◆
怜依が病室を出ると、咲乃は大きく息を吐き出した。
「お疲れ」
新城の声は優しかったけど、咲乃は新城を睨んだ。
怜依と気まずくなる前の時間が流れると思ったのに。
自分が寝ている間に、時が戻ったのではなく、時間が進んでいたことを、一気に思い知らされた。
あの混沌とした状況になったのは、間違いなく新城のせいだ。
新城が怜依に教えなければ、怜依が佑真のことを知ることもなかったのだから。
その憎しみを込めて、新城を睨む。
「……どうして、怜依ちゃんに言ったんですか。言わないでって言ったのに」
「白雪が心配していることはなにも起きないって確証があったから」
それは、怜依に嫌われるかもしれないということだろう。
たしかに、怜依がすべてを知っていても、態度が変わらなかったことはさっきまでのやり取りでわかった。
ずっと恐れていたことは、案外当たらないものなんだって、拍子抜けするくらい。
「それに、俺は和多瀬が知らないままでいるのはよくないって思ってたから」
新城が正しい。
頭ではわかっているけど、認めたくない気持ちもあった。
その葛藤は顔に現れている。
「……どこまで話したんですか」
「俺が話したのは、付き合うふりをするきっかけだけ。あと、あのアカウント」
「見せたんですか!?」
新城の言葉を遮った咲乃の声は大きくて、新城は少し驚いた素振りを見せる。
そして顔を落とした。
「……ごめん」
新城の言うことは一理あると思った。
いつまでも怜依に隠しごとをして、偽るのにも限界があるって。
だから、怜依に話したって言われたとき、信じられないと思ったけど、責める気持ちはそこまでなかった。
でも、SNSのアカウントを見せたとなれば、話は別だ。
あれが、一番知られたくなかったのに。
あそこには、嘘偽りなく、自分の本音が詰まっている。知られたら終わりだって思うくらいの本音が。
「……白雪の裏垢を見て、和多瀬は花那と白雪の友達に話を聞いたんだって」
怜依が知っている咲乃の友人は、織寧しかいない。
だとすれば、怜依は織寧と上手くいっていなかったことも知っているということ。
本当に、全部知られている。全部、バレている。
「それで、俺と白雪が本当に付き合ってるわけじゃないってことと、相田のことに気付いたから、きっかけだけ話した」
寝ている間にそんなやり取りがあったなんて思いもしなくて、咲乃はただただ混乱した。
怜依と佑真がいたときだけでも情報過多だったのに、とんでもない追い打ちをされた気分だ。
文句の一つでも言ってやりたいのに、あまりにも混乱していて、言葉が出ない。
「和多瀬には言わないって約束だったのに、破ってごめん」
ここで新城を責めたところで、もうどうしようもないことは理解している。
だけど、許すための言葉を考える余裕はなくて、咲乃は首を横に振った。
それを最後に、お互いに黙り込んだ。
無言の時間が、脳内の情報を整理させてくれる。そして、気付いた。
怜依は全部知っても、変わらなかったんだ。今まで通り接してくれていたんだ。
新城の言う通り、怜依に嫌われる未来はないのかもしれない。
そんな希望を見い出していると、ドアが開いた。
ノックもなにもなかったから、二人は驚いて視線を移す。
そこには、千早がいる。
そういえば、退院の手続きがあるとかで出ていたんだった。
千早は驚いたように新城を見つめている。
「あの」
「貴方が新城くん?」
咲乃が新城のことを話す前に、千早が言った。
心なしか、目が輝いているように見える。
「なんで、お母さんが新城先輩のこと知ってるの?」
本当の恋人ではないから、新城のことを話題にした記憶はない。
今の反応を見ても、新城とは初対面だろう。
それなのに、知っているということは。
「怜依ちゃんに教えてもらったの。咲乃にすごくかっこいい彼氏がいるって」
予想通りの返答だ。
しかし困った。
嘘でした、なんて言えるような空気ではない。
「新城くん、いつも、待合室まで来てなかった?」
咲乃が戸惑っていることに気付いていないのか、千早は新城に声をかける。
待合室まで? 来てくれていたの?
千早の言葉に対して、聞きたいことがたくさん出てくる。
「ええ、まあ……」
だけど、新城の困惑した声を聞くと、千早と一緒になって聞いている場合ではないと思った。
根掘り葉掘り聞かれる前に、新城を逃がさなければ。
「お母さん、先輩、もう帰るから」
こんな助け舟で千早の興味が薄れるとは思っていない。
だけど、これ以外どう言えばいいのかわからなかった。
「そうなの? 残念」
「すみません。咲乃さんが元気そうでよかったです。失礼します」
咲乃の意図は伝わったようで、新城はそう言うと、病室を出て行った。
咲乃が胸を撫で下ろしていると、千早がニヤニヤとした目で見てきた。
「かっこいい、素敵な人だね」
千早が近寄ってきたことで、その目が赤くなっていることに気付いた。
どれだけ心配をかけたんだろう。
そう思うと、新城は彼氏ではないと伝えるのは、気が引けた。
「……でしょ?」
咲乃は、それを言うのが精一杯だった。
怜依が病室を出ると、咲乃は大きく息を吐き出した。
「お疲れ」
新城の声は優しかったけど、咲乃は新城を睨んだ。
怜依と気まずくなる前の時間が流れると思ったのに。
自分が寝ている間に、時が戻ったのではなく、時間が進んでいたことを、一気に思い知らされた。
あの混沌とした状況になったのは、間違いなく新城のせいだ。
新城が怜依に教えなければ、怜依が佑真のことを知ることもなかったのだから。
その憎しみを込めて、新城を睨む。
「……どうして、怜依ちゃんに言ったんですか。言わないでって言ったのに」
「白雪が心配していることはなにも起きないって確証があったから」
それは、怜依に嫌われるかもしれないということだろう。
たしかに、怜依がすべてを知っていても、態度が変わらなかったことはさっきまでのやり取りでわかった。
ずっと恐れていたことは、案外当たらないものなんだって、拍子抜けするくらい。
「それに、俺は和多瀬が知らないままでいるのはよくないって思ってたから」
新城が正しい。
頭ではわかっているけど、認めたくない気持ちもあった。
その葛藤は顔に現れている。
「……どこまで話したんですか」
「俺が話したのは、付き合うふりをするきっかけだけ。あと、あのアカウント」
「見せたんですか!?」
新城の言葉を遮った咲乃の声は大きくて、新城は少し驚いた素振りを見せる。
そして顔を落とした。
「……ごめん」
新城の言うことは一理あると思った。
いつまでも怜依に隠しごとをして、偽るのにも限界があるって。
だから、怜依に話したって言われたとき、信じられないと思ったけど、責める気持ちはそこまでなかった。
でも、SNSのアカウントを見せたとなれば、話は別だ。
あれが、一番知られたくなかったのに。
あそこには、嘘偽りなく、自分の本音が詰まっている。知られたら終わりだって思うくらいの本音が。
「……白雪の裏垢を見て、和多瀬は花那と白雪の友達に話を聞いたんだって」
怜依が知っている咲乃の友人は、織寧しかいない。
だとすれば、怜依は織寧と上手くいっていなかったことも知っているということ。
本当に、全部知られている。全部、バレている。
「それで、俺と白雪が本当に付き合ってるわけじゃないってことと、相田のことに気付いたから、きっかけだけ話した」
寝ている間にそんなやり取りがあったなんて思いもしなくて、咲乃はただただ混乱した。
怜依と佑真がいたときだけでも情報過多だったのに、とんでもない追い打ちをされた気分だ。
文句の一つでも言ってやりたいのに、あまりにも混乱していて、言葉が出ない。
「和多瀬には言わないって約束だったのに、破ってごめん」
ここで新城を責めたところで、もうどうしようもないことは理解している。
だけど、許すための言葉を考える余裕はなくて、咲乃は首を横に振った。
それを最後に、お互いに黙り込んだ。
無言の時間が、脳内の情報を整理させてくれる。そして、気付いた。
怜依は全部知っても、変わらなかったんだ。今まで通り接してくれていたんだ。
新城の言う通り、怜依に嫌われる未来はないのかもしれない。
そんな希望を見い出していると、ドアが開いた。
ノックもなにもなかったから、二人は驚いて視線を移す。
そこには、千早がいる。
そういえば、退院の手続きがあるとかで出ていたんだった。
千早は驚いたように新城を見つめている。
「あの」
「貴方が新城くん?」
咲乃が新城のことを話す前に、千早が言った。
心なしか、目が輝いているように見える。
「なんで、お母さんが新城先輩のこと知ってるの?」
本当の恋人ではないから、新城のことを話題にした記憶はない。
今の反応を見ても、新城とは初対面だろう。
それなのに、知っているということは。
「怜依ちゃんに教えてもらったの。咲乃にすごくかっこいい彼氏がいるって」
予想通りの返答だ。
しかし困った。
嘘でした、なんて言えるような空気ではない。
「新城くん、いつも、待合室まで来てなかった?」
咲乃が戸惑っていることに気付いていないのか、千早は新城に声をかける。
待合室まで? 来てくれていたの?
千早の言葉に対して、聞きたいことがたくさん出てくる。
「ええ、まあ……」
だけど、新城の困惑した声を聞くと、千早と一緒になって聞いている場合ではないと思った。
根掘り葉掘り聞かれる前に、新城を逃がさなければ。
「お母さん、先輩、もう帰るから」
こんな助け舟で千早の興味が薄れるとは思っていない。
だけど、これ以外どう言えばいいのかわからなかった。
「そうなの? 残念」
「すみません。咲乃さんが元気そうでよかったです。失礼します」
咲乃の意図は伝わったようで、新城はそう言うと、病室を出て行った。
咲乃が胸を撫で下ろしていると、千早がニヤニヤとした目で見てきた。
「かっこいい、素敵な人だね」
千早が近寄ってきたことで、その目が赤くなっていることに気付いた。
どれだけ心配をかけたんだろう。
そう思うと、新城は彼氏ではないと伝えるのは、気が引けた。
「……でしょ?」
咲乃は、それを言うのが精一杯だった。