チチチ、と鳥の鳴き声がして目を覚ます。
 普段なら母親がバタバタと起こしに来るので、こんなふうに自然の音を聞いて起きるのは初めてだ。
 頭がすっきりと冴え渡っているような気がする。昨日、いつもより早めに布団に入ったおかげだろうか。上体を起こし、部屋を見渡すと、黄色い花柄の壁紙が目に飛び込んできた。

「入れ替わったんだ」

 一目で有坂美雨の部屋だと分かり、言いようもない喜びに包まれる。
 彼女は入れ替わりを続けることを承諾してくれたんだ。
 ということは、少なくとも僕の言葉を信じてくれたということか。そして、僕ともう少し入れ替わりを続けたいと思ってくれた。それぐらい、現実から目を背けたい気持ちがあるのか。もしくは、単純に僕と入れ替わるのが楽しかったのか。

「なんて、そんなことないよね」

 僕の家なんて、どこにでもあるような普通の一般家庭だ。
 昨日は夕方から数時間しか時間がなかったから、ずっと家で過ごしたのだと予想がつく。僕もそうだったから。
 となると、やっぱり彼女にも現実で悩みがあるに違いない。
 彼女の悩みは一体何なんだろう——。

「美雨〜朝ごはんできたから、降りてきなさい〜」

 一階から母親らしき人の声が聞こえる。僕は少し迷ったあと、パジャマ姿のまま一階のリビングへ向かった。

「おはよう」

 昨日、美雨の母親とは顔を合わせていない。午後八時の時点で、まだ仕事から帰ってきていないようだった。
 彼女の母親は、綺麗にパーマがかかった黒髪が特徴的で、顔は美雨にとても似ていた。つまり、美人ママだ。
 僕はドキドキしながら食卓に座る。父親はもう仕事に出ているのか、不在だった。他に兄弟らしき人もいない。一人っ子だろうか。

「いただきます」

 美雨の母親が作ってくれたのは、エッグトーストだった。はい、とコーヒー牛乳を出されて、なんだかカフェで食べるモーニングみたいだなと思う。エッグトーストを一口口に含むと、お腹がくうと鳴った。
 そういえば、昨日の夜から何も食べていない。
 入れ替わりが終わった後、すでに我が家の食卓は片付けられていたからだ。入れ替わっていた最中に美雨が僕として夕食を済ませていたのだろう。家の中に充満していたカレーの匂いで、好物を食べ損ねたとちょっと残念だった。美雨の身体に影響はないはずなのに、昨日晩ご飯を食べていないという事実だけでお腹が空く。
 でも、彼女と入れ替われたことは、それ以上に胸が躍る出来事だ。
 エッグトーストを早々に平らげて、僕はそそくさと学校に行く準備をした。確か、彼女の学校は北海道の美瑛東高校で、一年一組。これも昨日彼女の部屋で調べたことだ。

「北海道か……」

 ということは、五月下旬のこの季節でも、まだ少し寒いかもしれない。
 色々と考えながら部屋を見回すと、壁に薄手のカーディガンがかかっているのに気づいた。今日はこれを着ていこう。僕はブレザーの制服の上から、カーディガンに袖を通した。