入れ替わってから二回目の登校の日がやってきた。私は昨日の成功体験のおかげで、かなり自信を持って都立西が丘高校の正門をくぐる。桜晴のクラスは一年二組。ついいつもの癖で「一年一組」の札が掲げられた教室に入りそうになるが、すんでのところで踏みとどまった。そうだ、私は桜晴、一年二組の生徒だ。
 二組の教室に入ると、江川くんが数人の男子と楽しそうに会話をしていた。彼はいつも、グループの真ん中で爽やかに笑っているのだろう。

「みんな、おはよう」

 数人の男子が一斉に振り返る。みんなが戸惑いの色を浮かべているのは、昨日とさほど変わらない。ただ、真ん中にいた江川くんだけは、「よう」と笑顔で返してくれた。

「今日もよろしく」

 私は、「今日もたくさん学校のことを教えて欲しい」という意味で言ったのだが、江川くんは何をよろしくされているのか分からなかったんだろう。小首をかしげながら、「お、おう」と頷いた。

「あいつ、なんか昨日から変じゃね?」

「だよな。急に吃らなくなったし。そもそも自分から誰かに話しかけるようなやつだったっけ?」

「まったく。何があったんだ」

「テストで悪い点とりすぎて、頭おかしくなっちまったんじゃないか?」

 ふはは、という男子たちの笑い声がして、私の心臓がドクンと跳ねた。
 聞こえてきた会話の中で、江川くんの声だけ入っていなかったのが、唯一の心の救いだ。
 それにしても、桜晴って、吃音持ちなのか。
 一昨日見た夢がフラッシュバックする。
 夢の中で、彼は国語の音読の際に吃っていた。夢だからそこまで本気にしてはいなかったが、まさか本当に彼が吃音持ちだなんて。だとすればあの夢は一体……。
 何か重要なメッセージが隠されているような気がしたが、所詮夢だ。
 たまたま桜晴に抱いたイメージが、私に夢を見せただけ。吃音持ちが真実だったのは偶然だよ、偶然。
 彼の身体に入っても、私が吃ることはない。あまりよく知らないけれど、吃音は精神的なものが原因なんだろう。だから、私という精神が身体に入り込んだ桜晴は、吃音の症状が出ないのだ。
 なるほど……。
 入れ替わっても、頭の良さまでその人になるわけではないのと同じように、精神的なものが原因で出ていた症状まで、引き継ぐわけではないということか。

 だとすれば、私の身体に入っている桜晴の方はどうなのだろうか。
 入れ替わった先で、吃音は発症しているのかな。もしそうなら瑛奈も和湖も心配するだろうな。それとも、入れ替われば精神的なストレスから解放されて、吃音もなくなるのかもしれない。その方がいい。桜晴には気持ちよく、日々を過ごしてほしいから。

 ……て、私、どうして桜晴に対してそんなふうに思うんだろう。
 会ったこともない男の子のことを、これほど気にかけてしまうなんて。やっぱりあんな夢を見てしまったせいだろうか。もし夢の通りなら、桜晴は中学でかなり辛い思いをしていたに違いない。そもそも誰かと入れ替わりたいって願ったってことは、私生活に不満があるからで——そこまで考えたところで、私は一度思考を止めた。
 あまり想像で考えすぎるのは良くない。
 勝手なイメージが人を傷つけることを一番よく知っているのは、私じゃないか。
 私は桜晴のことを、ちゃんと彼自身の言葉を通して知っていきたい。
 たとえ、彼と顔を合わせることがないのだとしても。