「獅月。今日のライブ、配信も同時に流すから」
「オッケー」
「俺らの出番は最後だから、ちょっと見てく?」
 楽屋を出て、ホールへと向かう。既に客が熱狂しているのが聞こえてくる。

「今日は大学生の人気バンドの中に混ぜてもらってるから、オーディエンスのノリもいいよ」
 冬哉は謙遜していうが、自分達のバンドを卑下している訳ではない。
 何なら、大学生のバンドが冬哉と対バンしたがっていたのを知っている。

 どんなに人気が出ても、冬哉は意外なまでに自惚れたりしない。
 自分のライブじゃない時も、気になるバンドが出る時は意欲的に観に行ったり、頼まれれば勉強になるからと言って、他のバンドのサポートメンバーになったりもしている。
 誰も想像できないような音を作り出すのに、根っこはすごく真面目で職人気質。
 冬哉のそんなところを密かに尊敬している。 

 配信の準備をしている伊織と機材の確認した後、カウンターからライブの様子を眺めていた。

「あ、間違えた」
 素人とは言え、毎日のようにいろんなバンドのライブを見ている。
 一度気づいてしまうと、ずっと気になってしまう。
 もっと純粋に音楽を楽しめばいいと思っているが、音のズレを耳が追ってしまう。

「ベースの子、多分これが初めてだね」
 冬哉がステージを見ながら言った。
「なるほどね」

 俺も今日初めてステージに立つ。しかしあのベーシストほど緊張していない自分が逆に変なのか? そう思うほどリラックスしている。こんなに落ち着いてていいのかと、ため息を漏らした。

(あ、また間違えた)

 荷物を楽屋へ置きに行った伊織が合流すると、爆音の中で「学校の女子が結構来てるな」と耳打ちしてきた。
 人混みで気づかなかったが、そう言われて見渡してみれば、何となく見たような顔があちこちにいる。

「獅月狙いっぽいね」
 冬哉が呆れた口調で言う。
「そんなんじゃないだろ。誰にも言ってないし」
「いやいや、獅月きゅん。女子の情報網舐めちゃいけないよ」
 ぽんぽんと肩に手を置いた。

「出待ち過ごそう〜」
 伊織まで一緒になって煽る。
「……めんどくせ」
 天井のライトを見上げた。

 恋愛というものが、どうも面倒な存在にしか思えなかった。
 断れば泣かれる、責められる。だからと言って、付き合っても束縛に悩まされる。
 結局女子の『付き合って』は、周りの人に自慢する材料でしかない。
 やたら写真を撮られてはSNSに投稿されるのも、迷惑だ。
 一時期は告白されれば付き合っていたが、それすらも面倒になり、今では『告白すんじゃねぇオーラ』を出すに徹している。

 それでも女子からは「クールな獅月がカッコイイ」と、さらに言い寄られる羽目になってしまった。
 今夜のライブ出演は、SNSでも動画でも告知していないというのに、どこからそんな情報を仕入れるのか……。
 全く冬哉の言う通りだと、女子に対して余計に引いてしまう獅月だった。

「まぁ、今夜だけだしいいか」
 どうせこの熱気に慣れてない人たちは、自分の出番を待たずして帰るだろう。
「楽屋戻る?」
「あぁ……」
 冬哉の気遣いで、会場を後にした。