メンバーとは後日、反省会と打ち上げをしようと約束し、現地で解散となる。
興奮冷めやらぬ冬哉は今夜中に動画を編集したいからと、自分の家へと帰っていった。
こんな夜はもっと語り明かし
たいなんて思っていたが、冬哉の編集作業は自宅でしかできない。
日付が変わる頃には、もうさっきのライブ映像が配信されるだろう。
冬哉をバス停まで見送ると、再び一人でライブハウスへ戻り、オーナーの晩酌に烏龍茶で付き合いながら遅くまで語り尽くした。
どうせ帰っても寝られなかっただろうと思う。
あの興奮をすぐに鎮めろと言う方が無謀だ。そのくらい獅月は、ステージに立った時のゾワゾワと湧き上がるような高揚感を抑えきれない。
「獅月、すげー良かったぜ」
「ありがとうございます。オーナー、最後の曲で泣いてたのバレてますよ」
「え? 俺の表情まで見る余裕あったの? お前、やっぱスゲーわ。大体のバンドマンなら緊張して何も覚えてないとか言うぜ?」
「そうなんっスか?」
覚えてないわけない。完璧なまでに覚えている。自分に向けられる熱いほどの視線、歓声。
そしてあの人の瞳、髪型、服装。何一つ忘れることなんてできない。
「オーナー、会場の真ん中らへんにいた女の子、覚えてる? 髪がフワッとしたショートで……」
「ああ、覚えてる覚えてる。あの子会場の壁に保たれて見てたんだけど、獅月が歌い始めた途端、吸い込まれるようにあそこまで行ったんだよね。かといってノルわけでもないし……初めて見る顔だなーとは思ってたけど、獅月の知り合いじゃないんだ?」
「いや、知らないっス。あんまり良くなかったのか? って思って……」
「そんなんじゃない感じだったけどな。観てたって言うより、凝視してたって表現の方がしっくりくるくらいだったもんな」
オーナーは、ライブハウスにくる客の中でも異質な行動だったから、目に入ったと言っていた。
結局、その人については初めての客ということもあり、詳細は解りかねるという結論に至った。
「あの、獅月くん。ちょっといい?」
「誰?」
オーナーとの会話に割り込むように、知らない女に声を掛けられた。振り返ると露出の多い服を着ている。最初から獅月狙いだと、一目で分かる。
こういう客も珍しくはない。獅月は働いているだけで目立つし、今夜は歌っていたから話しかけるのは絶好のチャンスだったのだろう。
(確か隣の高校の……)
顔だけは覚えている。このバイトを始めてから、人の顔を覚えるのが得意になった。それどころか、常連のバンドなら、音を聴いただけで誰だか判断できるほどに耳も目も鍛えられている。
この女は俺のことが前から気になっていたらしく、この後遊びに行かないかと誘ってきた。
「いい子は帰りなよ。連れはいねぇの?」
遊びに行くような時間ではない。家に来られるのも迷惑だ。
テキトーに話を流しながら、諦めてもらうまで結構な時間を要した。
最終的にはツーショットの写真を撮って納得してもらったが、きっとSNSに流されるのだろう。
「モテる男は大変だな」
「オーナー、揶揄わないでくださいよ。面倒くさいだけっスから」
大袈裟にため息を吐くと、残りの烏龍茶を飲み干した。
そういえば、あの子……。
獅月の頭にあの子が居座り続けている。対バン相手の誰かの彼女かもしれないとふと考える。だとすれば、ライブハウスにまた来てくれたとしても、下手に声はかけない方がいい。嫉妬は男も女も面倒にさせる。
「いや、別に好きなんかじゃないし……何を悩んでんだ俺は」
自分にツッコミを入れると楽屋の掃除をして、事務所で寝落ちしているオーナの腹にバスタオルを掛けておいた。
獅月が次にライブハウスを出た頃には、薄明の空が朝の訪れを知らせていた。
小鳥の声に混じって、カラスが近くのゴミ捨て場を狙っている。
早朝にも関わらず、もう車道にはどこかへ向かう車がいっぱい走っていて、犬の散歩をしている人の隣を通り過ぎる。
「やっば。今日、半日学校あるんだった」
急いで自転車に跨り、立ち漕ぎで家路に着く。
シャワーを浴びて、着替える頃には自分が物凄く空腹だということに気付いた。思えば昨日の夜は摘む程度にしか食べていない。
時間はないが、山盛りのご飯を掻き込んで家を出た。
土曜学習とはいえ、ほとんど自習だけのために行ってるようなものだ。
今日くらいサボってもいいかもしれないなんて考えたりもするが、今日は登校しておかないと、後々五月蝿い奴がいる。
「獅月きゅーーーん!!!」
冬哉がバスから降りるなり、走った勢いのまま獅月に飛びかかった。自転車ごと倒れそうになるのをなんとか耐えた俺は、思わず声を出して笑った。
興奮冷めやらぬ冬哉は今夜中に動画を編集したいからと、自分の家へと帰っていった。
こんな夜はもっと語り明かし
たいなんて思っていたが、冬哉の編集作業は自宅でしかできない。
日付が変わる頃には、もうさっきのライブ映像が配信されるだろう。
冬哉をバス停まで見送ると、再び一人でライブハウスへ戻り、オーナーの晩酌に烏龍茶で付き合いながら遅くまで語り尽くした。
どうせ帰っても寝られなかっただろうと思う。
あの興奮をすぐに鎮めろと言う方が無謀だ。そのくらい獅月は、ステージに立った時のゾワゾワと湧き上がるような高揚感を抑えきれない。
「獅月、すげー良かったぜ」
「ありがとうございます。オーナー、最後の曲で泣いてたのバレてますよ」
「え? 俺の表情まで見る余裕あったの? お前、やっぱスゲーわ。大体のバンドマンなら緊張して何も覚えてないとか言うぜ?」
「そうなんっスか?」
覚えてないわけない。完璧なまでに覚えている。自分に向けられる熱いほどの視線、歓声。
そしてあの人の瞳、髪型、服装。何一つ忘れることなんてできない。
「オーナー、会場の真ん中らへんにいた女の子、覚えてる? 髪がフワッとしたショートで……」
「ああ、覚えてる覚えてる。あの子会場の壁に保たれて見てたんだけど、獅月が歌い始めた途端、吸い込まれるようにあそこまで行ったんだよね。かといってノルわけでもないし……初めて見る顔だなーとは思ってたけど、獅月の知り合いじゃないんだ?」
「いや、知らないっス。あんまり良くなかったのか? って思って……」
「そんなんじゃない感じだったけどな。観てたって言うより、凝視してたって表現の方がしっくりくるくらいだったもんな」
オーナーは、ライブハウスにくる客の中でも異質な行動だったから、目に入ったと言っていた。
結局、その人については初めての客ということもあり、詳細は解りかねるという結論に至った。
「あの、獅月くん。ちょっといい?」
「誰?」
オーナーとの会話に割り込むように、知らない女に声を掛けられた。振り返ると露出の多い服を着ている。最初から獅月狙いだと、一目で分かる。
こういう客も珍しくはない。獅月は働いているだけで目立つし、今夜は歌っていたから話しかけるのは絶好のチャンスだったのだろう。
(確か隣の高校の……)
顔だけは覚えている。このバイトを始めてから、人の顔を覚えるのが得意になった。それどころか、常連のバンドなら、音を聴いただけで誰だか判断できるほどに耳も目も鍛えられている。
この女は俺のことが前から気になっていたらしく、この後遊びに行かないかと誘ってきた。
「いい子は帰りなよ。連れはいねぇの?」
遊びに行くような時間ではない。家に来られるのも迷惑だ。
テキトーに話を流しながら、諦めてもらうまで結構な時間を要した。
最終的にはツーショットの写真を撮って納得してもらったが、きっとSNSに流されるのだろう。
「モテる男は大変だな」
「オーナー、揶揄わないでくださいよ。面倒くさいだけっスから」
大袈裟にため息を吐くと、残りの烏龍茶を飲み干した。
そういえば、あの子……。
獅月の頭にあの子が居座り続けている。対バン相手の誰かの彼女かもしれないとふと考える。だとすれば、ライブハウスにまた来てくれたとしても、下手に声はかけない方がいい。嫉妬は男も女も面倒にさせる。
「いや、別に好きなんかじゃないし……何を悩んでんだ俺は」
自分にツッコミを入れると楽屋の掃除をして、事務所で寝落ちしているオーナの腹にバスタオルを掛けておいた。
獅月が次にライブハウスを出た頃には、薄明の空が朝の訪れを知らせていた。
小鳥の声に混じって、カラスが近くのゴミ捨て場を狙っている。
早朝にも関わらず、もう車道にはどこかへ向かう車がいっぱい走っていて、犬の散歩をしている人の隣を通り過ぎる。
「やっば。今日、半日学校あるんだった」
急いで自転車に跨り、立ち漕ぎで家路に着く。
シャワーを浴びて、着替える頃には自分が物凄く空腹だということに気付いた。思えば昨日の夜は摘む程度にしか食べていない。
時間はないが、山盛りのご飯を掻き込んで家を出た。
土曜学習とはいえ、ほとんど自習だけのために行ってるようなものだ。
今日くらいサボってもいいかもしれないなんて考えたりもするが、今日は登校しておかないと、後々五月蝿い奴がいる。
「獅月きゅーーーん!!!」
冬哉がバスから降りるなり、走った勢いのまま獅月に飛びかかった。自転車ごと倒れそうになるのをなんとか耐えた俺は、思わず声を出して笑った。