小学生の頃に父親を事故で亡くした。今は母の彩子と二人で暮らしている。
彩子は地元雑誌の編集長をしていて毎日忙しく、ほぼ一人暮らしのようなものだった。
別段仲が悪いという訳でもない。どちらかというと、友達の延長みたいな関係だ。
互いに干渉もせず、しかし成績や進路の相談も普通にしている。
高校を卒業した後、そのままライブハウスで働きたいと打ち明けたことがあった。
なんでも好きなようにやらせてくれる彩子だったから、まさか反対されるとは思っていなかった。
大学に通いながらバイトをすればいい。そう言われたのだ。
「獅月がもし、学費を気にしてるなら心配はいらないわよ。もっと勉強したいことがあるんじゃないの?」
学びたいことがないわけではない。理系大学に進みたいと考えていた時もあった。
しかしblack ASHで働くようになってから、音楽に魅了されてしまった。
より深く音楽に携わりたい。それならば、大学に行く必要性が感じられない。
彩子にそう伝えた時、珍しく困った表情を浮かべた。
名前だけでも大学に行って欲しいのだろうと思った。
しかしそれ以上何も言わなかったのは、意外と頑固な一面を知っているからだろう。
「そう……獅月の人生だから、後悔だけはしないようにね」
「分かってる。気が変わったらすぐに言うから」
三年生になってすぐの頃に交わしてから、獅月の気持ちは揺らぐことはない。
どうせ秋には担任から嫌と言うほど説得されるだろうと、獅月も彩子も考えている。
「……冬哉たちはさ、みんな同じ大学に行くの?」
「そうだなぁ。今のところそういう話になってるなぁ。三人とも今のメンバーがやりやすいって思ってるし、今の状況考えてもこのまま突っ走りたいっていつも話してる。だからなるべく直ぐに集まって活動できる環境にいたいんだよね」
「なるほどね」
「獅月も一緒に行こうぜ。大学」
「俺? でも俺は……」
「まぁ、今は断ってもいいけどな。俺っちには、見えるんだよ。獅月が歌う後ろで演奏してる自分の未来が」
隣を歩きながら、ギターを弾く真似をしている。
ボーカル脱退の少し前くらいから、冬哉は俺のバンド加入を仄めかす発言を始めていた。
バンドのメンバーは、ボーカルが辞めるのを覚悟した上で活動していた。二年生で冬哉が俺と友達になった時から、次のボーカルに決めていたと、脱退直後に言われたのを思い出す。
冬哉の目に狂いはないだろう。
「一度、本物のライブを経験すれば獅月も分かるさ」
自信満々で言い切った。
そりゃ気持ちいいだろうと思っている。オーディエンスの熱狂でライブハウスが揺れる。
いつだって客に混じって叫びたくなるのを耐えているくらいなのだ。
そのステージに自分が立つ。そこからの景色はどんなだろうか。今の俺には、とても想像がつかない世界だ。
そのまま俺の家に泊まりに来た冬哉と、眠くなるまで色んな話をした。
「そろそろ寝る?」
「ああ、電気消すよ」
薄暗い部屋。ベッドのすぐ下に布団を敷いて冬哉が横になっている。
しかしその冬哉がゴゾゴゾと這い出し、獅月の布団に潜り込んできた。
「獅月きゅん、一緒に寝よ」
「は? 男二人でなんて狭いだけだろ」
「だって、いつもの抱き枕がないから俺っち眠れない」
「俺はお前の枕かよ」
冬哉が泊まるといつもこうだ。なんだかんだと言い訳をして、結局俺の腕にしがみついて寝る。
エアコンが効いているとはいえ高校生の男子が二人、一つのベッドで寝ているのはむず痒くてどうも落ち着かない。
それでも何を言っても冬哉は毎回同じパターンで一緒に寝るから、次からは布団の準備はやめようと思ったのだった。
彩子は地元雑誌の編集長をしていて毎日忙しく、ほぼ一人暮らしのようなものだった。
別段仲が悪いという訳でもない。どちらかというと、友達の延長みたいな関係だ。
互いに干渉もせず、しかし成績や進路の相談も普通にしている。
高校を卒業した後、そのままライブハウスで働きたいと打ち明けたことがあった。
なんでも好きなようにやらせてくれる彩子だったから、まさか反対されるとは思っていなかった。
大学に通いながらバイトをすればいい。そう言われたのだ。
「獅月がもし、学費を気にしてるなら心配はいらないわよ。もっと勉強したいことがあるんじゃないの?」
学びたいことがないわけではない。理系大学に進みたいと考えていた時もあった。
しかしblack ASHで働くようになってから、音楽に魅了されてしまった。
より深く音楽に携わりたい。それならば、大学に行く必要性が感じられない。
彩子にそう伝えた時、珍しく困った表情を浮かべた。
名前だけでも大学に行って欲しいのだろうと思った。
しかしそれ以上何も言わなかったのは、意外と頑固な一面を知っているからだろう。
「そう……獅月の人生だから、後悔だけはしないようにね」
「分かってる。気が変わったらすぐに言うから」
三年生になってすぐの頃に交わしてから、獅月の気持ちは揺らぐことはない。
どうせ秋には担任から嫌と言うほど説得されるだろうと、獅月も彩子も考えている。
「……冬哉たちはさ、みんな同じ大学に行くの?」
「そうだなぁ。今のところそういう話になってるなぁ。三人とも今のメンバーがやりやすいって思ってるし、今の状況考えてもこのまま突っ走りたいっていつも話してる。だからなるべく直ぐに集まって活動できる環境にいたいんだよね」
「なるほどね」
「獅月も一緒に行こうぜ。大学」
「俺? でも俺は……」
「まぁ、今は断ってもいいけどな。俺っちには、見えるんだよ。獅月が歌う後ろで演奏してる自分の未来が」
隣を歩きながら、ギターを弾く真似をしている。
ボーカル脱退の少し前くらいから、冬哉は俺のバンド加入を仄めかす発言を始めていた。
バンドのメンバーは、ボーカルが辞めるのを覚悟した上で活動していた。二年生で冬哉が俺と友達になった時から、次のボーカルに決めていたと、脱退直後に言われたのを思い出す。
冬哉の目に狂いはないだろう。
「一度、本物のライブを経験すれば獅月も分かるさ」
自信満々で言い切った。
そりゃ気持ちいいだろうと思っている。オーディエンスの熱狂でライブハウスが揺れる。
いつだって客に混じって叫びたくなるのを耐えているくらいなのだ。
そのステージに自分が立つ。そこからの景色はどんなだろうか。今の俺には、とても想像がつかない世界だ。
そのまま俺の家に泊まりに来た冬哉と、眠くなるまで色んな話をした。
「そろそろ寝る?」
「ああ、電気消すよ」
薄暗い部屋。ベッドのすぐ下に布団を敷いて冬哉が横になっている。
しかしその冬哉がゴゾゴゾと這い出し、獅月の布団に潜り込んできた。
「獅月きゅん、一緒に寝よ」
「は? 男二人でなんて狭いだけだろ」
「だって、いつもの抱き枕がないから俺っち眠れない」
「俺はお前の枕かよ」
冬哉が泊まるといつもこうだ。なんだかんだと言い訳をして、結局俺の腕にしがみついて寝る。
エアコンが効いているとはいえ高校生の男子が二人、一つのベッドで寝ているのはむず痒くてどうも落ち着かない。
それでも何を言っても冬哉は毎回同じパターンで一緒に寝るから、次からは布団の準備はやめようと思ったのだった。