「……私、美瑛神社で意識を失ったんだ」
見知らぬ男の子の部屋で、直前の記憶を思い出した私は、欠けていたパズルのピースがようやく完成してほっとした気分になる。でも、だからと言ってこの状況に説明がつくわけでもないし、現状は何一つ変わらない。
「もしかして、本当に誰かと入れ替わっちゃった、とか……?」
美瑛神社の本殿の前で祈ったことは、誰かと自分の人生を入れ替えてみたい——そんなバカみたいな妄想だった。
絶対に叶うはずがない。だからこそ、あえて祈ることができた。でも、今この状況に陥っていることを考えると、あの時の願い事がまったく無関係だったとは思えない。
私は徐に立ち上がると、部屋の扉をそうっと開いた。
扉から顔を出すと、隣にも同じように部屋があることが分かった。足音を立てないようにゆっくりと部屋から出て、扉を閉める。まるで泥棒になった気分だ。隣の部屋の前まで進んで立ち止まる。中から物音は聞こえない。誰もいないようで、ほっと胸を撫で下ろした。
廊下を進むと階段が見えた。どうやらここは二階の部屋らしい。私の家とおおよそ同じ造りだ。恐る恐る階段を踏みしめて歩き、一階へと到着する。リビングへと続くガラス張りの扉が見えたが、リビングの明かりはついていない。はああ。良かった。やっぱり誰もいないみたい。でももう普通の家庭は夕飯の支度をしている時間帯だし、いつ家の主が帰ってきてもおかしくない。私は急いで、目的の洗面所へと向かった。
「失礼しまぁす……」
家に誰もいないのは承知の上だが、やっぱり他所様の家の洗面所に勝手に入るのは憚られる。私は遠慮がちに横開きの戸を引いた。
正面に現れた洗面所の鏡を見て絶句する。
「やっぱり!」
鏡を見なくとも、薄々気づいてはいたことだ。だって、視界に映る自分の制服や、身体つきが明らかに男の子だったから。でも、実際にこうして鏡に映った知らない男の子の顔を見ると、本当にこれが自分なのかと疑いたくなる。
「本当に、男の子と入れ替わってる……」
軽い冗談みたいな妄想が、現実になってしまった。
男の子にしては色白の肌、少し茶色がかかった髪、高ぼった鼻、清潔そうな薄い唇。
べたっと沈んでいる髪の毛をもう少しふんわりセットしたら、イケメンと呼ばれる部類に入りそうな、整った顔立ちをしていた。
だけど、なんとなく、私は彼が、自分自身について自信を持てていないのではないかと悟る。着用している制服の襟が、よれて皺になっていた。一年生なら、まだ買ったばかりのシャツなのではないか。にもかかわらず、襟がへたっているのは、あまり身なりに気を遣っていない証拠だった。
細いけれど、女の子よりは角ばった腕を、もう片方の手で触ってみる。やっぱり違う。女の私とは全然ちがって、ゴツゴツしている。筋肉量は少ないのかもしれないけれど、腕に浮き上がる筋が、自分と彼の違いを思い知らせた。
「——て、冷静に観察してる場合じゃない」
そうだ。今この状況を普通に受け入れている私がいるけれど、本当ならばパニックになっていてもおかしくないのだ。
ああ、早く現実の“私の身体”に戻りたい。
いくら外見が好みの男の子になったって、さすがにずっとこままでいたいわけではない。でも、どうしたら元に戻れるんだろう? また美瑛神社にでも行く? そうだ。それがいい。この状況を脱するのに手がかりがない今、原点回帰は大事な道しるべのように思えた。
「外に、出よう」
ようやくそう決心がついて、玄関で白い運動靴を履こうとした時だ。
カチャ、と小気味良い音がしたかと思うと、誰かが玄関の前に立っている気配がした。それから考える間もなく扉が開かれて、今まさに外に出ようとしていた私は、「えっ」と思わず声を上げる。
見知らぬ男の子の部屋で、直前の記憶を思い出した私は、欠けていたパズルのピースがようやく完成してほっとした気分になる。でも、だからと言ってこの状況に説明がつくわけでもないし、現状は何一つ変わらない。
「もしかして、本当に誰かと入れ替わっちゃった、とか……?」
美瑛神社の本殿の前で祈ったことは、誰かと自分の人生を入れ替えてみたい——そんなバカみたいな妄想だった。
絶対に叶うはずがない。だからこそ、あえて祈ることができた。でも、今この状況に陥っていることを考えると、あの時の願い事がまったく無関係だったとは思えない。
私は徐に立ち上がると、部屋の扉をそうっと開いた。
扉から顔を出すと、隣にも同じように部屋があることが分かった。足音を立てないようにゆっくりと部屋から出て、扉を閉める。まるで泥棒になった気分だ。隣の部屋の前まで進んで立ち止まる。中から物音は聞こえない。誰もいないようで、ほっと胸を撫で下ろした。
廊下を進むと階段が見えた。どうやらここは二階の部屋らしい。私の家とおおよそ同じ造りだ。恐る恐る階段を踏みしめて歩き、一階へと到着する。リビングへと続くガラス張りの扉が見えたが、リビングの明かりはついていない。はああ。良かった。やっぱり誰もいないみたい。でももう普通の家庭は夕飯の支度をしている時間帯だし、いつ家の主が帰ってきてもおかしくない。私は急いで、目的の洗面所へと向かった。
「失礼しまぁす……」
家に誰もいないのは承知の上だが、やっぱり他所様の家の洗面所に勝手に入るのは憚られる。私は遠慮がちに横開きの戸を引いた。
正面に現れた洗面所の鏡を見て絶句する。
「やっぱり!」
鏡を見なくとも、薄々気づいてはいたことだ。だって、視界に映る自分の制服や、身体つきが明らかに男の子だったから。でも、実際にこうして鏡に映った知らない男の子の顔を見ると、本当にこれが自分なのかと疑いたくなる。
「本当に、男の子と入れ替わってる……」
軽い冗談みたいな妄想が、現実になってしまった。
男の子にしては色白の肌、少し茶色がかかった髪、高ぼった鼻、清潔そうな薄い唇。
べたっと沈んでいる髪の毛をもう少しふんわりセットしたら、イケメンと呼ばれる部類に入りそうな、整った顔立ちをしていた。
だけど、なんとなく、私は彼が、自分自身について自信を持てていないのではないかと悟る。着用している制服の襟が、よれて皺になっていた。一年生なら、まだ買ったばかりのシャツなのではないか。にもかかわらず、襟がへたっているのは、あまり身なりに気を遣っていない証拠だった。
細いけれど、女の子よりは角ばった腕を、もう片方の手で触ってみる。やっぱり違う。女の私とは全然ちがって、ゴツゴツしている。筋肉量は少ないのかもしれないけれど、腕に浮き上がる筋が、自分と彼の違いを思い知らせた。
「——て、冷静に観察してる場合じゃない」
そうだ。今この状況を普通に受け入れている私がいるけれど、本当ならばパニックになっていてもおかしくないのだ。
ああ、早く現実の“私の身体”に戻りたい。
いくら外見が好みの男の子になったって、さすがにずっとこままでいたいわけではない。でも、どうしたら元に戻れるんだろう? また美瑛神社にでも行く? そうだ。それがいい。この状況を脱するのに手がかりがない今、原点回帰は大事な道しるべのように思えた。
「外に、出よう」
ようやくそう決心がついて、玄関で白い運動靴を履こうとした時だ。
カチャ、と小気味良い音がしたかと思うと、誰かが玄関の前に立っている気配がした。それから考える間もなく扉が開かれて、今まさに外に出ようとしていた私は、「えっ」と思わず声を上げる。