家に帰ってからは、自室に篭ってひたすら泣いた。
 後悔の波が押し寄せる。
 勢いで告白したのは完全に失敗だ。獅月はソラへの気持ちで悩んでるのに、俺まで告白して困らせてどうするんだ。

 でも、あのままだと自分ばっかり損してる気がして……。
 ソラはきっと元々恋愛対象が男なのだろう。同族の勘だけど。そのソラが獅月に好きって言ってもいいなら、俺だって伝えなきゃって思ってしまった。

 そんなわけはない。だってソラは仮にも獅月の恋愛対象だった。でも俺はただの友達。外野がなにを言ってるんだって話だ。
 折角、仲直りできたと思った矢先にまた喧嘩。いい加減、自分が嫌になる。

 三年間、我慢し続けていたのも台無し。
 それでも伝えてしまったことで、獅月が俺のことをどう思っているのかは十分過ぎるほど分かった。
 後悔しようがなんだろうが、言ってしまったことは取り消せない。
 ハッキリ振られるか、自然消滅されるか、俺に用意された未来にはどちらかしかない。

 獅月からの連絡は深夜になっても来なかった。
 期待しても無駄なのに、何度もスマホを確認してしまう。
 通知はゼロ。ため息しか出てこない。

 今夜は眠れないかもしれないなんて思っていたけれど、泣いて叫んで気力も体力も神経も使い果たしていたらしく、気を抜いた瞬間、爆睡した。夢も見ずに朝まで眠った。
 朝目が覚めてもやはり獅月からの連絡は来ていなかった。
「はぁ……そりゃそうだよな」
 起きたくなくて、枕に顔を沈めたまま布団の中でスマホと睨めっこ。そのまま時間が過ぎていく。

 昼前になってやっと鳴ったスマホには、響平の名前が映し出されていた。獅月ではなかったことに肩を落としながらも通話ボタンを押す。
 響平は勉強会をやろうと提案してくれた。
 このままいても自滅するだけだと思い、響平の誘いに乗る。一人でいるよりマシなようにも思えた。

 しかし……。

「———見事に腫れてるな」
「うん、よく前が見えたねって言うくらい腫れてる」
「嘘? 前髪で隠れてない?」
「全然」「丸見え」                
「ほぼ同時に言うじゃん」

 午後からファミレスで会った二人は、俺の顔を見るなり腫れ上がった目に驚きの声を上げる。
 自分でも鏡を見てびっくりしたけど、しっかり冷やしたしバレないかも……と少し期待したが、速攻で突っ込まれてしまった。

 そして二人とも、その理由すらも察していたのだ。

「で? そんなに泣き腫らすほど、獅月と何があったん?」
「なんで獅月ってワードが出てくるかなぁ」
「違った?」
「……違わない。成り行きで当たって砕けて散ったってだけ」
「は? 獅月に告白したの!?」
 珍しく伊織が声を荒げた。
「そんな驚く?」
「だって、ベストフレンドポジで行くって……」
「なんか、それでは乗り越えられない危機を感じたんだよ。でも、後悔してる。後悔してるけど、そん時の状況を思い返してみても、言わずにはいられなかった」
「で、一晩中泣いたと……」
 響平が合いの手を入れるが首を振って答えた。
「いや、夜は疲れすぎて爆睡した。でも獅月からはなんも連絡ない。あーぁ、折角ボーカルやってくれるって言ってくれたのにな」

 ポツリと呟いた。エンフェクの完成形を手に入れた直後に、自ら棒に振ってしまうなんて。本当にバカだと自嘲する。

「———待て、冬哉」
 響平が掌を向ける。その隣で伊織も眉根に皺を寄せ、考え込んでいた。
「なに?」
「なんかスゲー言葉が混じってたんだけど、獅月がボーカルやるって言ったって?」
 正面の席から二人が身を乗り出し、顔を突き出した。その圧にたじろいてしまう。

「そう。俺とギクシャクしてた間に、真剣に考えてくれてたみたい。でも、俺が告白なんてしちゃったし、怒鳴ったし、家から飛び出して帰ったし。最悪な態度とったから、もうその話はなくなったと思う」

 グラスの中で弾ける炭酸の泡を眺める。パチパチと消えてなくなる泡は、自分の気持ちを表しているようだった。

「冬哉!!」
「へ? なに?」
 響平が一段と低い声で唸るように俺の名前を呼ぶ。顔を上げると、さらに眼圧をかけられた。
「今すぐ、仲直りしてこい」
「なんだよ、それができるなら苦労してない!!」
「いや、冬哉。響平の言う通りだ。獅月とちゃんと話し合わないと」
 伊織も優しい言葉で喋ってはいるけど、なにやらその奥にとてつもない重圧を感じる。
「い……伊織まで、どうしたんだよ?」
「獅月がボーカルやるって言ってきて、それを自分で台無しにしてどうする!! 今すぐ獅月と話しあって解決してこい!! そんでエンフェクに獅月を加入させろ」
 響平がグラスを握りしめて小刻みに震えている。これは相当やばい。本当に今すぐにでもファミレスから飛び出さないと、引っ張ってでも獅月の家まで連れていかれそうな気がする。

「そんな簡単に言わないでよ。それが出来たらもうしてる」
「無理でも行ってこい。俺らの未来がかかってる。解散!!」
「冬哉、いい報告待ってるから」
 響平と伊織が同時に席を立ち、さっさとレジに向かって行ってしまった。

 嘘……。
 こっちはこっちで、とんでもないことになってしまった。