昔の話を思い出していると、お腹がくう、と鳴っていることに気づく。
彼の家ではいつも午後七時ごろに夕食を食べるようだが、うちはお母さんが帰ってから、八時半ごろに食べる。今日はあえて、桜晴の家で食べてこなかった。私が桜晴として晩ご飯を食べたら、桜晴の食べる分がなくなってしまう。それに私は、お母さんと一緒にご飯を食べたかった。
私はノートに、『夕飯は、お互いの家で食べましょう』と追記した。
「いろいろ細かいこと決めないといけないんだな」
人間がそっくりそのまま入れ替わるのだ。そりゃ、適当な決め事ではいけない。
「お母さん、おかえり」
二階の部屋から一階のリビングへと降りると、母はスーパーで買ってきた食材を冷蔵庫に入れている最中だった。
「ただいま。もうお腹空いたの?」
「うん、ぺっこぺこ」
「そう。ちょっと待っててね。すぐ作るから」
「はーい」
私は威勢よく返事をしながら、お母さんの隣で台所に立ち、晩ご飯の下拵えの準備をした。今日のご飯はハンバーグらしい。小さい頃から大好きだったメニューなので、挽肉をこねながら、ずっとお腹が鳴りっぱなしだった。そんな私の様子に、母はくすくすと笑う。
この様子だと、朝桜晴と入れ替わっていた私に、疑問を抱かなかったんだろう。
桜晴はなかなか上手く母と会話ができたようだ。私も、向こうの家族とはそれなりに上手くやれていると思う。
桜晴の母親はうちの母親と似ていて、話しやすい人だ。弟の秋真はゲームばかりしているようだが、学校では成績がいいらしい。野球が趣味で、父親が秋真のことをプロ野球選手にしようと意気込んでいる。父親は、一介のサラリーマンだが、元々はプロ野球選手を目指していたそうだ。自分の夢を、次男に託したというわけだ。
桜晴の立ち位置は、あの家族の中ではしっかり者の長男——ではなく、ちょっと見離せない息子、という感じかな。まだはっきりとは分からないけれど、なんとなく、両親は秋真の方に肩入れしている気がする。まだ彼らと出会って二日しか経っていない私でもそう感じるのだから、桜晴自身はより深く、弟と自分に対する親の接し方の違いに気づいているだろう。
ちょっぴり切ない気持ちに襲われながら、成形したハンバーグをフライパンに並べる。あとはお母さんが焦げ目がつくまで焼いてくれた。私はお箸とお皿を準備して食卓についた。
「いただきます」
母と二人で食べるご飯を、寂しくないと感じたのはいつからだっただろか。
お父さんを亡くして女二人きりになったこの家は、いつの間にか大黒柱の不在を受け入れるように変化しているように思える。
肉汁が溢れるハンバーグを咀嚼しながら、私は今後の生活に思いを馳せた。
明日も桜晴との入れ替わりの時間が続く。
もっと彼のことを知って、この時間を楽しみたい。
戸惑うことばかりだと思っていた入れ替わりが、ほのかな楽しみになっていることが、とても不思議だった。
彼の家ではいつも午後七時ごろに夕食を食べるようだが、うちはお母さんが帰ってから、八時半ごろに食べる。今日はあえて、桜晴の家で食べてこなかった。私が桜晴として晩ご飯を食べたら、桜晴の食べる分がなくなってしまう。それに私は、お母さんと一緒にご飯を食べたかった。
私はノートに、『夕飯は、お互いの家で食べましょう』と追記した。
「いろいろ細かいこと決めないといけないんだな」
人間がそっくりそのまま入れ替わるのだ。そりゃ、適当な決め事ではいけない。
「お母さん、おかえり」
二階の部屋から一階のリビングへと降りると、母はスーパーで買ってきた食材を冷蔵庫に入れている最中だった。
「ただいま。もうお腹空いたの?」
「うん、ぺっこぺこ」
「そう。ちょっと待っててね。すぐ作るから」
「はーい」
私は威勢よく返事をしながら、お母さんの隣で台所に立ち、晩ご飯の下拵えの準備をした。今日のご飯はハンバーグらしい。小さい頃から大好きだったメニューなので、挽肉をこねながら、ずっとお腹が鳴りっぱなしだった。そんな私の様子に、母はくすくすと笑う。
この様子だと、朝桜晴と入れ替わっていた私に、疑問を抱かなかったんだろう。
桜晴はなかなか上手く母と会話ができたようだ。私も、向こうの家族とはそれなりに上手くやれていると思う。
桜晴の母親はうちの母親と似ていて、話しやすい人だ。弟の秋真はゲームばかりしているようだが、学校では成績がいいらしい。野球が趣味で、父親が秋真のことをプロ野球選手にしようと意気込んでいる。父親は、一介のサラリーマンだが、元々はプロ野球選手を目指していたそうだ。自分の夢を、次男に託したというわけだ。
桜晴の立ち位置は、あの家族の中ではしっかり者の長男——ではなく、ちょっと見離せない息子、という感じかな。まだはっきりとは分からないけれど、なんとなく、両親は秋真の方に肩入れしている気がする。まだ彼らと出会って二日しか経っていない私でもそう感じるのだから、桜晴自身はより深く、弟と自分に対する親の接し方の違いに気づいているだろう。
ちょっぴり切ない気持ちに襲われながら、成形したハンバーグをフライパンに並べる。あとはお母さんが焦げ目がつくまで焼いてくれた。私はお箸とお皿を準備して食卓についた。
「いただきます」
母と二人で食べるご飯を、寂しくないと感じたのはいつからだっただろか。
お父さんを亡くして女二人きりになったこの家は、いつの間にか大黒柱の不在を受け入れるように変化しているように思える。
肉汁が溢れるハンバーグを咀嚼しながら、私は今後の生活に思いを馳せた。
明日も桜晴との入れ替わりの時間が続く。
もっと彼のことを知って、この時間を楽しみたい。
戸惑うことばかりだと思っていた入れ替わりが、ほのかな楽しみになっていることが、とても不思議だった。