「ふう〜こんなもんか」

 初めて彼にメッセージを残すにしてはちょっと馴れ馴れしいかなとも思ったけれど、まあもう身体を入れ替えた仲だし、いっか! と楽観的に考える。
 桜晴、なんて返してくるだろう。
 もうすでに、彼とこのノートでやりとりをすることを楽しみにしている自分がいた。 
 桜晴とは、なんだか昔から知り合いだったような不思議な感覚がしている。本当に、なんでだろう。住んでる場所も、性別も違うのに変だ。でも、入れ替わった相手が桜晴じゃなかったら、こんなふうにすぐに入れ替わりを受け入れようと思えなかった気がする。

「もしかして、こういうのをソウルメイトっていうのかな」

 なんて、漫画の読みすぎで膨らんでいく妄想を、頭の中で打ち消す。
 今日は学校で、あまりにも刺激が多い一日を送った。
 ノートに書いたように、江川真斗くんと友達になれたのが一番のハイライト。彼とは以前から会話を交わすことはあったようだが、それほど仲良しということもなかったらしい。なにせ、彼は明るく朗らかなクラスの中心人物で、いろんな人とまんべんなく仲良くするタイプだったから。ふふ、一日でここまで彼のことを知れたのは我ながらあっぱれ、って感じがする。ちょっと自画自賛しすぎか。
 私と江川くんが話していると、女の子たちや他の男の子たちがとても驚いた顔をしていた。その様子からも、普段桜晴が彼と積極的に話すタイプではないと分かった。
 試しに女の子の一人にも話しかけてみたけれど、その子、あまりにびっくりして腰を抜かしちゃった。この様子だと、桜晴は女の子ともまったく話をしないらしい。私はいたずらをしているピエロのような気持ちになって、いろんな人に明るく笑って少しずつ話しかけた。
 みんなのドギマギした反応を見るに、桜晴、絶対モテない! って分かって、おかしかった。なんなら私が、彼をモテモテ男子にしてやろうかな、とまで考えたけど、さすがにそこまでしたら本人から恨まれそうなのでやめておく。
 ……と、こんな感じで、私は入れ替わり一日目をそれなりに楽しんで送ることができた。
 桜晴の方はどうだったんだろう。
 瑛奈と和湖とはちゃんと話せただろうか。
 いつも三人で行動してるから、きっと昨日だって二人は私に話しかけてくれただろう。桜晴はどう対応したんだろうか。入れ替わりは何度目かになるって書いてあったけど、初対面の人と話すのは緊張するだろう。瑛奈はグイグイ話を進めるし、和湖はおっとり天然マイペースなところがあるからなあ……。二人の独特なペースに乗るには、長年の知恵が必要だ。
 でも私は、二人が中学の頃から仲良くしてくれることに感謝している。
 私の身体の事情も知ってくれているから、安心して仲良くすることができている。

「桜晴に、二人があのことを言わなければいいんだけど……」

 一つ懸念があるとすればそこだ。
 私の過去について、桜晴が知ってしまうのは始末が悪い。
 ただ、私の口から過去の話をするのと、友達が打ち明けるのでは、少々話が違ってくる。前者は確実にアウトだとして、後者はどうなんだろう。
 もし瑛奈たちがあのことについて桜晴に話してしまったとしても、入れ替わりが強制終了することはないのかもしれない。 
 でも、少なくとも出会ってばかりの人に、第三者の口を通して知られたい話ではない。

「まあ、桜晴とは、出会ってないんだけどね」

 身体が入れ替わっているので、私たちは直接顔を合わせることがない。それでも私は、彼という人間を知ってしまったから、もう友達みたいな感覚に陥っている。本当に不思議な感じがするが、桜晴とは仲良くしたいと思う。 
 たとえノートでしかやりとりができないのだとしても。
 私の過去を打ち明けるのは、私じゃないとだめだ。
 色々考えているうちに、瞼が重くなってきた。ただいま、とお母さんが仕事から帰ってきたのが分かり、私はほっとする。
 私の母はシングルマザーだ。
 お父さんは、私が五歳の時に病気で亡くなった。それなりに自我が芽生え始めた年齢だったので、もちろんお父さんのことはしっかりと記憶に残っている。
 どちらかと言えば大人しい性格をしたお母さんとは違い、お父さんはアクティブな遊びを好む、元気な人だった。
 休日に遊園地や水族館に何度も連れて行ってくれたのを思い出すと、今でも胸が熱くなる。病気が進行してからは外に遊びに行けなくなってしまったが、病院に行くと、いつもYouTubeで「旅人チャンネル」という旅行動画を見ていた。

「元気になったら、みんなで旅行に行こう」

 病床の父の口癖はいつもそれで、本当に父が病気なのか、疑わしく思ったぐらいだ。

「お父さんはね、お母さんと美雨に、楽しく笑ってほしいんだって」

 お父さんのお見舞いから帰宅したあと、二人きりの家の中でお母さんは何度も私にそう言い聞かせた。

「だから辛いときも、無理して笑ってるの。美雨も、お父さんに笑いかけてあげて」

 お母さんが語るお父さんの気持ちは、幼い私には気づけなかったことだ。
 それ以来私は、お父さんといる時は常に笑顔でいるようにした。
 お父さんは笑顔が似合う人だった。笑うと目尻にくしゃりとシワが寄って、目が一直線になる。私はお母さん似だから、お父さんと顔は違っていたけれど、お父さんの柔和な笑い顔が大好きだった。
 だから、お父さんが亡くなった時にはこれ以上ないくらい泣いた。
 お母さんも、静かに涙を流し、私をずっと抱きしめてくれていた。
 きっと一番辛かったのはお母さんのはずだ。
 まだ年端もいかない娘と二人ぼっちにさせられて、私がお母さんの立場だったら不安で仕方ないだろう。
 それでもお母さんは、お父さんの葬儀が終わると、すぐにしゃんとして仕事を始めた。
 朝九時から夜八時まで、みっちり一日中働くお母さんは、何か決意に満ちた瞳をしていて。私もお母さんみたいに、凛とした格好良い女性になりたいと思った。