私の方も、先週の運動会では応援団で大盛り上がりしたから、十分楽しめたよ!
それに、桜晴がダンスを頑張って覚えてくれたって知って感動しました。運動音痴な私の身体でよく頑張りました。えらいえらい。
それから、年代のこと、正直びっくりしすぎて何て言ったらいいのやら……。
私も、桜晴の世界が二〇二四年だっていうことに、気づきませんでした。
私たち二人ともめっちゃ天然だね? テレビとかあんまり見ないせいかな。ドラマの話が食い違ってたのにも納得だよ。
桜晴が三つ年上だって知って、本当に驚いた。てっきり同級生と思ってたから。
でもね、まったく残念な気持ちにはなってないよ。
むしろ、自分より年上のお兄さんとこうして話してると思うと、ドキドキしちゃう。……なんてね。私は、桜晴が同級生だろうと年上だろうと、変わらず今の関係を続けていけたら嬉しいと思ってる。
これからも、年下の美雨ちゃんのことを、どうぞよろしくお願いします』
文章の最後に、デフォルメした自分に似たキャラクターの絵を描いてみた。重大な事実に気づいて、桜晴の方は混乱しているかもしれないから、少しでも気が紛れるように。あんまり上手とは言えないが、可愛らしく描けたので満足だ。
「明日も、桜晴と会えますように」
入れ替わり中、私は鏡に映る桜晴の顔を見て、彼に会えたような気がしている。最近はどこか表情もウキウキしているように見えるのは、気のせいだろうか。
私はベッドに入り、年上の彼のことを考えながら眠りについた。