手のひらの中でざらりとした感触をした再生紙が擦れる。くしゃ、という音を聞いて、無意識のうちに紙の端っこを握りしめていることに気づいた。
「国語五十八点、数学I四十二点、英語六十四点、化学三十九点、現代社会六十七点……嘘だろ」
担任から配られた「一学期中間テストの成績」が書かれた紙を見て、僕は震えが止まらない。
えっと……。
これ、本当に僕の成績の結果?
いやいや、ちょっと待って。
だって、高校生になって初めてのテストだから頑張らなきゃって意気込んで、毎日八時間勉強したよ? 中学校では中間くらいの成績にいた僕だけど、高校では絶対に上位をキープしてやるんだって、人生でいちばん頑張った自信がある。
それなのに、この悲惨な点数の羅列はなんだ。
「うわー江川くん、学年二位!? すごーい。スポーツ推薦って聞いたけど、頭もいいんだね」
「いや、これたまたまだって。陸上で鍛えた精神力で何とかなった、的な?」
「いやいや、たまたまなわけないじゃん! 努力したんでしょ。すごいよ、私、そういうの憧れるっ」
周辺の席でクラスの女子たちが華やぐ声が、いやでも耳に入る。話題の中心にいる江川真斗はまんざらでもない様子で白い歯を見せて笑っている。
「全然すごくないよ。頑張れば誰でもできるって」
「それ、このクラス全員に対する嫌味になっちゃうよ〜」
一人の女子が冗談っぽく笑うが、僕の胸には彼女の冗談が鋭い刃となってグサリと刺さる。
ああ、僕はなんて情けないんだろう。
江川くんに比べたら、僕の点数なんてゴミみたいなもんだ。小・中学校と軒並み平均的な成績しか取れなかった僕だが、憧れだった都立西が丘高校に入学してからというもの、高校では勉強を頑張ろうと一念発起した。朝から晩まで勉強をするのは辛かったけど、部活に入っていないこともあり、それなりに集中して勉強ができた。
そして初めて行われた一年生一学期の中間テストの結果を、手のひらの中で握りつぶしている——。
一体いつ、自分がこんなことをすると想像できただろうか。
隣できらきらとしたオーラを放つ江川くんが眩し過ぎて、僕はさっと彼らから目を逸らした。陸上部で成績優秀、性格も明るくて入学した途端にクラスの人気者となった彼に、僕は何一つ上回ることができない。
本当は僕も、彼のような高校デビューを果たしたかったんだけどな……。
もっとも、彼がいわゆる“高校デビュー”かどうかは定かではない。というか多分、中学の頃からクラスの中心にいたんだろう。ジメジメとした梅雨の時期が似合うような僕とはわけが違う。
「あれ、どうした鳴海。気分でも悪いのか?」
机の上で突っ伏して項垂れていた僕を、「体調不良のクラスメイト」だと判断した江川くんが気にかけてくれる。そのまっすぐな優しささえ、今の僕には痛かった。
「ち、ちがうよ。ちょちょちょっと、目の前がくらっとした……だけ」
口から出て来た言葉はいつも以上に吃っていて、僕は全身から血の気が引いていくのが分かった。
また……だ。
またやってしまった。
江川くんが驚いた表情を僕に向ける。僕は彼からさっと目を逸らす。
吃音。三年前、中学校に入学してから発症した病気だ。本来であれば吃音は幼少期に発症する人がほとんどを占めるのだが、僕のように稀に十代になってから発症する人もいるらしい。
僕の場合、発話するたびに吃りが出るわけではない。適当な相槌や、自分にとって取るに足らない話をする時には吃らないこともある。でも、他人からの関心を少しでも感じると、たちまち吃ってしまうのだ。
「お大事に、な」
江川くんはこれ以上僕と話すのが気まずかったのか、ばつが悪そうにこめかみを掻いた。エナメル鞄を背負い、先ほどまで話していた女子に「部活に行ってくるわ」と手を振る。女子たちは「頑張ってねー!」と黄色い声で彼を見送った。
彼は本当に、友達から愛されているんだな……。
大事な局面で吃ったり、しどろもどろになってしまう僕とは訳が違う。自分の意見をはっきり言うし、勉強もスポーツも人より優れている。僕と彼は生きる世界が違いすぎる。
僕は、江川くんが出ていった後に、そっと教室を後にした。
鞄にしまった成績表はくしゃくしゃのまま。母親に見られる瞬間のことを思うと、胃がキリキリと痛かった。
「国語五十八点、数学I四十二点、英語六十四点、化学三十九点、現代社会六十七点……嘘だろ」
担任から配られた「一学期中間テストの成績」が書かれた紙を見て、僕は震えが止まらない。
えっと……。
これ、本当に僕の成績の結果?
いやいや、ちょっと待って。
だって、高校生になって初めてのテストだから頑張らなきゃって意気込んで、毎日八時間勉強したよ? 中学校では中間くらいの成績にいた僕だけど、高校では絶対に上位をキープしてやるんだって、人生でいちばん頑張った自信がある。
それなのに、この悲惨な点数の羅列はなんだ。
「うわー江川くん、学年二位!? すごーい。スポーツ推薦って聞いたけど、頭もいいんだね」
「いや、これたまたまだって。陸上で鍛えた精神力で何とかなった、的な?」
「いやいや、たまたまなわけないじゃん! 努力したんでしょ。すごいよ、私、そういうの憧れるっ」
周辺の席でクラスの女子たちが華やぐ声が、いやでも耳に入る。話題の中心にいる江川真斗はまんざらでもない様子で白い歯を見せて笑っている。
「全然すごくないよ。頑張れば誰でもできるって」
「それ、このクラス全員に対する嫌味になっちゃうよ〜」
一人の女子が冗談っぽく笑うが、僕の胸には彼女の冗談が鋭い刃となってグサリと刺さる。
ああ、僕はなんて情けないんだろう。
江川くんに比べたら、僕の点数なんてゴミみたいなもんだ。小・中学校と軒並み平均的な成績しか取れなかった僕だが、憧れだった都立西が丘高校に入学してからというもの、高校では勉強を頑張ろうと一念発起した。朝から晩まで勉強をするのは辛かったけど、部活に入っていないこともあり、それなりに集中して勉強ができた。
そして初めて行われた一年生一学期の中間テストの結果を、手のひらの中で握りつぶしている——。
一体いつ、自分がこんなことをすると想像できただろうか。
隣できらきらとしたオーラを放つ江川くんが眩し過ぎて、僕はさっと彼らから目を逸らした。陸上部で成績優秀、性格も明るくて入学した途端にクラスの人気者となった彼に、僕は何一つ上回ることができない。
本当は僕も、彼のような高校デビューを果たしたかったんだけどな……。
もっとも、彼がいわゆる“高校デビュー”かどうかは定かではない。というか多分、中学の頃からクラスの中心にいたんだろう。ジメジメとした梅雨の時期が似合うような僕とはわけが違う。
「あれ、どうした鳴海。気分でも悪いのか?」
机の上で突っ伏して項垂れていた僕を、「体調不良のクラスメイト」だと判断した江川くんが気にかけてくれる。そのまっすぐな優しささえ、今の僕には痛かった。
「ち、ちがうよ。ちょちょちょっと、目の前がくらっとした……だけ」
口から出て来た言葉はいつも以上に吃っていて、僕は全身から血の気が引いていくのが分かった。
また……だ。
またやってしまった。
江川くんが驚いた表情を僕に向ける。僕は彼からさっと目を逸らす。
吃音。三年前、中学校に入学してから発症した病気だ。本来であれば吃音は幼少期に発症する人がほとんどを占めるのだが、僕のように稀に十代になってから発症する人もいるらしい。
僕の場合、発話するたびに吃りが出るわけではない。適当な相槌や、自分にとって取るに足らない話をする時には吃らないこともある。でも、他人からの関心を少しでも感じると、たちまち吃ってしまうのだ。
「お大事に、な」
江川くんはこれ以上僕と話すのが気まずかったのか、ばつが悪そうにこめかみを掻いた。エナメル鞄を背負い、先ほどまで話していた女子に「部活に行ってくるわ」と手を振る。女子たちは「頑張ってねー!」と黄色い声で彼を見送った。
彼は本当に、友達から愛されているんだな……。
大事な局面で吃ったり、しどろもどろになってしまう僕とは訳が違う。自分の意見をはっきり言うし、勉強もスポーツも人より優れている。僕と彼は生きる世界が違いすぎる。
僕は、江川くんが出ていった後に、そっと教室を後にした。
鞄にしまった成績表はくしゃくしゃのまま。母親に見られる瞬間のことを思うと、胃がキリキリと痛かった。