午後八時、私は気がつくと見慣れない居酒屋の大部屋で、瑛奈と和湖の隣に座っていた。
 目の前には食べかけのシーザーサラダとフライドポテトが大皿に余っていて、クラスのムードメーカーの赤司(あかし)くんが、おしぼりをマイク代わりにして流行りのポップスを大声で歌っていた。みんな、手拍子をしてノリノリで聞いている。正直全然歌が上手くなくて、お腹を抱えて笑い転げている人も何人もいた。突然目の前で繰り広げられるクラスの和気藹々とした空気に、ついていくのに必死だった。

「美雨も歌いなよ〜」

「ええ!?」

 酔っ払いでもしているような口ぶりで、瑛奈が私に身体を預けながら猫撫で声を出す。そうか、瑛奈の隣にいるのは確か、中学の時から片想いをしている浅田(あさだ)くんだ。まだ彼のこと好きなのか分からないけれど、本当は彼と話したいんだろうなっていうオーラが見え見えだった。

「しゃーないなあ。じゃあ、私が歌うから美雨も一緒にどうぞ!」

「ううっ」

 酔っ払いの瑛奈に乗せられて、私は瑛奈の好きなバンドの曲を歌うことになった。しかも私が知らない曲。なんとかノリでごまかしつつ、心臓は終始ばくばくだった。
 それにしても、すごい盛り上がりだ。一年一組でこんなに盛り上がる瞬間を見たのは初めて。桜晴と入れ替わってからというもの、自分の学校での思い出が希薄になっているのが少々難点だった。でもそれ以上に、入れ替わりという稀有な体験をさせてもらっているのだから、文句は言えない。

 それに……。
 私はみんなの顔を見回しながら、入れ替わりが始まる前の、五月の出来事を思い出す。
 運動音痴な私は、きっとダンスでも迷惑かけっぱなしだっただろう。
 桜晴には悪いが、自分がこのクラスで運動会に参加しなくて良かったとほっとしている。
 私はとても、弱い人間だ。