「何度言われたって、私の意思は変わらない」
校舎の外にある非常階段の踊り場で、白雪咲乃は力強い声で言った。
彼女は雪のように柔らかく、花のように穏やかな子だという印象を抱いていただけに、言い返されて驚きが隠せない。
咲乃の鋭い視線にだって、たじろいでしまう。
「私は、私の好きな人と過ごしたい。その願いを、先輩に邪魔される筋合いはないから」
咲乃はそう言い捨てると、階段を降りていく。
ダメだ。彼女を行かせてはならない。頷かせて、今後近付かないと約束をしてもらわなければ。
ああ、どうして伝わらないんだろう。どうしてわかってくれないんだろう。
どうして、言うことを聞いてくれないんだろう。
そうして混乱しながら、咲乃の右手首を掴む。
「離して!」
咲乃はそれを勢いよく振りほどいた。
すると、咲乃はバランスを崩した。
「あ……!」
慌てて手を伸ばすが、咲乃の手を掴むことはできなかった。
無惨にも転げ落ちていく咲乃。その顛末を見届けることができず、強く目を瞑った。
耳に残る、痛々しい音。
それが聞こえなくなってから、ゆっくりと目を開けた。
咲乃は、踊り場で倒れている。
咲乃を心配する気持ちは、それなりにある。階段を一歩、また一歩と降りていく。
そんなに長くはない階段。きっと、気を失っているだけ。
自分は悪くない。
そう思いながら、咲乃に近付いていく。
すると、アスファルトが赤く染まりつつあることに気付いた。
一気に血の気が引く。
そんな、まさか。どうしよう。このことが知られてしまったら。きっと、嫌われるだけでは済まない。
こんなつもりではなかったのに。ただ、咲乃に頷いてほしかっただけなのに。
それなのに、どうしてこうなった?
予想外で、恐ろしい展開に混乱し、全身から汗が吹き出しているような気がした。確かに起きているのに、金縛りに遭っているかのような感覚。
これほどまでの緊張状態は、初めてだった。
足の裏が地面にくっついてしまって、一生動けないんじゃないか。
そう思ったとき。
階段の下から、楽しそうな声が聞こえてきた。
逃げなきゃ。誰かに見つかってしまう前に、この場から離れないと。
必死に自分の身体に命令して、階段を登っていく。
涼しさを忘れてしまったこの秋のように、咲乃のことも忘れてしまいたかった。