その日は一日、有坂美雨という女子生徒になりきるのに必死だった。
どうやら彼女は成績が良いらしく、授業中に先生たちは積極的に僕を当ててきた。
けれど、悲しいかな、身体が入れ替わった先で頭脳まで入れ替わるということはない。
僕は前回の中間テストでとんでもない成績を収めてしまっている。立ち上がって回答に迷う僕に、「どうした有坂、調子でも悪いのか」と先生たちは訝しげに聞いた。
「すみません、ちょっと腹痛で……」
となんとか誤魔化してその場をやり過ごしたものの、他の教科で当てられた時には「頭痛がひどくて」と言い訳をするものだから、クラスメイトには不思議がられたに違いない。
昼休み、どうやら仲良し組らしい瑛奈と和湖が、僕のことを心配してくれた。
「美雨、今日ほんと変だね。腹痛に頭痛に、腰痛に風邪なんて、何があったの?」
「大丈夫? 保健室一緒に行こっか?」
思い思いに心配してくれる二人に、僕はげんなりしながら答える。
「大丈夫……本当に今日は、調子が悪いだけだから」
「そう? でもびっくりしたよ。成績優秀、容姿端麗! でみんなから慕われてる美雨が、突然おかしなこと言い出してこっちまで調子狂いそうになったわ」
瑛奈が笑いながら井戸端会議に参加するおばちゃんのように、手をひらひらとさせる。
成績優秀、容姿端麗。
みんから慕われている、か。
なんとなく予想はついていたが、やはり有坂美雨は、周囲からの評価が高い女の子なんだ。
僕とは正反対だな。
誰かと入れ替わることで承認欲求を満たし続けてきた僕からすれば、有坂美雨には少しばかり嫉妬してしまっていた。
「五時間目、体育だけどどする? 見学するなら、私から先生に言っておくよ」
僕のことを本気で心配してくれているのだろう。そう提案してくれた瑛奈はおばちゃんから面倒見の良いお姉さん、という印象に変わっていた。
「う、ううん。大丈夫。二人と話してたら、ちょっと治ってきた気がする」
「何それ、本当に? でも無理しないでよ」
「ありがとう」
勉強はともかく、体育ならばなんとかなるだろう。最悪、適当に振る舞っておけば、致命的なミスは犯さなくて済む。
次が体育であることに安堵しながら、僕は重大な事実を思い出した。
体育ということは、着替えがある、よな……?
友人二人の顔を交互に見つめて、ゴクリと生唾を飲み込む。下へ下へと落ちていきそうな視線を、なんとか首から上に留めながら、僕は大きく息を吐いた。
「ん、どうかした、美雨」
「な、なななんでもない!」
入れ替わった先で吃音にはならないはずなのに、この時ばかりは焦りで変な反応になってしまう。
「あ、もうすぐ昼休み終わるね。更衣室行こう〜」
「はわっ!?」
和湖からの不意の台詞に僕は素っ頓狂な声を上げた。ああ、ダメだ……完全に今、おかしなやつだと思われてる……。
「もう、やっぱり美雨、変だ! いつもと違う! 昨日何食べたの!?」
顔をぐっと近くまで寄せてくる瑛奈と身体が触れそうになり、僕は「なんでもない!」と言って彼女から距離をとった。
はあ、はあ。体育が始まる前に、こんなに汗をかくとは……。
予想もしなかった展開に、終始バクバクと激しく鳴る心臓の鼓動を感じていた。
どうやら彼女は成績が良いらしく、授業中に先生たちは積極的に僕を当ててきた。
けれど、悲しいかな、身体が入れ替わった先で頭脳まで入れ替わるということはない。
僕は前回の中間テストでとんでもない成績を収めてしまっている。立ち上がって回答に迷う僕に、「どうした有坂、調子でも悪いのか」と先生たちは訝しげに聞いた。
「すみません、ちょっと腹痛で……」
となんとか誤魔化してその場をやり過ごしたものの、他の教科で当てられた時には「頭痛がひどくて」と言い訳をするものだから、クラスメイトには不思議がられたに違いない。
昼休み、どうやら仲良し組らしい瑛奈と和湖が、僕のことを心配してくれた。
「美雨、今日ほんと変だね。腹痛に頭痛に、腰痛に風邪なんて、何があったの?」
「大丈夫? 保健室一緒に行こっか?」
思い思いに心配してくれる二人に、僕はげんなりしながら答える。
「大丈夫……本当に今日は、調子が悪いだけだから」
「そう? でもびっくりしたよ。成績優秀、容姿端麗! でみんなから慕われてる美雨が、突然おかしなこと言い出してこっちまで調子狂いそうになったわ」
瑛奈が笑いながら井戸端会議に参加するおばちゃんのように、手をひらひらとさせる。
成績優秀、容姿端麗。
みんから慕われている、か。
なんとなく予想はついていたが、やはり有坂美雨は、周囲からの評価が高い女の子なんだ。
僕とは正反対だな。
誰かと入れ替わることで承認欲求を満たし続けてきた僕からすれば、有坂美雨には少しばかり嫉妬してしまっていた。
「五時間目、体育だけどどする? 見学するなら、私から先生に言っておくよ」
僕のことを本気で心配してくれているのだろう。そう提案してくれた瑛奈はおばちゃんから面倒見の良いお姉さん、という印象に変わっていた。
「う、ううん。大丈夫。二人と話してたら、ちょっと治ってきた気がする」
「何それ、本当に? でも無理しないでよ」
「ありがとう」
勉強はともかく、体育ならばなんとかなるだろう。最悪、適当に振る舞っておけば、致命的なミスは犯さなくて済む。
次が体育であることに安堵しながら、僕は重大な事実を思い出した。
体育ということは、着替えがある、よな……?
友人二人の顔を交互に見つめて、ゴクリと生唾を飲み込む。下へ下へと落ちていきそうな視線を、なんとか首から上に留めながら、僕は大きく息を吐いた。
「ん、どうかした、美雨」
「な、なななんでもない!」
入れ替わった先で吃音にはならないはずなのに、この時ばかりは焦りで変な反応になってしまう。
「あ、もうすぐ昼休み終わるね。更衣室行こう〜」
「はわっ!?」
和湖からの不意の台詞に僕は素っ頓狂な声を上げた。ああ、ダメだ……完全に今、おかしなやつだと思われてる……。
「もう、やっぱり美雨、変だ! いつもと違う! 昨日何食べたの!?」
顔をぐっと近くまで寄せてくる瑛奈と身体が触れそうになり、僕は「なんでもない!」と言って彼女から距離をとった。
はあ、はあ。体育が始まる前に、こんなに汗をかくとは……。
予想もしなかった展開に、終始バクバクと激しく鳴る心臓の鼓動を感じていた。