図書館に行ったり、母親と海に行ったり、美雨としての夏休みはそれなりに充実した日々を送った。現実世界で僕は夏も家に閉じこもって小説を書いてばかりだったので、こんなふうにアクティブに動き回ったのは久しぶりだ。案外、外の世界もいいかもしれない。夏の日差しは容赦なく肌を突き刺してくるけれど、本州に比べると、北海道の夏はかなり涼しかった。それでも夏が終わる頃には、僕は美雨の身体で少し日焼けをしていて、ノートで美雨に小言を言われた。
九月になると、美雨の高校では秋の運動会の練習が始まった。僕の都立西が丘高校も、確か十月に運動会があるというので、美雨の方も『運動会だね』とノートに綴っていた。
僕たちは一年生なので、各高校で運動会までの練習がどんなふうに進むのか知らない。お互いのノートで、『今日は競技選手決めだった』とか、『応援合戦を練習した』とか、こまめに報告をし合う。大体やることは同じなんだけど、美雨はしきりに『九月なのに暑すぎ!』と文句を言ってきた。まあ確かに、本州の九月なんてまだ夏みたいなもんだ。北海道が涼しすぎる。彼女がノートに向かってぷりぷり怒っている姿を想像するのも、僕は楽しかった。
『そういえば、江川くんと一緒に応援団に入ったよー。練習、楽しいね! 身体がめちゃくちゃよく動くんだもん』
「応援団!?」
彼女の言葉に、僕は度肝を抜かされる。
応援団といえば、応援合戦の時に会場の真ん中で舞を踊る人たちのことだよな……。
僕も高校の運動会は初めてだが、応援団というのは周囲の噂で知っていた。現に、美瑛東高校でも応援団が募られ、クラスの目立つ男子たちが立候補している。女子の方はチアリーディングがあり、こちらもダンスが好きな女子が参加していた。
それにしても、僕が応援団なんて、ありえない。
僕は運動神経がいい方ではない。そりゃ、美雨に比べたらまだ動ける方だと思うけれど、応援団みたいな細やかな動きで舞うことが向いているとは思えない。
それでも美雨は、練習が楽しいと言う。
美雨にとっては、僕みたいな運動能力でも「よく動ける」方に入るのだろう。僕も、数ヶ月間美雨の身体に入っていることで、彼女がどれだけ運動が苦手かというのは理解している。だから、僕と入れ替わって運動の喜びを感じているのなら、まあ嬉しいことではあった。
それにしても、吃音が治ったといい、成績が急に伸びたといい、運動会で応援団をするといい、クラスのみんなは僕のことを今どう思っているのだろうか。昼間、自分の学校に行くことがないから分からない。でも時々、午後八時に自分の身体に戻った後、江川くんからメッセージが来ていることがあった。
彼は僕に、「今度メシ行こうぜ」とか、「一緒にテスト勉強しないか?」とか、気軽に誘ってくれていた。まさか、人気者の彼がわざわざ僕に声をかけてくれるとは思っておらず、僕はいつも返信に迷っていた。美雨がどれだけ昼間学校で彼と良い関係性を築いているのかよく分かる。僕はしばらく考えた後、彼からの誘いに乗るようにした。
その約束も、全て美雨が僕として遂行することになるのだけれど、僕は満足だった。
美雨が、この関係をつくってくれたんだ。本当に彼女には頭が下がる思いだ。僕は彼女を前にしたら、きっと彼女のことを直視できない。それくらい、彼女の残した功績は大きかった。
九月になると、美雨の高校では秋の運動会の練習が始まった。僕の都立西が丘高校も、確か十月に運動会があるというので、美雨の方も『運動会だね』とノートに綴っていた。
僕たちは一年生なので、各高校で運動会までの練習がどんなふうに進むのか知らない。お互いのノートで、『今日は競技選手決めだった』とか、『応援合戦を練習した』とか、こまめに報告をし合う。大体やることは同じなんだけど、美雨はしきりに『九月なのに暑すぎ!』と文句を言ってきた。まあ確かに、本州の九月なんてまだ夏みたいなもんだ。北海道が涼しすぎる。彼女がノートに向かってぷりぷり怒っている姿を想像するのも、僕は楽しかった。
『そういえば、江川くんと一緒に応援団に入ったよー。練習、楽しいね! 身体がめちゃくちゃよく動くんだもん』
「応援団!?」
彼女の言葉に、僕は度肝を抜かされる。
応援団といえば、応援合戦の時に会場の真ん中で舞を踊る人たちのことだよな……。
僕も高校の運動会は初めてだが、応援団というのは周囲の噂で知っていた。現に、美瑛東高校でも応援団が募られ、クラスの目立つ男子たちが立候補している。女子の方はチアリーディングがあり、こちらもダンスが好きな女子が参加していた。
それにしても、僕が応援団なんて、ありえない。
僕は運動神経がいい方ではない。そりゃ、美雨に比べたらまだ動ける方だと思うけれど、応援団みたいな細やかな動きで舞うことが向いているとは思えない。
それでも美雨は、練習が楽しいと言う。
美雨にとっては、僕みたいな運動能力でも「よく動ける」方に入るのだろう。僕も、数ヶ月間美雨の身体に入っていることで、彼女がどれだけ運動が苦手かというのは理解している。だから、僕と入れ替わって運動の喜びを感じているのなら、まあ嬉しいことではあった。
それにしても、吃音が治ったといい、成績が急に伸びたといい、運動会で応援団をするといい、クラスのみんなは僕のことを今どう思っているのだろうか。昼間、自分の学校に行くことがないから分からない。でも時々、午後八時に自分の身体に戻った後、江川くんからメッセージが来ていることがあった。
彼は僕に、「今度メシ行こうぜ」とか、「一緒にテスト勉強しないか?」とか、気軽に誘ってくれていた。まさか、人気者の彼がわざわざ僕に声をかけてくれるとは思っておらず、僕はいつも返信に迷っていた。美雨がどれだけ昼間学校で彼と良い関係性を築いているのかよく分かる。僕はしばらく考えた後、彼からの誘いに乗るようにした。
その約束も、全て美雨が僕として遂行することになるのだけれど、僕は満足だった。
美雨が、この関係をつくってくれたんだ。本当に彼女には頭が下がる思いだ。僕は彼女を前にしたら、きっと彼女のことを直視できない。それくらい、彼女の残した功績は大きかった。